【完結】黒猫になった甦りの魔女と子どもになった腹黒な元王子は不処カフェで宝石を待つ

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猫・ねこ・ネコ

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 騎士服を着たグリスがヨミの前に立つ。胸にはジャラジャラと擦れ合う沢山の勲章。
 その中でも一際輝きを放つ、先々代騎士団長の胸章。これだけの実績と騎士団長にまで登りつめた実力。

 ヨミは納得したように微笑んだ。

「普通の人ではないと思っていたけど、カフェに自力で来れたのも納得だわ。いろいろ聞きたいこともあるけど、今はあまり時間がないの。そこを、どいてもらえる?」

 グリスが困ったように笑う。

「私もできれば邪魔はしたくないのですが、こちらにも、いろいろと事情がありましてな」

 グリスが腰に下げている細身の剣を抜いた。

「丸腰の女性に剣を向けたくはないのですが……」

 グリスの灰色の瞳がチラリとネイビを見る。ネイビからは分からない微かな動き。
 何かあると察したヨミは優雅に微笑んだ。

「では、これならいいかしら?」

 ヨミは右手を正面に伸ばし、何かを持っているような手つきする。

『刃』

 ヨミの手に細身の剣が現れた。銀色の刀身が鈍く光を弾く。
 グリスが時間を稼ぐように、ゆっくりと大きな声で訊ねた。

「投降するつもりは、ございませんかな?」
「ないわ」
「残念ですな」

 肩を落としたグリスが剣をかまえる。一方のヨミは自然体のまま。
 闘技場にいる全員の視線が二人に注がれる。

 痛いほどの沈黙。

 ゆるりと風が吹く。ヨミの長い黒髪が、黄金の瞳にかかった。

 その瞬間、グリスが動く。年齢を感じさせない動きでヨミの眼前に斬り込む。
 ヨミは剣を滑らせ、重い衝撃とともにグリスの剣を受け止めた。

 グリスがネイビ側に背を向け囁く。

「そのまま聞いてください」

 この展開を予想していたヨミは目だけで頷いた。

「逃げだす隙を作ります。ただ、準備にもう少し時間がかかりますので、このまま私の相手をしてください」
「隙ができるのが先か、私の魔力が暴走するのが先か。際どいわ、ね」

 ヨミはグリスの剣を弾いた。大きく足を開脚し、姿勢を低くしてグリスの腰めがけて剣を薙ぎ払う。

「おっと」

 グリスが軽い動きで後ろへ避ける。そこへ追いかけるようにヨミは剣を突き出した。
 その動きを予想していたのか、グリスがヨミの剣に自分の剣を絡めるように巻き込み、威力を落とす。

 そのまま剣を弾き飛ばされそうになったヨミは素早く剣を引いた。ヨミの動きに合わせて黒髪が踊り、スカートの裾が波打つ。

 激しくも優雅に。情動的ながらも、気品に溢れ。まるで荒れ狂う竜巻と、満点の星空の静寂が同時に出現したような。
 予測できないヨミの動きに誰もが見惚れた。

 そして、その動きを邪魔することなく応戦するグリス。もはや戦いではなく演舞のよう。

 誰もが呆然と見守る中、ネイビが怒鳴った。

「なにをしている!? 全員でかかれ!」

 ネイビの声に兵士や騎士たちが我に返る。

「行くか?」
「いや、だが命令が」

 騎士たちはグリスから、ヨミとの決闘は手出し無用、と命令されており、誰も動かない。
 一方で、兵士たちにはその命令が伝わっていなかったらしい。

「騎士団長殿! 加勢します!」
「うぉぉぉ!」
「いけぇぇぇ!」

 怒号とともに、兵士たちが一斉になだれ込んできた。

 ヨミは次々と降ってくる攻撃を器用に避けながら反撃した。これだけの人数に囲まれても、ヨミに焦る様子はない。それどころか、ヨミよりも大きな兵士たちが一人二人と倒れていく。

