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誓い

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 眩しい光が目に飛び込む。
 暗闇はなく、シアの姿もない。代わりに円形の大きなテーブルを囲むように座るイーンシーニスたち。私が強烈な眠気に襲われた時から時間が経っていないような状況。

「え?」

 キョロキョロと周囲を見ていると、私に向けていた指をおろしたイーンシーニスがテーブルの方へ視線を動かした

 私もつられてそちらを見ると、そこにはテーブルの上に浮かんでいるラディが。

 爽やかな風に遊ばれる金髪。その下にある大きな紺碧の瞳を鋭くし、可愛らしい口を真横に結んでいる。険しい顔で、空中に仁王立ちする、成長前の細い手足。

 完全完璧で理想を具現化したようなショタをカーテンのように降り注ぐ光が照らす。

「ふわぁ……」

 宗教画のような神々しさに言葉を失っていると、私の隣にいたエカリスが椅子から飛び降りた。

「やっぱり、来またね!」

 そう言って、切り揃えられた白い髪を揺らし、小さな指でビシッとラディを指さす。その姿は幼いながらも勇ましい……けど、外見が幼女のため、どこかほんわかな雰囲気に。

 そんなエカリスを無視して、ラディがイーンシーニスに声をかけた。

「自分の意にそぐわないからといって、相手の意識を奪うのは問題があるのでは?」
「完全に意識を奪うわけではありません。私たちの指示が通りやすくするだけですし、すべてが終われば戻ります。それに、本人は何も覚えておりませんから行ったことに対して、気に病むこともありません。これのどこに問題がありますか?」

 平然と言い切ったイーンシーニスに私は叫んだ。

「いや、問題ありまくりでしょ! 私の意識を乗っ取って操り人形にするなんて!」

 私の睨みなんてどこ吹く風のように平然とイーンシーニスが話す。

「あれだけ説明して同意を得られないのであれば、次の手段としては妥当だと思いますが」
「妥当じゃないわ! この世界の妥当、怖すぎ!」

 私の言葉にイーンシーニスが意外そうな顔になる。

「では、あなたの世界ではどうするのですか?」
「もっと話し合って、お互いに歩み寄るわ」
「ですから、十分話し合ったじゃないですか。ですが、あなたは譲歩する様子がなかった」
「そっちこそ譲歩の譲の字もなかったじゃない!」

 睨み合う私たちの間にラディが声を落とす。

「話は平行線のようですので、今回はこれで失礼しますよ」
そうしょうさせませんしゃせまちぇん!」

 エカリスがラディにむけて両手を掲げる。
 そこにフランマの焦った声が響いた。

「ダメよ! ここで攻撃系の魔法を使ったら……」

 エカリスの足元に魔法陣が現れて水が噴き出す。
 一方のラディは平然と浮いたまま。

「あー、強制退室させられちゃった」

 マレが困ったように青い髪をかいた。
 エカリスがいた場所には水たまりがあるのみ。

「ラディウスの挑発に乗るから」
「まぁ、エカリスの年齢を考えれば仕方ありませんわ」

 カエルムの言葉に対して、エカリスを擁護したペトラがラディを見上げる。

「それより、今はこちらが問題です。私たちの魔力だけではラディウスに対抗できません」

 イーンシーニスをはじめとして、ピンと張り詰めた空気が漂う。

 しかし、ラディはそんな雰囲気など気にする様子なく私に視線を移した。サラリと揺れる金髪の下にある鋭い瞳と目が合う。
 その瞬間、険しかった顔が緩み、ふわりと紺碧の瞳が柔らかくなった。

「……え?」

 見たことがないラディの表情に胸が跳ねる。裏のない、心の底から安堵したような目。

(え? え?)

 いつもと違う雰囲気に困惑や戸惑いからドキドキが広がる。
 しかし、その様相はすぐに消え……

「では、いきましょうか」

 普段と同じ顔になり、紺碧の瞳に闇を宿したラディが私に手を伸ばした。
 そこに素早くイーンシーニスが声を挟む。

「待ってください。ラディウスは『星読みの聖女』をどこへ連れて行くのですか?」
「それは私の自由では?」

 いつもの余裕の表情のラディを水色の瞳が睨む。

「その自由は闇を殺してからにしてください」

 イーンシーニスの言葉にラディの顔から感情が消える。

「それを決めるのは、あなたたちではありません」

 言葉とともに見えない威圧で重くなる空気。息をするのも苦しいほど。
 フランマたちが緊張で顔を強張らせている中、紺碧の瞳が私を射抜いた。

「どうしますか?」
「え?」

 戸惑う私にラディが淡々と決断を迫る。

「ここに残るか、私と移動するか、それとも別の道を進むか、選んでください」

 目の前には差し出されたままの小さな手。この手を掴むのは簡単。でも、決して強制ではなく、拒否もできる位置。
 ラディはいつも私の様子を伺って調子を合わせ、決定権を委ねる。

 それは優しさでもあり、時には残酷で。

 小さなトゲとなり、チクリと私の胸を刺す。

 ラディのことを信じると決めた。だから、その手をとることに迷いはない。

 でも、ラディの態度は私がイーンシーニスたちの方を選んでも困らない、と言っているようで。しかも、私はラディに嘘を吐かれたままなわけで。

「……なんか、悔しいな」

 ポツリとこぼれた言葉にラディが眉を寄せる。

「どうしました?」
「……せめて嘘をついていなかったら良かったのに」
「嘘?」

 私の言葉にラディの目が少しだけ大きくなる。それから、イーンシーニスたちに視線を移した。

「すべてを話したのですか?」

 白髪が当然のように頷く。

「はい。協力を得るには必要でしたから」

 ラディが無言のまま目を伏せる。少しの沈黙の後、光を弾くように金髪が動いた。

「わかりました」

 ふたたび上がった小さな顔。その中心にあるのは決意に染まった大きな紺碧の瞳。

 ラディがトンッと軽く宙を蹴った。そのままエカリスがいた場所にふわりと着地して、私の方へ体をむけると、サッと片膝を床につく。
 騎士が主に忠誠を誓うような仰々しくも洗礼された動き。

(いや、ちょっ!? 理想の完成形の超絶美ショタにそんな神々しい動きをされたら鼻血が!?)

 反射的に鼻を押さえた私を紺碧の眼差しが貫いた。

「では、ここに誓いましょう」

 そう言ったラディの手には紫の大きな宝石が装飾された長い杖。その持ち手側が私にむけて差し出される。

「この先、あなたには一切の隠し事をしないことを、この杖に誓います」

 甘くとろけるような少年の声なのに、その顔は真剣で大人びていて。いつもは闇が宿る紺碧の瞳は光で輝いていて。

 その瞬間、柔らかな風が私の銀髪を巻きあげた。

 同時に、耳が痛いほどの静寂。

 時が止まったかのように、誰も動かず、何も言わない。

 何が起きているのか、どうすればいいのか、分からない。けど、ラディから目が離せない。

『未来をむいて』

 困惑する私の耳にシアの声が触れた気がした。

(そういえば、ラディはシアのために嘘をついた。ラディはシアを傷つけるつもりはない。なら、一緒にシアを助ける道を探せるかもしれない)

 私が手を動かしたところで鋭い声が飛ぶ。

「ラディウス、それでいいのですか? その杖を他人に触れさせるということは……」

 イーンシーニスの言葉に私は思わず手を止めた。


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