氷の侯爵はおっさん騎士を溺愛したい〜枯れおじの呪いを解くには恋が必要らしいです~

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 ディオンと同い年ぐらいの筋骨隆々の体格をした騎士隊長が馬に跨ったままディオンに訊ねた。

「おい、この辺りに魔獣が……って、何故ここにセリノフォト侯爵がいる!?」

 訓練場にいたルイが、なぜ森にいるのか。しかも、よりにもよって魔獣が出現しているここに。
 驚愕している騎士隊長に対して、ディオンがルイを庇うように前へ出た。

「ちょっといろいろあってな。で、魔獣がどうした?」

 とても隊長に対する口調と態度ではないが、騎士隊長はディオンと同期入隊で同僚としての気安い関係がそのまま続いていた。
 ディオンとルイを交互に見ただけで状況を悟った騎士隊長が吐き出したくなるため息を堪えて訊ねる。

「あと五体ほど魔獣がいるはずなんだが、見かけなかったか?」

 ディオンが魔法で地中に埋めた魔獣がちょうど五体。
 そのことを説明すると騎士隊長が額を押さえて唸りながら馬からおりた。

「おまえ、それは高難易度の魔法だろ? 呪いを助長させるようなことをしてどうする?」
 
 隊長は呪いのことを知っており、ルイが解呪のために騎士隊へ通うことも許可していた。
 そして、呪いの性質も理解していた。魔獣を同時に五体も封じる魔法は相当な魔力量と高度な技術が必要になり、呪いを助長させるには十分で。

 心配する隊長に対してディオンは腕にある呪いの模様を見せながら軽く言った。

「だが、今回は呪いの模様が縮んだんだ」
「縮んだ? 模様が? 何故だ?」
「それが、なんで呪いが縮小したのか理由がわからなくってよ」
「それだと意味がないだろ。そもそも何をしていたんだ?」

 その言葉にディオンとルイがお互いの顔を見る。
 それから、その時の状況を二人は淡々と再現した。

「たしか私がこうして腕を掴んで肩に頭をのせたんですよね?」
「そうだな」
「で、大人しくしていてくださいと私が言って」
「すると、目の前で模様が縮んだんだよな?」

 体を寄せ合いながら話す二人。
 お互いの匂いが混じり、吐息がかかりそうな距離。ディオンは無精ひげで騎士服を着崩しているが、元々はかなりの美丈夫。そこに若くて美麗なルイが並べば嫌でも絵になる。
 二人とも淡々とした口調で表情も平然としているが、傍から見れば仲睦まじいカップルのようにも映る。

 この光景に騎士隊長が呆れたように口を開く。

「おい、オレは何を見せられているんだ?」
「おまえが何をしていたんだって聞いたから再現しているんだろうが!」

 怒鳴るディオンに隊長が肩をすくめる。

「つまりイチャイチャしていたら呪いの模様が縮んだのか?」
「そんなわけねぇだろ」

 ディオンが素早く否定する。
 だが、ルイはその言葉にピンときたように顔をあげた。

「そういうことですか!」
「何かわかったのか?」

 ディオンの質問にルイが蒼玉の瞳を輝かせて説明する。

「古来より恋は呪いの効力を失わせる力としても利用されてきました。カエルに姿を変えられた王子が真実の愛によって元の姿に戻る話や、死んだ姫が愛がこもったキスで生き返る話など、恋には魔法を超える力があります」
「いや、それは恋というより愛だろ。それに、目に見えない恋をどう利用するんだ?」

 ディオンのツッコミもルイが無視して話を続ける。

「ですから、恋をすればその呪いが消える可能性があるということです。ですので、恋をしてください。いますぐ、さぁ!」

 グイグイと迫るように近づく美麗な顔。
 お互いの唇が触れそうな距離にディオンが慌ててさがる。

「いや、いきなり恋をしろと言われても、そう簡単にできるもんじゃないだろ」
「ですが、呪いを解くには必須です」
「さっきは可能性って言ってたのに、なんで必須になっているんだ!? そもそも、おまえは恋をしろと言われて、すぐにできるのか? できないだろ」

