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第五章 シャクラ砂漠へ
第49話 世紀の発見
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一旦、縄梯子で上に登ってお昼をとることになった。
ヤキモキと心配していたフィオナが、ほっとしたような顔で用意してくれた『フムス』が、体の隅々まで栄養を届けてくれる。
フムスとは、ミザロでもよく食べられている料理。
砂漠での食材として、ドルトムント一行は、乾燥した豆を沢山用意していた。
このフムスは、乾燥したファバを水で戻してから茹でてペーストにして、アリウムとオルリバムをかけて作る。これをピタと言う薄いパンのような生地につけて食べるのだ。
ミネラルも豊富で、暑い砂漠での常備食としてピッタリの物だった。
その他に、『チャミード』と呼ばれる乾燥ザバディも用意していた。これは、ペコラのミルクからできていて、周りを岩塩でカチカチに固めることによって長く保存できるようになっている。脱水症状に陥りやすい砂漠では、これを少しずつお湯に溶いて飲むことで、命を守ることができた。
「それにしても、飛翔はよくここが分かったな! ここを掘ろうと言ったのは、飛翔だからな!」
ジオが感心したように言うと、ドルトムントが不思議そうに尋ねた。
「何故あそこを掘ろうと思ったんだい?」
「えーっと、方位磁針が正常に止まるところだったから」
「なるぼど!」
ドルトムントが納得したと言う顔をして、嬉しそうに頷いた。
人心地付いたところで、作業再開となった。
今度はフィオナも一緒に降りてきた。
砂の下の世界に、興味深々である。
だが、みんなで鉄の扉を押してみるがビクともしない。
鍵がかかっているのだと思われるが、残念ながら外扉は熱で溶かされて、鍵穴の表面が歪んでしまっていた。ここまで来て開けられないとは残念過ぎると、みんながどうやって開けようかと頭をひねっていると、フィオナが窓に積み上がる焼きレンガを指して提案した。
「あのレンガ、少しどかせたら、私が隙間から入れそうな気がするわ。そうしたら、内側から鍵を開けられるかもしれないよ」
ドルトムントが流石に止めに入る。
「いや、危ないからやめておこう」
「そこなら大丈夫だ!」
え?
みんなが一斉に飛翔を見た。
「いや、その、さっき隙間から覗いてみたら、扉の向こう側は広く開いているみたいだったから」
飛翔は慌てて付け加える。
本当は中の様子を分かっているとは、流石に言えない。
「やっぱり! じゃあ、飛翔やってみよう!」
フィオナの元気な声が、飛翔の背中を押してくれた。
まず、飛翔が鏨でレンガに切れ目を入れていく。なるべく割れやすいように、中心からひびが入りやすいように見極めながら筋を入れる。次にハダルとジオが斧で数回叩くと、レンガは計ったかのように見事に割れた。
暗闇に目が慣れたところで、中を覗き込んで見る。
窓の横は直ぐ入り口の扉に繋がる広い空間。
中は思っていた以上に、綺麗な状態であった。
フィオナは身軽にひょいと中に入ると、ドルトムントが陶器製のルチェールナを手渡した。
ゆっくりと鉄の扉に近づく。そしてしばらく悪戦苦闘していたが、ガチャリ! と重い音をさせて、扉の鍵が開かれた。
「やったー!」
みんなの歓声があがる。
重い扉を押し開いた先には、扉から差し込んだ光に照らされて、焼きレンガの壁が白く反射して美しかった。
大災害を乗り越えたレンガの内側は、何の損傷も無く当時の姿を蘇らせた。
飛翔は改めて、レンガ職人であった瑠月の父親たちの技術力の高さを思い知った。
各々ルチェールナを手に、中へ進んで行く。
扉に一番近い部屋には、機織機が並んでいた。
以前のように整然と並んだ織機の中には、作りかけの布がそのままになっているものもある。
「これ、ルシア織の模様とそっくり。とっても綺麗」
フィオナが感嘆の声をあげた。
「確かに、模様が似ているね」
ドルトムントも一緒に覗き込む。
「織機も色々な種類があるし、とにかくたくさんあるね。ここは機織工房だったのかな?」
飛翔は入って直ぐに、リフィアの機織を探した。
ひときわ大きいはずのリフィアの機織は、その姿を留めてはいなかった。
正確には、鉄製の綜絖板だけ抜き取られていた。
これは……綜絖板だけ持ちだしたんだ。他の部分は後から作ることも容易だからな。
飛翔はリフィアが仲間たちと一緒に避難した証を見つけて、体の力が抜けるほど安心した。
良かった……リフィアも、みんなも事前に逃げ切れたようだ!
