完結•断頭台行きの悪役でしたが、召喚先で聖女になりました〜助けてくれた人は「僕を殺して」と言いました〜

文字の大きさ
16 / 31

教えて、偉い人!

しおりを挟む
 私は出しかけた手を引っ込めて訊ねた。

「この杖に触れたら、何か起きるの?」

 ラディが片膝を床についたまま軽く首を横に振る。

「何も起きませんよ。今まで通りです」
「じゃあ、どうしてイーンシーニスは止めようとしているの?」
「さぁ?」

 笑みをのせて首を傾げるショタ。明らかに裏があるのに、その可愛らしさの方が際立って……

 私は鼻を押さえて、もう一度確認した。

「隠し事はしないのよね?」
「はい」

 ラディが堂々と清々しく頷く。つまり、ラディは隠し事をしていないし、本当のことしか言っていない。けど、イーンシーニスの様子を見ると、そうは思えなくて。

 私は他の人の意見を聞こうと顔を動かした。すると、爽やかなレモンの香りが身を包み……

「時間切れです。申し訳ありませんが、先に移動します」

 ふわりと私の体に触れる温もり。小さな体が私に抱き着いていて。

「え?」

 状況を把握する前にラディが杖を振った。

「では、失礼」

 目の前の景色がぐにゃりと歪んだ。



 次に広がったのは見たことがない部屋。

 様々な草花の束が天井からぶら下がり、ドライフラワーの花畑のように埋め尽くされている。
 水晶で作られた棚には不思議な形をした木の小瓶が並び、四方の壁には蜘蛛の巣のように張られた金の糸。
 他にも、木の棚には虹やオーロラが詰まった小瓶や、稲妻が走り雪が舞うフラスコなど、見たことがないモノばかり。

 前世の子どもの頃に読んだ絵本の魔女の家のような雰囲気……だけど、少し埃っぽい。

「すみません、しばらく使っていなかった家ですので」

 ラディが手を振ると窓が一斉に開き、爽やかな風が吹き抜けた。埃やカビ臭さが消え、太陽の日差しが直接振り込む。

「ここは、どこ? 前の家とは違う場所?」
「はい。前の家は見つかっている可能性がありましたので。ここなら、しばらくは見つからないと思います」

 そう説明しながらラディがパタパタと隣の部屋へ移動する。

「どうして、急に移動したの? 今までは私の意見を待っていたのに」

 私の質問に隣の部屋から声が返る。

「エカリスが島に戻ってきた気配がありましたので」

 幼い姿に切り揃えられた白髪と可愛らしいピンクの瞳が浮かぶ。思い出した可愛らしい幼女の姿に和みながら問いかけた。

「エカリスちゃんが戻ってきたら問題があるの?」
「彼女の魔力は私より弱いのですが、あの場にいる者たちと魔力を合わせたら、私の魔力を超えます。そうなると、対応が面倒でしたので」

 相手の人数や状況を考えたら厳しいはずなのに、なぜか余裕のある口ぶり。
 私は気になったことを訊ねた。

「……もしかして、ラディって強い?」

 考えるような沈黙の後、ドアからひょっこりと金髪が顔を出した。

「普通ですよ」

 そう言って向けられたショタの満面の笑み。でも、どこか裏があるような、悪戯をしたような笑顔。そこがまた拝みたくなるほど尊くて……って、今はそうじゃなく。

「……隠し事はしないのよね?」
「ですから、してませんよ」
「うー」

 腑に落ちないものを感じていると、ラディが声をかけた。

「こちらに『寝る』部屋を準備しましたから、どうぞ」

 誘導されるまま隣の部屋に入る。
 机と本があるだけの、スッキリとした部屋。ごちゃごちゃとした隣の部屋との落差が激しいが、それより目にとびこんだのは……

「どうして、いつもの布団セットがここに?」

 部屋の中心にある長椅子の上に置かれた布団セット。私が『寝る』ために使っている布団と同じものだが、この世界には『寝る』という行為がないため、どこにでもあるような代物ではない。

 驚く私にラディが当然のように説明する。

「予備を作って収納袋に入れていましたが、役立って良かったです。あ、お腹が空いているなら食事をしてから『寝る』でもいいですよ?」

 お腹は空いているが、それよりも眠れるという状況に緊張の糸が緩む。いろんなことがありすぎて、疲労は頂点を突き抜けている。

(そういえば、時間軸の太陽はとっくに沈み、普段なら寝ている時間)

