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無事、新しいガラスを作り始めました

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 割ってしまった皿を急いで片付け、私は急いで工房に入った。

 いつも通りの熱気が私を襲う。それでも初めて工房に入ったより幾分か涼しい。それは私が工房に入る時は、ニアが窓を開けてくれるから。

 ニアのガラス作りを汗だらだらで見学していたら、いつからか窓が開いているようになった。ニアは暑さに強いらしく、工房で作業をしていても、うっすらと汗をかく程度。
 だから、今まで窓を開けていなかったらしい。

「このままでは、弟子失格になってしまう……」

 私の呟きに気がついたニアが振り返る。

「お、来たか。これから……」

 私はニアに詰め寄った。

「ニア! 私は窓を閉めていても大丈夫ですから!」
「は?」
「だから! 弟子のままでいさせてください!」
「ちょ、待て。落ち着け」

 ニアが私の両肩を掴んで距離をあける。

「いきなり、どうした?」
「ニアは窓を閉めてガラスを作っていたのに、私のせいで窓を開けないといけなくなってしまって……」
「ガラスを作る時に窓が開いていても、閉まっていても、あまり関係ないぞ」
「ですが! 私なんかに合わせなくても」
「……そういうことか」

 なにかを察したニアが私の肩から手を離す。

「別におまえが全部オレに合わせる必要はないぞ」
「え? ですが、ニアは私にガラス作りを教えてくれる師匠で、弟子の私がそれに合わせるのは当然では?」

 今までは、それが当たり前だった。
 なにかをするときに自分の意思など関係ない。目上の人に。王家に。すべてを合わせることを求められてきた。

「オレとおまえは違う。どうやっても、まったく同じにはならない。だが、目指すものは同じ。好きなガラス作品を作りたい」
「はい」
「なら、お互いに譲り合い、その中間を見つければいい。でないと、二人とも作れなくなる」
「ですが、私はニアが作る邪魔をしたくありません!」

 ニアの大きな手が私に伸びる。思わず目を閉じて肩をすくめると、頭をポンポンとなでられた。

「え?」

 目を開けると、ニアがいたずらをした子どものように笑っている。

「窓を開けるぐらいで邪魔にはならない。あまりオレを侮るな」
「いえ! 決して、そんなつもりは!」
「大丈夫だ。オレだって譲れない時は言う。だから、おまえもちゃんと言え」
「ですが……」

 口ごもる私をニアが指差す。

「弟子の状態把握も師匠の仕事だ。つまり、弟子が自分の状態を報告することは、弟子の仕事。わかったか?」
「あの……本当に、いいのですか?」
「あぁ」

 私はゴクリと息をのんで拳を握った。

「では、あの……さっそく、言いたいことがあるのですが……」
「なんだ?」

 大きくかまえるニアを私はまっすぐ見上げて言った。

「靴下を洗濯に出す時は、裏返したままにしないでください。あと、食べた後の食器を流しに運んでもらうのはありがたいのですが、ちゃんと水桶の中に入れてください。それと……」