隣の部屋は飛翔がいつもいた製作の部屋だ。
飛翔のように金細工を学んでいる生徒だけでなく、木工、石膏など、様々な作品が作られていた。流石に重い物は、そのまま置かれていたが、中はやはり整然と片づけられていた。
大型の作品の一つに、ドルトムントが吸い寄せられるように近づいていく。
楽伯師匠の観音像! こんなに綺麗に残っている!
「この観音像! 華陀の劉安寺にある観音像に似ているなぁー。いや、もしかしてここで作られていたのか? なんてことだ!」
ドルトムントが遂に、震える声で叫んだ。
「やっぱり! ここには古代文明が栄えていたんだ! ほら、私の想像は正しかっただろう。これは、世紀の大発見になるぞ!」
そして、「やったぞー!」と言う大声が、工房内にこだました。
その後も次々と見つかるお宝級の作品の数々に、ドルトムントは興奮しっぱなしである。
「このガラスの色、こんな美しい青は見たことがないぞ!」
「この陶器の模様も、なんて綺麗な模様が描かれているんだ! しかもこんな色が出る釉薬があったとは!」
「この装置はなんだ? 何かの実験をしていたのか?」
「おお! こんな精密な建物の図面は見たことがないぞ」
「なんだこの黒い物は? 何かの燃料のような感じだな。ここでは鉄を作っていたように見えるんだが、その火力の元か?」
などなど、一つ一つに驚いている。
「想像以上の文明だぞ……」
だが、最後の言葉は、嬉しそうと言うよりも、困惑の響きが色濃くなった。
そして、今まで見たこともないほど真剣で険しい顔になっていった。
いぶかしく思った飛翔が尋ねると、ドルトムントは静かな声で言った。
「私は、この地に古代文明があると思っていた。それはもっと素朴な文明だと思っていたんだ。だが今、目の前にある作品はどれも高度な技術に培われたものばかりだ。そして、私たちの世の中で、それぞれの国の特産物として交易されている品々のほとんど全てをここで見ることができた。これがどういう意味か、君たちには分かるかな?」
ドルトムントが言葉を切った。そしてみんなを見回して宣言した。
「この地は全ての技術の始まりの地だと言うことなんだよ!」
しばしの沈黙が流れた。
今、ドルトムントが言ったことが事実なら、エストレアの技術は、父の彰徳王や飛王が願っていたように、世界に受け継がれたという事を意味するはずだ。
飛翔は安堵と共に、誇らしい気持ちが湧き上がってきた。
俺が居なくなった後、聖杜の民は自分達の知識を大切に、世界に広めていったんだ!
そしてその技術は、千年後の世界で、みんなの生活を支えている。
みんなに幸せをもたらしているんだ!
飛王! 凄いじゃないか!
嬉しさに、思わず顔がほころんだ。
だがその横で、ハダルとジオが顔を引き締めていた。
お宝につながる発見は嬉しいが、他の人々に伝わると後々厄介なことになる。
盗難、略奪、戦争へと発展する場合もある。
二人は嫌と言うほど経験でそれを知っていたので、上に残っているオルカとイデオの事も少し警戒していた。
「今回はここまでで、帰り支度を始めよう!」
ドルトムントが静かにそう言うと、
「そうですね。それがいい。」
ハダルも同意して、早々に帰り支度を始めたのだった。
持ち出す品は最小限に留めることにして、今回の発掘の成果も、いつもと変わらない小さな欠片だけとなった。
この発見を隠そうにも、掘り出された穴が大きすぎる。
埋め戻すことは無理なので、カモフラージュの旗を離れたところに置いてから帰途についた。
飛翔はこの地を離れがたい思いにかられた。
砂の間のエストレアにもう一度目をやる。
だが同時に、もうこの地に『知恵の泉』が存在しないことも感じ取っていた。
『知恵の泉』は見つけられなかったけれど、みんなが災害に巻き込まれること無く、無事だったことは分かった。
次に進まなければならないと悟った。
生き延びたみんなの軌跡も辿りたいしな。
宇宙の神は、俺にヒントを与えつつも、まだエストレアに帰るべき時期では無いと言っているのかもしれない。
ならば、次は何をすべきなのか。
何を知るべきなのか。
飛翔は、砂漠を歩きながら考え続けた。
