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第五章 シャクラ砂漠へ
第50話 王の目
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行きと同じ過酷な砂漠の旅を終えてランボルトの家に着いた時は、もう夜になっていたが、ラクダを返してそのまま泊まらずに家へ向かうことになった。
「どうだ! ドルトムント。今回は収穫があったようだな!」
ランボルトがニヤリとして親指をたてる。
「まあな、詳細はオルカとイデオに聞いてくれ」
ドルトムントは言葉少なに答えた。
そして、ランボルトに向き直って視線を合わせる。
「ランボルト、少しの間でいいから、今回の発掘の事を玉英王様には黙っていてもらえないだろうか」
玉英王と言う名前を聞いて、ハダルとジオがびくりとした。
玉英王と言えば、壮国の皇帝の名前ではないのか!
飛翔も驚いた。
「そうだな。俺は死んだ身だからな。死人に口なしと言うしな。少しの間ならなんとかなるんじゃないかな。だが、時間の問題だぜ。『王の目』や『王の耳』はそこら中にいるからな」
「感謝する。ランボルト」
ドルトムントは真剣な表情で頭を下げた。
いつも陽気なドルトムントが、帰り道の間中ほとんど口を開かなかったので、フィオナは心配していた。
その上今日は月も無く、夜道は真っ暗だ。
「お父さん、こんな暗い道を帰るの危ないんじゃないの?」
「ああ、すまないな。でも早く家に帰りたいんでな。なあに、ハダルとジオと飛翔がいるし。武器もあるしな。フィオナはそのまま荷台で寝ていていいぞ」
武器なんてどこにあるのかと、フィオナは荷台を見回しながら呆れていたが、ドルトムントがこんなに心配している姿を初めて見たので、ただ事では無いと言うことが感じられた。
強行軍のお陰で、明け方には、丘の上のわが家へ辿り着くことが出来た。
心配したような危険なことは何も起こらなかったので、一行はほっとして家の中へ滑り込む。
フィオナはずっと心配で起きていたようだったが、とうとう我慢しきれず途中から眠っていた。
ハダルがフィオナを部屋へと運んで行った後、ドルトムントのところへ来て、堪えきれなくなったように尋ねた。
「ドルトムント! 玉英王とは、どういうことですか!」
「すまない。黙っていて」
ドルトムントは小声で話し始めた。
「前回の発掘の報告でロドリゴ様に会いに行ったとき、お忍びで玉英王が来ていてね。発掘の依頼を改めてされたのさ。多分、ランボルトから私の動向が報告されていたんだろうね」
「ランボルトは何者なんですか?」
「ランボルトは除隊兵だよ。そして、『王の目』さ。砂漠を見張る『王の目』さ」
『王の目』、『王の耳』とは王の直属の諜報部員のことであった。
兵士とは限らず、商人の中や職人の中にも紛れていると言われている。
見極めるのは難しく、密かに見張られている感覚が人々に不安を与えていた。多民族国家、壮国は、情報統制国家でもあったのだ。
ハダルは一瞬ぎくりとして、ロドリゴへ発掘の話を持っていった自分の軽率さを後悔した。地方省の役人であり、隊商組合の元締めでもあるロドリゴ自身が、『王の目』である可能性も否定できないのだ。
しかもこの発掘に関して、玉英王が直接ロドリゴのところへ来るほど興味を持っていると言う事なのか?