 ディオンからの正論にルイが足を止める。
 それから、ふむと頷いた。

「そうですね。わかりました」

 ホッとするディオンに次の爆弾が落ちる。

「では、恋をする状況を作りましょう」
「……どういうことだ?」

 ルイが真面目な顔で頭をさげた。

「私は準備がありますので、失礼いたします」
「ちょ、待て! 質問に答えろ!」

 だが、ディオンの問いに返事はなく、風に揺れた白髪が転移魔法で消える。
 唖然とするディオンの隣でポツリと騎士隊長が呟く。

「……どうなるんだ?」

 ディオンが額を押さえて俯いた。

「こっちが聞きてぇよ」

 ろくでもないことになる予感しかしない。

「……まぁ、頑張れ」

 騎士隊長は気休めにもならない言葉と一緒にディオンの肩をポンポンと叩くことしかできなかった。

~~

 翌日。
 騎士隊が日課の訓練をしていると、これまでにない事態が起きた。

「ディ、ディオン、大変だ! おまえに面会希望の女が!」

 その言葉に名指しされた当人より周囲がざわついた。

「女!?」
「この枯れたおっさんに女!?」
「女のおの字もなかったディオンに女!?」
「天変地異の前触れか!?」

 蜂の巣を突いたような大騒ぎになる。
 そして、ディオンは無言のまま顎に手を置いて考えた。

「まさか、昨日の今日で恋をする相手を送り込んできたのか? 手回しが良すぎるだろ」

 小さな呟きは周囲の喧騒にかき消され、誰の耳にも入らず。
 それどころか収集がつかないほどの大騒ぎになっていく。

「どういうことだよ、ディオン!?」
「おまえだけは同士だと思っていたのに!」
「抜け駆けはゆるさねぇぞ!」

 今にも掴みかかってきそうな騎士仲間たちにディオンが怒鳴る。

「うるせぇ! 勝手に同士にしてるんじゃねぇ!」

 怒声が響く中、見慣れないドレスを着た人が訓練場へ入ってきた。
 大きな帽子で顔は隠れているが、長い白髪が上品に風に揺れる。空のような真っ青なスカートが歩くたびにフワリと広がり、フローラルな香水の香りが漂う。

 むさ苦しい男だらけの騎士隊とは無縁の光景。

 普段ではありえない事態に訓練場はますます大騒ぎ……にならなかった。

 一見すると、どこぞの貴族の令嬢の服装。だが、その体の大きさが問題だった。

 どう見ても女性にしては体格が立派すぎる。体の大きさに合わせた違和感のないドレスデザインのため、すぐには気づかなかったが、よく見れば肩幅が広く、腰も女性にしては太くくびれが少ない。

 そのことに気が付いた騎士隊員たちが一斉に黙る。

 不気味な静けさが訓練場を包む中、ディオンが素早く駆けだした。

「あ……」

 立派な体格の訪問者が声を出す前にその腰を掴み、ドレスごと体を肩に担ぎあげる。フローラルな香水の中に混じる爽やかな柑橘の香りにディオンが確固たる確信を持つ。

「ディオン!?」
「なにしてんだ!?」

 他の隊員たちが驚く中、大きな女性? を荷物のように肩に担いだディオンが無言のまま訓練場から走って出ていった。

「うわっ!?」
「なんだ!?」

 人々から奇異の視線を浴びながら宿舎内を駆け抜ける赤茶の髪。そのまま一直線に人が滅多にこない倉庫に駆け込んだ。

「……おま、なんでそんな恰好しているんだ?」

 ゼェハァと息を切らしながら肩から大きな女性? をおろす。
 高い位置にある窓から光が入るが、さまざまな物品が押し込まれた倉庫は薄暗い。

 そんな中でストンと優雅に地面に足をつけた女性? が低い声で平然と答えた。

「ですから、恋をしてもらおうと思いまして」

 そう話しながら帽子を外す。
 すると、粉雪のような白髪が美麗な顔に流れた。
 現れたのは見慣れた顔だが薄っすらと化粧をしており眉目秀麗な顔がますます美しくなっている。たしかに顔だけを見れば美女に……見えなくもない。
 ただ、顔から下に視線を向ければ太い首にがっしりとした肩と筋張った大きな手でさすがに男だと分かる。

 ディオンは腰まで長く伸びている白髪に目をむけた。

「その髪はどうした? カツラか?」
「髪を伸ばす魔法を開発して、魔法で伸ばしました」
「才能の無駄使い!」

 ルイは簡単に魔法を開発した言ったがそれは決して簡単なことではない。魔法を学び続けている人が一生をかけて一つ開発できるかできないか、という代物。
 それを料理の新メニューのようにポンッと作り出す方がおかしいのだが。

 ディオンは自分の常識を疑いそうになりながらも話を進めた。

「そんな魔法を開発してまで女装してここにきた理由はなんだ?」
「恋をしてもらおうと思いまして」

 ある意味予想通りの答えにディオンが頭を抱える。

「それで、なんで女装なんだ!?」
「この姿の方が恋をしやすいかと思いまして」

 そうじゃなくて、という言葉を呑み込む。

「それなら、普段のおまえでいいだろ」
「え?」
「着飾らなくても、おまえはおまえだし、そのままが一番だ」

 その発言に蒼玉の瞳が丸くなった。


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