ヤキモキと心配していたフィオナが、ほっとしたような顔で用意してくれた『フムス』が、体の隅々まで栄養を届けてくれる。
フムスとは、ミザロでもよく食べられている料理。
砂漠での食材として、ドルトムント一行は、乾燥した豆を沢山用意していた。
このフムスは、乾燥したファバを水で戻してから茹でてペーストにして、アリウムとオルリバムをかけて作る。これをピタと言う薄いパンのような生地につけて食べるのだ。
ミネラルも豊富で、暑い砂漠での常備食としてピッタリの物だった。
その他に、『チャミード』と呼ばれる乾燥ザバディも用意していた。これは、ペコラのミルクからできていて、周りを岩塩でカチカチに固めることによって長く保存できるようになっている。脱水症状に陥りやすい砂漠では、これを少しずつお湯に溶いて飲むことで、命を守ることができた。
「それにしても、飛翔はよくここが分かったな! ここを掘ろうと言ったのは、飛翔だからな!」
ジオが感心したように言うと、ドルトムントが不思議そうに尋ねた。
「何故あそこを掘ろうと思ったんだい?」
「えーっと、方位磁針が正常に止まるところだったから」
「なるぼど!」
ドルトムントが納得したと言う顔をして、嬉しそうに頷いた。
人心地付いたところで、作業再開となった。
今度はフィオナも一緒に降りてきた。
砂の下の世界に、興味深々である。
だが、みんなで鉄の扉を押してみるがビクともしない。
鍵がかかっているのだと思われるが、残念ながら外扉は熱で溶かされて、鍵穴の表面が歪んでしまっていた。ここまで来て開けられないとは残念過ぎると、みんながどうやって開けようかと頭をひねっていると、フィオナが窓に積み上がる焼きレンガを指して提案した。
「あのレンガ、少しどかせたら、私が隙間から入れそうな気がするわ。そうしたら、内側から鍵を開けられるかもしれないよ」
ドルトムントが流石に止めに入る。
「いや、危ないからやめておこう」
「そこなら大丈夫だ!」
え?
みんなが一斉に飛翔を見た。
「いや、その、さっき隙間から覗いてみたら、扉の向こう側は広く開いているみたいだったから」
飛翔は慌てて付け加える。
本当は中の様子を分かっているとは、流石に言えない。
「やっぱり! じゃあ、飛翔やってみよう!」
フィオナの元気な声が、飛翔の背中を押してくれた。
まず、飛翔が鏨でレンガに切れ目を入れていく。なるべく割れやすいように、中心からひびが入りやすいように見極めながら筋を入れる。次にハダルとジオが斧で数回叩くと、レンガは計ったかのように見事に割れた。
暗闇に目が慣れたところで、中を覗き込んで見る。
窓の横は直ぐ入り口の扉に繋がる広い空間。
中は思っていた以上に、綺麗な状態であった。
フィオナは身軽にひょいと中に入ると、ドルトムントが陶器製のルチェールナを手渡した。
ゆっくりと鉄の扉に近づく。そしてしばらく悪戦苦闘していたが、ガチャリ! と重い音をさせて、扉の鍵が開かれた。
「やったー!」
みんなの歓声があがる。
重い扉を押し開いた先には、扉から差し込んだ光に照らされて、焼きレンガの壁が白く反射して美しかった。
大災害を乗り越えたレンガの内側は、何の損傷も無く当時の姿を蘇らせた。
飛翔は改めて、レンガ職人であった瑠月の父親たちの技術力の高さを思い知った。
各々ルチェールナを手に、中へ進んで行く。
扉に一番近い部屋には、機織機が並んでいた。
以前のように整然と並んだ織機の中には、作りかけの布がそのままになっているものもある。
「これ、ルシア織の模様とそっくり。とっても綺麗」
フィオナが感嘆の声をあげた。
「確かに、模様が似ているね」
ドルトムントも一緒に覗き込む。
「織機も色々な種類があるし、とにかくたくさんあるね。ここは機織工房だったのかな?」
飛翔は入って直ぐに、リフィアの機織を探した。
ひときわ大きいはずのリフィアの機織は、その姿を留めてはいなかった。
正確には、鉄製の綜絖板だけ抜き取られていた。
これは……綜絖板だけ持ちだしたんだ。他の部分は後から作ることも容易だからな。
飛翔はリフィアが仲間たちと一緒に避難した証を見つけて、体の力が抜けるほど安心した。
良かった……リフィアも、みんなも事前に逃げ切れたようだ!