ハダルの焦りを感じたドルトムントは、安心させるように語り掛ける。
「ロドリゴは違うよ。どっちかって言えば、監視される側だろう。だが、ランボルトは逃げ切れなかったんだろうな。玉英王から」
ドルトムントにしては珍しく、悲し気な表情で続ける。
「多分、ランボルトが兵を辞めたいと思っていたのは本当だと思う。自分のことを死んだことにしてまでな。だがな、一度兵になった者は、特にランボルトのよう優秀な戦士は、玉英王が離さないんだと思うよ。だから、逃げ切れなかった。彼は自分がやらなければいけないことをしているだけだからね。ランボルトに罪はないよ。そして、玉英王がたまたま今回の発掘に興味を持ったというだけのことさ」
「玉英王がなぜ砂漠の発掘に興味を持っているんですか?」
いつも冷静なハダルの声には、まだ後悔の色が残っている。
「それなんだよ! 実は私にもわからないんだ。いや、分からなくなったという方が正しいな」
ドルトムントは心底不思議そうな顔で首をひねった。
「最初は、玉英王が砂漠の鉱物、例えば、金とか鉄とか宝石とか、そういう物を求めて発掘を命じたと思っていたんだ。でも、あの遺跡を見て、違う気がしてきたんだ。あんなところに、あんなに高度な文明があったなんて、玉英王はどこまで知っているのかな? それとも知らなかったのか? あの文明を見て、どうしようと考えるのか? 破壊しようと考えるのか? 反対にあの遺跡の発明品を独り占めしようと考えるのか? そもそも、あの遺跡にはどんな人々が暮らしていたのか? どんな秘密が隠れているのか?」
ハダルも考え込んだ。
「だから報告をしないように頼んだんですね」
「ああ、と言ってもランボルトが言わなくても、他の『王の目』から報告が行く可能性は高いから、時間の問題だがな」
二人の会話を聞いていた飛翔は、腹の底から怒りがこみ上げてきていた。
玉英王……神親王の子孫。
あの時、神親王に狙われたエストレアが、千年後の世界でも、子孫の玉英王に狙われていると言うのか!
どこまで追ってくる気なんだ!
今回の砂漠での調査では、エストレアで戦闘が行われた跡は見られなかった。
飛王が神親王と刃を交えたかもしれないと心配していた飛翔にとっては、とても嬉しい結果だった。
戦闘が起こる前に、噴火の可能性に気づいた聖杜の民が、避難して事なきを得ただけかもしれないが……
神親王さえいなければ、父上が毒殺されることも無かったし、俺がこんなふうに千年後の世界へ来ることも無かった。
憎んでも憎み足りない気持ちは変わらない。
だから、子孫の玉英王に、聖杜をこれ以上荒らされたくなかった。
飛翔はみんなに自分の秘密を話した方が良いかも知れないと思った。意を決して口を開きかけた時、ドルトムントが大きな欠伸をしながら言った。
「何はともあれ、我々も一休みしてからにしよう」
「どうだ! ドルトムント。今回は収穫があったようだな!」
ランボルトがニヤリとして親指をたてる。
「まあな、詳細はオルカとイデオに聞いてくれ」
ドルトムントは言葉少なに答えた。
そして、ランボルトに向き直って視線を合わせる。
「ランボルト、少しの間でいいから、今回の発掘の事を玉英王様には黙っていてもらえないだろうか」
玉英王と言う名前を聞いて、ハダルとジオがびくりとした。
玉英王と言えば、壮国の皇帝の名前ではないのか!
飛翔も驚いた。
「そうだな。俺は死んだ身だからな。死人に口なしと言うしな。少しの間ならなんとかなるんじゃないかな。だが、時間の問題だぜ。『王の目』や『王の耳』はそこら中にいるからな」
「感謝する。ランボルト」
ドルトムントは真剣な表情で頭を下げた。
いつも陽気なドルトムントが、帰り道の間中ほとんど口を開かなかったので、フィオナは心配していた。
その上今日は月も無く、夜道は真っ暗だ。
「お父さん、こんな暗い道を帰るの危ないんじゃないの?」
「ああ、すまないな。でも早く家に帰りたいんでな。なあに、ハダルとジオと飛翔がいるし。武器もあるしな。フィオナはそのまま荷台で寝ていていいぞ」
武器なんてどこにあるのかと、フィオナは荷台を見回しながら呆れていたが、ドルトムントがこんなに心配している姿を初めて見たので、ただ事では無いと言うことが感じられた。
強行軍のお陰で、明け方には、丘の上のわが家へ辿り着くことが出来た。
心配したような危険なことは何も起こらなかったので、一行はほっとして家の中へ滑り込む。
フィオナはずっと心配で起きていたようだったが、とうとう我慢しきれず途中から眠っていた。
ハダルがフィオナを部屋へと運んで行った後、ドルトムントのところへ来て、堪えきれなくなったように尋ねた。
「ドルトムント! 玉英王とは、どういうことですか!」
「すまない。黙っていて」
ドルトムントは小声で話し始めた。
「前回の発掘の報告でロドリゴ様に会いに行ったとき、お忍びで玉英王が来ていてね。発掘の依頼を改めてされたのさ。多分、ランボルトから私の動向が報告されていたんだろうね」
「ランボルトは何者なんですか?」
「ランボルトは除隊兵だよ。そして、『王の目』さ。砂漠を見張る『王の目』さ」
『王の目』、『王の耳』とは王の直属の諜報部員のことであった。
兵士とは限らず、商人の中や職人の中にも紛れていると言われている。
見極めるのは難しく、密かに見張られている感覚が人々に不安を与えていた。多民族国家、壮国は、情報統制国家でもあったのだ。
ハダルは一瞬ぎくりとして、ロドリゴへ発掘の話を持っていった自分の軽率さを後悔した。地方省の役人であり、隊商組合の元締めでもあるロドリゴ自身が、『王の目』である可能性も否定できないのだ。
しかもこの発掘に関して、玉英王が直接ロドリゴのところへ来るほど興味を持っていると言う事なのか?
