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「時間です!」
ライオネスの時間切れ。次の現場に向かわなければならない。その前にシャワーと着替えが必須だが。
「良い絵が撮れたよ!」
満足そうなカメラマンの声に、雪斗は淡い茶色の髪をかきあげて息を吐いた。
途中から完全に撮影を忘れて楽しんでいた。こんなことは初めてだ。
そこにライオネルが近づいてくる。ボタボタと雫を垂らしながら笑う姿は、雑誌やテレビとは違う柔らかさが漂う。
「今日は楽しかった。また一緒に仕事がしたい」
その言葉にライオネルの事務所のスタッフがざわついた。どんな共演者であろうとも、こんなことを言ったことはない。
だが、そんなことを知らない雪斗は軽く口角をあげた。
「なら、頑張ってください」
これまでの行動でライオネルの評価は地に落ちている。それに加えて、世界一のモデル役の暗示が抜けていない、雪斗は自然と上から目線での回答していた。
スタジオの隅で見守っていたイケオジ社長が光速でライオネルのスタッフに謝罪する。
しかし、言われた本人は深緑の瞳を丸くした後、楽しげにフッと笑った。
「あぁ。君に指名してもらえるように頑張るよ」
嫌味でもなく、素直な返事。
その様子にライオネルの事務所のスタッフがあんぐりと口を開けたまま固まる。
「じゃあ、また」
そんな周囲を気にすることなくライオネルが雪斗の隣を抜けた。
「ん?」
去り際に触れた大きな手。気が付けば直筆で電話番号が書かれた名刺が雪斗の指の間に差し込まれており……
「……まさか、こうやって女性に声をかけているのか?」
上がりかけていたライオネルの評価が地下へと潜っていく。
そこにカメラマンが声をかけた。
「雪斗君、このまま撮影の続きをしてもいいかい? すっごく良いものが出来そうなんだ」
「いいですよ」
ここからは雪斗一人での撮影となり、スタジオはいつもの雰囲気に。心地よい緊張感の中で撮影が進み、写真チェックをして予定通りにすべてが終わった。
「はぁぁぁぁ……」
撮影スタジオにあるシャワーを浴び、服を着替え、意識をモデルから雪斗へ戻す。
普段ならここで晴れ晴れと家路につくのだが。
(あ――――――――!!!!!!!! いろいろ、やりすぎたぁぁぁ!!!!)
穴が合ったら入りたい。時間が巻き戻るなら、やり直したい。でも、それは不可能で。
心の中で絶叫しながら重い足取りのまま、ボロアパートへと帰っていった。
~※~
「最悪だ……いや、仕事としては良かったんだけど」
最後の炭酸水のかけあいはライオネルの活き活きとした顔を撮ることができた、とカメラマンや雑誌の編集者から褒められた。
ただ、あれから雪斗の心臓が、心が、落ち着かない。
「何なんだ……」
野生の狼のような、底が見えない深緑の瞳が忘れられない。思い出すだけで、ドキドキするような、胸が苦しくなるような、感じたことがない感覚。
これまでは、どんなことがあろうと仕事が終われば意識を切り替えてきた。普段の生活に、特に学業に影響を残すことはなかった。
それなのにライオネルとの撮影後から、いろんなことに身が入らない。
大学の講義は上の空。どうにかノートだけは取っているが肝心の内容が入ってこない。
特売の野菜を買うためにスーパーに行った時は、変装を忘れて大騒ぎの一歩手前になった。あまりのドジの連発に心配した同居人の颯真からは、大学とバイト以外は外出するな、と言われる始末。
「はぁ……なんで、こんなことに」
ボロアパートにある自室。
深いため息とともに持っている名刺へ視線を落とす。力強く書かれた直筆の電話番号。これを見るだけで、撮影の時に抱きしめられた記憶が蘇る。
(……いい匂いだったな)
クラリと眩暈がするような強い雄の香り。そこに、柔らかくも厚い胸板と、自分を支える鍛えられた逞しい腕の感触。鮮烈すぎて簡単には忘れられない。
(どこの香水だろう……僕も同じ香水をつけたら、あんな風になれるのか……)
と、考えているとスマホが鳴った。
慌ててスマホを手にすると、画面には名刺の直筆と同じ番号が。
「え? えぇ!?」
驚きながらも、指はほぼ反射で通話ボタンをスライドさせていた。
