氷の侯爵はおっさん騎士を溺愛したい〜枯れおじの呪いを解くには恋が必要らしいです~

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 王都を守る騎士たちが日々、体と武術を鍛える訓練場。
 その隅で、後ろ手で椅子に縛られた赤茶の髪の男がいた。

 もうすぐ四十歳になるディオン・リカイオス。

 ボサボサに伸びた赤茶の髪と、鋭く光る琥珀の瞳。まっすぐな鼻筋に整った顔立ちだが無精ひげが目立つうえに、騎士服はだらしなく着崩している。だが、体は騎士服の上からでも分かるほど鍛えられており、年齢にしては無駄がない筋肉を持つ。
 ちなみに実家は貴族の子爵家だが三男で跡継ぎではなく、結婚もしておらず、婚約者もいない。

「……で、今日はどういう用件だ?」

 そんなディオンが眉間にシワを寄せ、ジトッと見上げる。
 そこには無表情のまま見下ろす眉目秀麗な青年がいた。

 粉雪を集めたような白髪と、涼しげな目に輝く蒼玉の瞳。高すぎない鼻に薄い唇、陶磁のような滑らかな肌が揃った美麗な顔。しかも、手足はスラリと長く、体も適度に筋肉がついている。

 ニ十歳の青年、ルイ・セリノフォト。

 魔獣に襲われていた少年は青年となり、侯爵家の跡継ぎとして立派に成長していた。
 しかも、極上の外見だけでなく、氷系の魔法については右に出る者がいないほどの腕前で、治療についても知識が深い。そして、頭脳明晰で領地経営も順調で新たな事業にも乗り出すなど、貴族の中でも頭角をあらわしている。

 そのため社交界では垂涎の的で未婚の淑女たちが我先にと狙っているほど。だが、当の本人は社交界に興味がないため滅多に顔を出さず、その代わりと言わんばかりに頻繁に騎士隊へ出入りしている。

 そして、今日もルイはディオンに新しく開発した薬を飲ませようとしていた。

「この前の薬に秘境より入手した珍しい薬草を混ぜてみました。これで生命力が格段にあがるはずです」

 そう言って懐から粉薬が入った薬包紙を出して口角をあげる。

 普段は表情筋が死滅していると言われているルイの微笑み。もし、ここに女性がいたら黄色い歓声とともに失神する人がいたかもしれない。
 それだけ貴重で美しさが漂う表情なのだが、騎士隊員たちは興味がないため誰も反応しない。と、いうか巻き込まれたくないので遠くから見守るのみ。

 そんな中、ディオンが赤茶の髪を横に振りながら盛大に拒否した。

「毎度、毎度、俺の体で実験するな!」
「実験ではありません。治験です」
「同じことだろ!」

 そう叫んだディオンは苦笑しながら見守る騎士たちに視線を移す。

「おまえたちも黙ってないで止めろよ!」

 突然、話を振られた仲間たちが肩をすくめながら顔を見合わせる。

「そうは言ってもなぁ」
「侯爵様は騎士隊の大事な出資者パトロンだしなぁ」
「それがお前一人の犠牲で済むならなぁ」

 ここで三人の声が揃う。

「「「安いもんだ」」」

 その言葉にディオンが心の奥底から叫ぶ。

「薄情者!」

 そこに良い笑顔を浮かべたルイが白髪を揺らしながら上半身を屈めた。
 長い人差し指が無精ひげに触れ、そのままクイッと強引にディオンの顔を上へ向ける。爽やかな柑橘の香りとともに美麗な顔が迫る。

「そろそろいいですか? あ、今回は星蜜花の蜂蜜粉を混ぜましたので苦くないですよ」
「味の問題じゃねぇ!」

 その叫びに蒼玉の瞳がキョトンと丸くなった。

「では、どういう問題ですか?」

 心底分かっていない様子にディオンがガックリと項垂れる。

「誰かこいつに一般常識を教えてくれ」
「一通りの教養は学んでおりますが」
「なら、なんで常識が通じないんだよ!?」

 その言葉にルイが不思議そうに首を傾げた。

「それが常識ではないから、だと思いますけど」
「おまえの常識が世界の常識だと思うなよ!」
「違うんですか?」

 自分が世界の中心だと疑っていない蒼玉の瞳にディオンが嘆く。

「なんで、こんな奴が侯爵なんだ……」
「侯爵家に生まれてしまいましたからね。それより、さっさと薬を飲んでください。効果と経過を観察したいので」

 そこで琥珀の瞳が逃げるように逸れた。

「……粉薬はむせるから苦手だ」

 ボソッと落ちた言葉にルイが無言のまま口元に手をあてて顔を背ける。
 ディオンからの予想外の告白に心の柔らかいところを刺されまくったルイが小声で叫んだ。

「むせるって何ですか!? 可愛いすぎるんですが!? 私を悶え殺す気ですか!?」

 一方で、その叫び声が聞こえていないディオンが訝しみながらルイの顔を覗き込もうとする。

「……どうした?」

 心配より不審混じりが強い声にルイはハッとなった。
 そして、大きく息を吐くといつもの淡々とした表情になりディオンへ視線を戻す。
 
「粉が苦手と気づかず失礼しました。そうですね、次からは丸めて固めるようにします。あ、それとも……」

 蒼玉の瞳が細くなり、薄い唇が柔らかな弧を描きながら白い指が無精ひげに触れた。

「薬を水に溶かして口移しで飲ませましょうか?」

 甘く誘惑する声とともに極上の微笑みが琥珀の瞳に迫る。
 誰もが目を奪われる美麗な顔だが、ディオンはため息を吐きながら言った。

「そういうのは未来の奥さんにしてやれ。間違ってもおっさんにすることじゃない」

 素っ気ない言葉と態度にルイが美麗な眉をピクリと動かしながら迫力のある満面の笑みを浮かべる。

「ですが、魔力供給は口移しが一番効率が良いと言われていますよ?」
「絶対、魔力供給が必要な状況にならないようにする」

 ディオンが決意を固めたところで、伝令の大声が響いた。

「魔獣が出現した! 騎士隊は至急、東門に集合! 各自、武器を持って東門に至急集合せよ!」

 その命令に訓練をしていた騎士たちが一斉に動き出す。
 この騒ぎにルイもディオンから顔を離した。

「ふん!」

 気合いが入った声にルイが振り返ると、ディオンが後ろ手に縛っていた縄を引きちぎって立ち上がっていた。

「薬はまた今度だ」

 それだけを言うと他の騎士たちを追いかけていった。
 遠くなっていく赤茶の髪を見送りながらルイが頷く。

「そうですね。私も準備をしましょう」

 転移魔法の詠唱とともに白髪が消えた。


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