 そのことに気づいた瞬間、体が重くなり、瞼を開けているのも辛いほど。習慣とは恐ろしいもので、全身で『寝る』時間だと訴える。

「先に『寝る』わ……もう、限界」

 私は吸い込まれるように布団に潜り込んだ。頭から布団を被って光を遮る。暗闇に安堵していると、穏やかな眠気がやってきた。

「おやすみなさい」

 声とともに、ポンポン、と軽く頭を撫でられた気がした。



 夢も見ないほどの深い眠り。

(こんなに熟睡したのは、いつ以来だろう……)

 浮上していく意識の中で、ミントの香りが鼻をくすぐった。それから、頭元の感触がいつもと違うことに気づく。

(なんだろう……適度な弾力があって、柔らかくて……)

 目を閉じたまま、寝ぼけた頭で確認するように手を動かす。すると、聞き覚えがある声が降ってきた。

「くすぐったいよ、ルーレナ」

 純粋で幼子のような口調だが、澄んだ低い青年の声。

「シア!?」

 いるはずのない人物の声に飛び起きる。しかし、周囲は真っ暗で何も見えない。

「え? また、深層意識の中?」

 キョロキョロと見まわしていると、隣からクスッと笑いが零れた。

「違うよ。ここはラディウスが準備した『寝る』ための部屋だよ」
「じゃあ、現実?」
「そう。暗くて見えないかもしれないけど、僕はここにいるよ」

 気配で何となく感じる。その方向へ手を伸ばすと、ナニかに触れた。柔らかくて、温かいソレはそっと私の手を包み込んで……

「もしかして、シアの、手?」
「そうだよ」

 私の手より大きくて筋張った手。深層意識の中で触れた手と同じ。でも、あの時とは違って温もりがあり、現実なんだと実感する。

「どうして、シアがいるの?」
「光がない状況になったら、僕が表に出るんだ」
「つまり真っ暗な部屋ならシアが現れるってこと? 太陽は関係ないの?」

 私の質問に、うーんと唸るような声がした。

「太陽が全部なくなっても僕は出てくると思う」
「じゃあ、太陽が全部ない時か、光がない部屋を作ればシアに会える、ってこと?」
「そうなるね」

 うん、うん、と頷いているような雰囲気。そこで疑問が湧いた。

「そういえば、日食の時は太陽は隠れていたけど、ほんのり明るかったよね? あの状態でもシアが現れたってことは、少しぐらいの灯りなら大丈夫なのかな?」

 少しの沈黙の後、シアが私に訊ねた。

「灯りって、何?」

 からかっているわけではなく、純粋な質問。暗闇が苦手で、夜が存在しない世界。照明や灯りなどがないのも頷ける。

「灯りっていうのは暗いところを明るくするモノのこと。ランプとかの道具に火を入れて周囲を明るくするの。あとは魔法かな」
「へぇ。魔法でそんなことができるんだ」

 シアが素直に関心する。その様子に心の柔らかいところがくすぐられる。

「ちょっと、魔法で灯りを出してみようか?」
「見たい!」

 期待に満ちた声。きっと目をキラキラと輝かせているのだろう。暗闇で顔が見れないのが残念すぎる。

「うん。ちょっと待ってね」

 暗闇を照らす初期魔法を思い出す。
 前の世界で魔法を学んだ時、光系の魔法の適正が高かった。ただ、攻撃系でも回復系でもなかったため、役立たず魔法って言われて。

 ちょっと嫌なことを思い出した私は軽く頭を振った。

(明るくなりすぎないように気を付けないと)

 私は深呼吸をすると、魔力を押さえて詠唱をした。

炯然けいぜんを集いて燐光となれ』

 私の胸の前に淡い光の球が浮かぶ。ゆらゆらと今にも消えそうで心許ないが、手元を照らすには十分。

「すごい。これが灯りなんだね」

 私は落ちてきた感嘆の声に導かれるように顔をあげた。

 そこには予想通りキラキラとした表情で光球を見つめるシア。青年でありながら、純粋でショタを連想する容貌に思わず鼻を押さえる。

「外見が青年なのに、中身がショタって……私はどうすれば!?」

 苦悶する私をシアが不思議そうに見下ろす。

「どうしたの?」

 純粋な紺碧の瞳に見つめられて罪悪感がチクチクと刺さる。

(こんな暗闇でショタと二人きりなんて……これは犯罪? でも、外見は青年だからセーフ? 教えて、偉い人!)



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

処理中です...