ライオネスの時間切れ。次の現場に向かわなければならない。その前にシャワーと着替えが必須だが。
「良い絵が撮れたよ!」
満足そうなカメラマンの声に、雪斗は淡い茶色の髪をかきあげて息を吐いた。
途中から完全に撮影を忘れて楽しんでいた。こんなことは初めてだ。
そこにライオネルが近づいてくる。ボタボタと雫を垂らしながら笑う姿は、雑誌やテレビとは違う柔らかさが漂う。
「今日は楽しかった。また一緒に仕事がしたい」
その言葉にライオネルの事務所のスタッフがざわついた。どんな共演者であろうとも、こんなことを言ったことはない。
だが、そんなことを知らない雪斗は軽く口角をあげた。
「なら、頑張ってください」
これまでの行動でライオネルの評価は地に落ちている。それに加えて、世界一のモデル役の暗示が抜けていない、雪斗は自然と上から目線での回答していた。
スタジオの隅で見守っていたイケオジ社長が光速でライオネルのスタッフに謝罪する。
しかし、言われた本人は深緑の瞳を丸くした後、楽しげにフッと笑った。
「あぁ。君に指名してもらえるように頑張るよ」
嫌味でもなく、素直な返事。
その様子にライオネルの事務所のスタッフがあんぐりと口を開けたまま固まる。
「じゃあ、また」
そんな周囲を気にすることなくライオネルが雪斗の隣を抜けた。
「ん?」
去り際に触れた大きな手。気が付けば直筆で電話番号が書かれた名刺が雪斗の指の間に差し込まれており……
「……まさか、こうやって女性に声をかけているのか?」
上がりかけていたライオネルの評価が地下へと潜っていく。
そこにカメラマンが声をかけた。
「雪斗君、このまま撮影の続きをしてもいいかい? すっごく良いものが出来そうなんだ」
「いいですよ」
ここからは雪斗一人での撮影となり、スタジオはいつもの雰囲気に。心地よい緊張感の中で撮影が進み、写真チェックをして予定通りにすべてが終わった。
「はぁぁぁぁ……」
撮影スタジオにあるシャワーを浴び、服を着替え、意識をモデルから雪斗へ戻す。
普段ならここで晴れ晴れと家路につくのだが。
(あ――――――――!!!!!!!! いろいろ、やりすぎたぁぁぁ!!!!)
穴が合ったら入りたい。時間が巻き戻るなら、やり直したい。でも、それは不可能で。
心の中で絶叫しながら重い足取りのまま、ボロアパートへと帰っていった。
~※~
「最悪だ……いや、仕事としては良かったんだけど」
最後の炭酸水のかけあいはライオネルの活き活きとした顔を撮ることができた、とカメラマンや雑誌の編集者から褒められた。
ただ、あれから雪斗の心臓が、心が、落ち着かない。
「何なんだ……」
野生の狼のような、底が見えない深緑の瞳が忘れられない。思い出すだけで、ドキドキするような、胸が苦しくなるような、感じたことがない感覚。
これまでは、どんなことがあろうと仕事が終われば意識を切り替えてきた。普段の生活に、特に学業に影響を残すことはなかった。
それなのにライオネルとの撮影後から、いろんなことに身が入らない。
大学の講義は上の空。どうにかノートだけは取っているが肝心の内容が入ってこない。
特売の野菜を買うためにスーパーに行った時は、変装を忘れて大騒ぎの一歩手前になった。あまりのドジの連発に心配した同居人の颯真からは、大学とバイト以外は外出するな、と言われる始末。
「はぁ……なんで、こんなことに」
ボロアパートにある自室。
深いため息とともに持っている名刺へ視線を落とす。力強く書かれた直筆の電話番号。これを見るだけで、撮影の時に抱きしめられた記憶が蘇る。
(……いい匂いだったな)
クラリと眩暈がするような強い雄の香り。そこに、柔らかくも厚い胸板と、自分を支える鍛えられた逞しい腕の感触。鮮烈すぎて簡単には忘れられない。
(どこの香水だろう……僕も同じ香水をつけたら、あんな風になれるのか……)
と、考えているとスマホが鳴った。
慌ててスマホを手にすると、画面には名刺の直筆と同じ番号が。
「え? えぇ!?」
驚きながらも、指はほぼ反射で通話ボタンをスライドさせていた。
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