ハダルの焦りを感じたドルトムントは、安心させるように語り掛ける。
「ロドリゴは違うよ。どっちかって言えば、監視される側だろう。だが、ランボルトは逃げ切れなかったんだろうな。玉英王から」
ドルトムントにしては珍しく、悲し気な表情で続ける。
「多分、ランボルトが兵を辞めたいと思っていたのは本当だと思う。自分のことを死んだことにしてまでな。だがな、一度兵になった者は、特にランボルトのよう優秀な戦士は、玉英王が離さないんだと思うよ。だから、逃げ切れなかった。彼は自分がやらなければいけないことをしているだけだからね。ランボルトに罪はないよ。そして、玉英王がたまたま今回の発掘に興味を持ったというだけのことさ」
「玉英王がなぜ砂漠の発掘に興味を持っているんですか?」
いつも冷静なハダルの声には、まだ後悔の色が残っている。
「それなんだよ! 実は私にもわからないんだ。いや、分からなくなったという方が正しいな」
ドルトムントは心底不思議そうな顔で首をひねった。
「最初は、玉英王が砂漠の鉱物、例えば、金とか鉄とか宝石とか、そういう物を求めて発掘を命じたと思っていたんだ。でも、あの遺跡を見て、違う気がしてきたんだ。あんなところに、あんなに高度な文明があったなんて、玉英王はどこまで知っているのかな? それとも知らなかったのか? あの文明を見て、どうしようと考えるのか? 破壊しようと考えるのか? 反対にあの遺跡の発明品を独り占めしようと考えるのか? そもそも、あの遺跡にはどんな人々が暮らしていたのか? どんな秘密が隠れているのか?」
ハダルも考え込んだ。
「だから報告をしないように頼んだんですね」
「ああ、と言ってもランボルトが言わなくても、他の『王の目』から報告が行く可能性は高いから、時間の問題だがな」
二人の会話を聞いていた飛翔は、腹の底から怒りがこみ上げてきていた。
玉英王……神親王の子孫。
あの時、神親王に狙われたエストレアが、千年後の世界でも、子孫の玉英王に狙われていると言うのか!
どこまで追ってくる気なんだ!
今回の砂漠での調査では、エストレアで戦闘が行われた跡は見られなかった。
飛王が神親王と刃を交えたかもしれないと心配していた飛翔にとっては、とても嬉しい結果だった。
戦闘が起こる前に、噴火の可能性に気づいた聖杜の民が、避難して事なきを得ただけかもしれないが……
神親王さえいなければ、父上が毒殺されることも無かったし、俺がこんなふうに千年後の世界へ来ることも無かった。
憎んでも憎み足りない気持ちは変わらない。
だから、子孫の玉英王に、聖杜をこれ以上荒らされたくなかった。
飛翔はみんなに自分の秘密を話した方が良いかも知れないと思った。意を決して口を開きかけた時、ドルトムントが大きな欠伸をしながら言った。
「何はともあれ、我々も一休みしてからにしよう」
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