氷の侯爵はおっさん騎士を溺愛したい〜枯れおじの呪いを解くには恋が必要らしいです~

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 広大な王都をグルリと囲む壁は魔獣の侵入を防ぐため高くそびえ立っていた。
 そのため、王都から出入りするには東西南北ある門を通らないといけない。

 その東門の前にピリッとした空気をとった騎士隊がいた。それぞれが得意の武器を持ち、馬に跨っている。
 その先頭にいる騎士隊長が剣を掲げて鼓舞するように隊員へ怒鳴った。

「魔獣は狼タイプで群れになっている! 三人一組で一体ずつ確実に仕留めろ! 決して一人になるな! 全員で生還するぞ!」

 その言葉に騎士隊全員が胸に拳を当て、声を揃えて応える。

「「「「「ハッ!」」」」」

 騎士隊長が門の方へ体を向けて剣を振り下ろす。

「出撃!」

 巨大な門が開き、地面を揺らす蹄の音とともに騎士隊が飛び出す。

 草原を抜け森に生える木々の隙間を抜けて走る騎士隊。
 魔法で視野を広げて先頭を走っていた斥候の騎士が声をあげる。

「魔獣発見! 数、二十!」

 その報告に騎士隊長が命令する。

「各部隊、散開! 負傷者が出た場合はすぐに撤退しろ!」
「「「「「ハッ!」」」」」

 三人一組となった騎士隊がパッと散って魔獣へ向かう。

 その中でディオンだけはどの隊にも属さず一人で馬を走らせていた。

「新人がいる部隊の補助にまわりつつ、ヘクターの様子も気に掛けるか。あいつ、腕の怪我が完治してないのに出てきてるからな」

 そこに狼の声に似た遠吠えが響いた。

「仲間を呼んでいるのか?」

 気になったディオンがそちらへ馬を走らせる。
 すると、その先には数頭の魔獣に囲まれたルイの姿があった。燃え盛る火を纏い額から一本角を生やした狼型の魔獣は牛ほどの大きさで迂闊には近づけば火傷どころか全身が燃えてしまう。

 普通の人なら逃げるか腰を抜かす状況だが、ルイは平然と魔獣たちと対峙していた。

「こんなところで、何やってるんだ!?」

 思わず叫んだディオンの前でルイが右手を空へ掲げる。

『極寒の女神よ。慈悲と絶望の息吹を、すべての者に等しき眠りを』

 白髪がぶわりと巻き上がり、ルイを中心に氷の柱がバキバキと音をたてながら魔獣へ向かって伸びていく。

「なっ!?」

 逃げる間もなく魔獣たちが足に氷が触れ、体から噴き出ている炎ごと一瞬で氷漬けにした。
 驚愕するディオンに対して、ルイが残念そうに眉尻をさげる。

「あー、見つかってしまいましたか」

 淡々とした声音に琥珀の瞳が警戒の色を持つ。

「……最近、氷漬けの魔獣の目撃例があったが、おまえの仕業か?」
「えぇ。転移魔法ですぐに撤退しますので、騎士隊の功績を横取りするようなことはしません」
「そうじゃなくて!」

 ディオンが馬から降りてルイに近づく。
 白髪が風になびき、爽やかな柑橘の香りが鼻をくすぐったが、ディオンはそれを切るように手を振った。

「一人で勝手にこんなことをして危ないだろ! 付いてくるなら付いてくるで、ちゃんと言え! おまえに何かあっても気づけないだろ!」

 その言葉に蒼玉の瞳が丸くなる。

「それは、私のことを心配して……?」

 驚くルイに対してディオンが慌てて顔を背けた。

「そ、そりゃあ、侯爵様だし、騎士隊への大切な出資者の一人だからな」

 普通ならディオンの態度と言葉で照れ隠しだと分かるのだが、真面目なルイは言葉通りに受け取った。

「そうですね。あなたに心配してもらえるなんて、騎士隊に多額の出資をしていて良かったです」

 その言葉にディオンが視線を戻す。

「だから、そうじゃなくて……危ない!」

 ディオンがルイの体を押しのけて剣を抜く。

 ガッ!