 つらつらと話す私をニアが慌てて止める。

「待て! 待て! 待て!」
「はい」
「日常のことについては後で聞く。というか、メモして渡してくれ」

 そう言ってニアがうなだれた。

「すみません! 言いすぎてしまって」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」

 ニアが力なく頭を横にふる。

「今はガラス作りの話をしていただろ? ガラス作りについては、なにかないのか?」
「ありません」

 きっぱりと断言した私にニアの頭がますます落ちた。

「そうか、そうか。それなら良かった」
「その声の様子だと、まったくよろしくないように聞こえますが……」
「気にするな。それより、本題に移ろう」

 ニアが力なく歩きながら私を手招きする。作業台にカバーがないランプが一つ。

「これを使ってガラス作品を作る。小さい作品にはなるが、ガラスを扱う練習に丁度いいだろう」

 ニアがランプに火をつける。

「青い……炎?」

 小さくもしっかりと燃え上がる青い火。

「魔法石を使って高温にしているため、火が青くなっている」
「キレイですね。青い火は初めて見ました」
「極秘の魔道具だからな。他言するな」
「はい!」

 他言してはいけない物を見せてくれたってことは、弟子として信用されてるってことよね。

 私は心の中でガッツポーズをする。そこに、ニアが箱に入ったガラスのセットを持ってきた。

「この魔道具を使ったガラス作品の作り方だが」

 ニアがピンセットで透明なガラス片を掴む。反対の手には鉄の棒。

「この小さいガラスをピンセットでつまんで、火に当てる。で、溶けてきたら、こっちの棒に巻きつける。火から外して形を整えたら、あとはゆっくり冷やす」
「……それだけ、ですか?」
「それだけだが、うまく巻き付けないと丸いガラスはできない。あと、慣れてきたら他の色のガラスを加えて、好きな色のガラス玉が作れる」
「好きな……色」

 私の脳裏に、あの花瓶が浮かぶ。紺色から紫に変わる夜明けの空を自分で作りたい!

「頑張ります!」

 こうして私の挑戦が始まった。

 ひたすら集中してガラス玉を作るが難しい。まず、円形にならない。次に急速に冷やして割れてしまう。

 何個もの失敗作が並んでいく。そこに声をかけられた。

「おい。少し休憩したら、どうだ?」
「え?」

 突然のニアの声に顔をあげる。窓の外の日差しが傾いている光景が目に入った。

「もう、こんな時間!?」
「随分と集中していたんだな」

 ニアからコップに入った水と塩飴を渡される。ここで私は全身が汗だくになっていることに気がついた。

「あ、ありがとうございます。あと、すみません……」

 水分を準備して差し出すのは、本来なら弟子の仕事なのに。やはり、弟子失格……

「気にするな」

 私の思考をかき消すようにニアが言った。

「弟子の面倒をみるのも師匠の仕事だ」

 そう言ってニアが塩飴を食べる。私も塩飴を口に入れた。この塩っぱい中にほんのり甘さがあるのが、たまらなく美味しい。

 私が水を飲んでいると、ニアが外を見ながら質問をしてきた。

「この山に入る時、麓の人間に止められなかったか?」
「そういえば竜族が飛んでいることがあるから、深入りするな、と忠告されました」
「そこまで言われて、よく山に入ったな」
「逆ですよ。竜族が飛んでいるなら、一人でも山に入れると思いました。大きな獣や魔獣は、竜族の魔力を警戒して近づいてきませんから」

 ニアが水を飲もうとしていた手を止めた。

「へぇ。でも、竜族に出会ったら、どうするつもりだったんだ?」
「別に、どうもしません。竜族とは不可侵条約を結んでいますし、基本はこちらから手をださなければ問題はありません。竜族を野蛮だと言う人もいますが、私は人間のほうが野蛮だと思います」
「なんで、そう思うんだ?」
「竜族は大きな力を持っていますが、契約は必ず守ります。その点では、すぐ約束を破る人間のほうが信用できません」
「ずいぶんと竜族の肩を持つんだな」

 不機嫌そうにニアが水を飲む。竜族のことが嫌いなのかしら?

「肩を持つわけではなく、率直な感想です。それに竜族は特徴である翼と尻尾を消せるそうですし。意外と人間社会に紛れているかもですよ?」
「ゴフッ」

 ニアが飲みかけていた水を吹き出した。

「どうしました!?」
「い、いや。なんでもない。それより、今日の夕食はなにが食べたい?」
「え?」
「熱心な弟子のために、たまには師匠が作ってやる」

 さすがに私は慌てた。

「そこまでは困ります! 弟子の仕事を取らないでください!」
「いいから。おまえはオレに直してほしいことリストでも書いてろ」
「それは一晩かけて書きますから!」
「そんなにあるのか!?」

 私はふと数えた。

「軽く二十項目ほど」
「まずは五個ぐらいから……」
「ですが、どれも重要ですし……せめて十五項目ぐらいは直してほしいです」
「なら、八個!」
「譲って、十三項目ですね」

 私の提案にニアが食い下がる。

「せめて、九!」
「無理です」
「おまえ、弟子なんだから、もう少し融通きかせろよ」
「融通をきかせられない項目ばかりなので」

 さらりと流す私をニアが悔しそうに見る。なんか、どっちが弟子か分からない混沌とした状況。

 とりあえず本日の夕食はニアが作るので、直してほしいことリストは十項目にする、ということで落ち着いた。
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