隣の部屋は飛翔がいつもいた製作の部屋だ。
飛翔のように金細工を学んでいる生徒だけでなく、木工、石膏など、様々な作品が作られていた。流石に重い物は、そのまま置かれていたが、中はやはり整然と片づけられていた。
大型の作品の一つに、ドルトムントが吸い寄せられるように近づいていく。
楽伯師匠の観音像! こんなに綺麗に残っている!
「この観音像! 華陀の劉安寺にある観音像に似ているなぁー。いや、もしかしてここで作られていたのか? なんてことだ!」
ドルトムントが遂に、震える声で叫んだ。
「やっぱり! ここには古代文明が栄えていたんだ! ほら、私の想像は正しかっただろう。これは、世紀の大発見になるぞ!」
そして、「やったぞー!」と言う大声が、工房内にこだました。
その後も次々と見つかるお宝級の作品の数々に、ドルトムントは興奮しっぱなしである。
「このガラスの色、こんな美しい青は見たことがないぞ!」
「この陶器の模様も、なんて綺麗な模様が描かれているんだ! しかもこんな色が出る釉薬があったとは!」
「この装置はなんだ? 何かの実験をしていたのか?」
「おお! こんな精密な建物の図面は見たことがないぞ」
「なんだこの黒い物は? 何かの燃料のような感じだな。ここでは鉄を作っていたように見えるんだが、その火力の元か?」
などなど、一つ一つに驚いている。
「想像以上の文明だぞ……」
だが、最後の言葉は、嬉しそうと言うよりも、困惑の響きが色濃くなった。
そして、今まで見たこともないほど真剣で険しい顔になっていった。
いぶかしく思った飛翔が尋ねると、ドルトムントは静かな声で言った。
「私は、この地に古代文明があると思っていた。それはもっと素朴な文明だと思っていたんだ。だが今、目の前にある作品はどれも高度な技術に培われたものばかりだ。そして、私たちの世の中で、それぞれの国の特産物として交易されている品々のほとんど全てをここで見ることができた。これがどういう意味か、君たちには分かるかな?」
ドルトムントが言葉を切った。そしてみんなを見回して宣言した。
「この地は全ての技術の始まりの地だと言うことなんだよ!」
しばしの沈黙が流れた。
今、ドルトムントが言ったことが事実なら、エストレアの技術は、父の彰徳王や飛王が願っていたように、世界に受け継がれたという事を意味するはずだ。
飛翔は安堵と共に、誇らしい気持ちが湧き上がってきた。
俺が居なくなった後、聖杜の民は自分達の知識を大切に、世界に広めていったんだ!
そしてその技術は、千年後の世界で、みんなの生活を支えている。
みんなに幸せをもたらしているんだ!
飛王! 凄いじゃないか!
嬉しさに、思わず顔がほころんだ。
だがその横で、ハダルとジオが顔を引き締めていた。
お宝につながる発見は嬉しいが、他の人々に伝わると後々厄介なことになる。
盗難、略奪、戦争へと発展する場合もある。
二人は嫌と言うほど経験でそれを知っていたので、上に残っているオルカとイデオの事も少し警戒していた。
「今回はここまでで、帰り支度を始めよう!」
ドルトムントが静かにそう言うと、
「そうですね。それがいい。」
ハダルも同意して、早々に帰り支度を始めたのだった。
持ち出す品は最小限に留めることにして、今回の発掘の成果も、いつもと変わらない小さな欠片だけとなった。
この発見を隠そうにも、掘り出された穴が大きすぎる。
埋め戻すことは無理なので、カモフラージュの旗を離れたところに置いてから帰途についた。
飛翔はこの地を離れがたい思いにかられた。
砂の間のエストレアにもう一度目をやる。
だが同時に、もうこの地に『知恵の泉』が存在しないことも感じ取っていた。
『知恵の泉』は見つけられなかったけれど、みんなが災害に巻き込まれること無く、無事だったことは分かった。
次に進まなければならないと悟った。
生き延びたみんなの軌跡も辿りたいしな。
宇宙の神は、俺にヒントを与えつつも、まだエストレアに帰るべき時期では無いと言っているのかもしれない。
ならば、次は何をすべきなのか。
何を知るべきなのか。
飛翔は、砂漠を歩きながら考え続けた。
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