 その安定した剣技に、ヨミと距離をとったグリスが素直に感心した。

「よもや、ここまでの腕前とは」
「魔女だから魔法だけって思わないこと、ね」

 ヨミは大きく剣を振りかざすと、刃に風を乗せて横一直線に凪いだ。

「っ!?」
「うわっ!?」
「ヒッ!」

 強烈な突風でヨミを囲んでいた兵士たちが吹き飛ぶ。兵士たちは引きつった顔で体を起こした。

「な、なんて強さだ」
「これだけの人数で余裕なんて……」
「どうやって捕まえろっていうんだ」
「ば、化け物……」

 兵士たちに絶望が広がり、様子を見ていた騎士たちにまで伝播する。

「団長は手を出すな、と言われたが……」
「ここで全員で抑えたほうが良くないか?」
「こんな危険な存在だったとは……」

 不穏な空気が広がっていく。ヨミは無表情のまま視線だけを動かした。
 兵士たちの戦意は喪失しかけているが、逆に騎士たちが戦闘態勢になっている。

(これ以上はさすがに辛いわ、ね)

 不安定な魔力でよくここまで抑えた戦いができたと自分を褒めたい。グリスが剣を使った戦いに誘導してくれたおかげで、魔法をあまり使わなかったのも良かった。

 ただ、それも限界。

 いつ自分から魔力が暴走するか分からない。表情を作る余裕もない。ひたすら暴走しそうになる魔力に耐える。

 そんなヨミの限界に気がついているのかグリスの顔も険しい。

「なにをしている!? 早く全員で捕まえろ! これは命令だ!」

 ネイビの声にヨミを恐れていた兵士たちも、戸惑っていた騎士たちも一斉に剣をかまえる。さすがにこの人数を魔法なしで一人で相手をするのは無理だ。

 ヨミは剣を下げた。

 全方向から鋭い視線が刺さる中、ヨミはおもむろに両手を広げ大きく深呼吸をする。そのまま流れるようにリズムをつけて前屈。それから手に腰を当てて仰け反り、再び前屈へ……

 突然のヨミの行動に兵士や騎士たちがざわつく。

 しかし、どれだけ周囲がざわつこうが奇異の目で見られようがヨミには関係ない。

 今はグリスが言った、逃げ出す隙を待つしかない。どうにか時間稼ぎをしなくては。しかし、この体操はもうすぐ終わる。
 つまり、ネタ切れ。

(一度、猫の姿になって魔力安定させてから逃げ回るほうが時間が稼げるかも)

 ヨミは猫に戻ろうとして、闘技場の入口が急にうるさくなった。なにかを止めようとする叫び声。そこに何かがぶつかる音と……鳴き声? のような音。

 兵士や騎士たちも異変を感じて入口に注目する。

 すると、黒く波打つ影が入口から溢れるように侵入してきた。

「なに!?」

 驚いたヨミだったが、すぐにコレが逃げ出す隙だと理解した。
 兵士や騎士たちの視線が黒い影の塊に集中する。ヨミは素早く猫になった。そこへ黒い影の塊がやってきて、雪崩のようにヨミをのみこんだ。

 ネイビが王都中から集めた黒猫たちが縦横無尽に駆け抜ける。

「おい! 魔女はどこだ!?」
「魔女は黒猫になれるんだろ?」
「この猫の中のどれかが魔女だっていうのか!?」
「どうやって見分ければいいんだ!?」

 兵士や騎士たちの足元を黒猫が走り回る。

「動けない!」
「ほら、どけ、おまえら」
「うわっ! 踏みそうになる! 邪魔だ!」
「こうなったら手当り次第、殺し……」

 そう叫んだ兵士が一匹の黒猫と目が合った。大きなアーモンドの瞳を潤ませ、兵士を見上げる。
 その視線に屈強な体の兵士は……

「ダメだ! オレには殺せねぇ!」
「いや、そもそも殺すなって命令だ」

 仲間の声は耳に入らず、崩れ落ちる兵士や騎士が複数。他には「猫は嫌いなんだ!」と逃げだす者も数名。阿鼻叫喚の大混乱。

 そんな中、こっそり紛れることに成功したヨミは入口を見た。

(あとは逃げるだけ)

 他の黒猫に混じって走り出そうとしたところで声が響いた。

「なんの騒ぎだ!?」

 思わずヨミの肩が跳ねる。
 声がした方を見ると、従者を連れた少年姿のロイが物見席に立っていた。

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