 魔獣の角がディオンの剣に圧し掛かる。
 それだけでなく、魔獣の体が纏う炎の熱がジリジリと肌を焼いていく。

「凍らしたはずなのに!?」

 ルイが視線をずらすと氷柱が次々と砕け、他の魔獣たちは氷を飛ばすように身震いしていた。
 丸くなった蒼玉の瞳にディオンが説明する。

「相性が悪かったな。炎属性のこいつらだと氷の魔法は威力が半減する」
「なら、全力でいくまでです!」

 ルイが再び手を掲げるが、魔獣がそれより先に咆哮をあげた。

「伏せろ!」

 剣で魔獣を弾き飛ばしたディオンが白髪を押さえながら一緒に地面へ伏せる。
 同時に頭上を火柱が走り抜け、二人の髪を焦がした。

「森を燃やすつもりか、こいつら。先に守護魔法をかけておいてよかった」

 ポツリと落ちたディオンの呟きにルイが飛びつくように体を起こす。

「なっ!? また魔法を使ったんですか!? しかも、この辺り一帯にかけたなら、かなりの魔力を使ってますよね!?」

 その言葉にディオンがしまったと表情を崩した。

「あ、い、いや。ちょっとだけな。軽い魔法だから……」
「その軽い魔法でさえも、呪いに蝕まれたあなたにとっては命取りなんですから! だから、私が出てきているのに!」
「だから? って、危ない!」

 ディオンが二人に迫る魔獣の牙を剣で受け、そのまま力の向きを変えて受け流す。
 周囲を見れば逃げ場をなくすように魔獣が取り囲んでいた。

 この状況にディオンが決断する。

「とにかく詳しい話は後だ! ここは一気に仕留めるぞ!」
「ダメです! 強い魔法を使ったら……」

 ルイの声を無視してディオンが剣を地面に突き刺した。

『天より切り離されし地よ! 命を生み出す大いなる大地よ! 求める子羊を与え、その嘆きを慰めん!』

 詠唱が終わると同時に地面が割れ魔獣を地中へと引きずりこんでいく。魔獣が這い上がろうと前足を伸ばすが大地はあり地獄のように呑み込み、何事もなかったように閉じた。
 残ったのは平らな地面と、遠くから聞こえる鳥の鳴き声のみ。

「これなら出てこれないだろ」

 その光景にディオンがふぅ、と額の汗を腕で拭く。
 そこにルイが近づき、ディオンの右腕を掴むと乱暴に騎士服の袖を捲り上げた。

「やはり伸びている」

 無駄のない筋肉と血管が浮いた腕。だが、それよりも目を惹いたのは、肩から肘まで絡みつくように伸びている黒い蔦のような模様。
 美麗な顔の眉間に深いシワが寄るが、その表情を吹き飛ばすようにディオンが軽い口調で言った。

「伸びたって言ってもちょっとだろ」

 なんでもないことのように言ったが、ルイは怒鳴るように叫んだ。

「ちょっとでも良くないです! わかっているんですか!? この模様が指先にまで伸びた時、あなたは死ぬんですよ!?」

 魔獣に襲われていた少年のルイを庇ってディオンが受けた魔法。

 それは魔獣が魔力が強いルイから魔力を吸い取るために放った魔法だった。
 しかし、その魔法はルイを庇ったディオンに当たり、魔獣が死んだ瞬間に呪いへと変化した。

 魔法を受けた者が魔力を使う度に心臓から伸びている模様が成長していき、模様が全身を覆い尽くすと死ぬ。

 だから、ルイはディオンが魔法を使わないようにするのと同時に、この呪いを解くための方法を探していた。治験と称して飲ませている薬も解呪のための一つ。だが、どれも効果がなく解呪の方法は見つからないまま。
 そして、ディオンは呪いのことを他の隊員に知られたくないため隠しており、この事実を知っている者は少ない。

 己の無力さを痛感しているルイがディオンの腕を掴んだまま額を肩にのせた。ふわりと爽やかな柑橘の香りが舞う。

「お願いですから、解呪の方法が見つかるまで大人しくしてください」

 いつもは堂々としていて冷淡な態度が多いルイが甘えるように懇願することは珍しい。

 弱々しくも見える姿にディオンの心の柔らかいところが刺激され、キュッとなる。

(なんだ? 不整脈か?)

 微かな違和感に心の中で首を傾げながらディオンが話す。

「そうは言っても、これが俺の仕事だし……って、どうした?」

 ルイが何かに気づいたようにディオンの腕を探った。

「呪いの模様が縮小しました」
「え?」

 丸くなった琥珀の瞳にルイが肘を指さしながら説明する。

「呪いの模様の先端はここにありました。ですが、目の前でここまで後退しました」
「本当か!?」

 そこに馬の蹄の音が近づいてくる。
 二人が顔をあげると、そこには騎士隊長がいた。


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