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第七章 バンドスの船乗り
第63話 大国の軋み
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次の日の朝食後、アドラスに案内してもらって、みんなでバハルの家に向かった。
「バハル爺さんの家は高台にあるんだ。目の前を遮るものがなーんにもないから、海が綺麗だぞ~楽しみにしておいてくれ」
始めはのんびりと歩きだした六人だったが、途中で急にアドラスが店の中に入った。昼食でも食べようと思っているのかと慌てて付いて行くと、アドラスは店の中庭に出て、そのまま別の店の入り口へと入って行く。
ここバンドスでは、お店の出入り口が二つあることが普通だ。
一つは通りに面した扉。もう一つは中庭に面した扉。
人々が憩える中庭をぐるりと取り囲むような形でお店が配されているのだ。
その二つの出入り口を、縦横無尽に駆け抜けるようにアドラスが進んで行く。
飛翔は遂に自分がどこを歩いているのか分からなくなってきた。
「ドルトムント、どうしたんでしょうか?」
目でそれとなく尋ねると、
「アドラス、どうした?」
ドルトムントがアドラスに声を掛けた。
「まくぞ!」
アドラスが小声で答えた。
ハダルはフィオナを守るように傍に張り付き、ジオは一番後ろで全神経を集中させている。
バハルの家へ行ける喜びでワクワクしていた飛翔でさえも途中から感じていた視線は、気のせいでは無かったのだと思った。
六人はその後も道を変えながら進み、町外れの断崖まで辿り付いた時、ようやく視線が途切れたのを感じた。
アドラスはほっと息をつくと、断崖にへばりつくように作られた階段を足早に下り始めた。
わずかに茂る木々のすき間から、青い海と白波と小さな小島が見える。
デコボコに置かれただけの階段はあまり広く無いので、風が吹いたら転げ落ちてしまいそうだった。
「ここの下の洞窟に、向こうの小島へ渡れる小舟を隠してあるんだ」
アドラスは手際よく小舟のもやい結びを解くと、みんなを小島へと連れて行ってくれた。
「ちゃんと港から行かれる橋もあるんだぜ。だが、なんだか今日はそれをしちゃいけないような胸騒ぎがしてな」
船乗り特有の潮流をよむ鋭い感の故か。
アドラスはそう言いいながらも、余裕のある笑顔をみんなへ向けてくれた。
「とりあえずは、これで大丈夫かな」
対岸へ小舟を着けて安堵のため息を漏らすと、アドラスは探る様にドルトムントに尋ねてきた。
「お前たち一体何をやらかしたんだ?」
「何って、何もしてないよ」
ドルトムントは動揺も見せずにそう答えた。
「ならいいんだが……考えすぎかな? 最近、このバンドスも色々あってな」
渋い顔をしながら説明した。
「このバンドスは 延世王が支配下に治めるまでは、独立国家だったのは知っているよな。その頃のような国を取り戻したいと思っている連中が、反乱を起こそうと計画しているって言う噂が絶えないんだよな。だから衛兵の取り締まりが厳しくなっているのかもしれない」
「独立解放運動ってことだな」
眉間に皺を寄せながら、ドルトムントも頷く。
延世王が支配していた当時は、もともとバンドスにあった『 議会』を残し、 議会の長と中央官吏を同等の立場として、協議する方式をとっていた。
延世王の息子の 煌映王はそれを踏襲したので、大きな不満が生まれずにすんだ。
だが、その息子の 麗希王、つまり、現在の 玉英王の父王の時代になると、逆に中央官吏と商人の癒着が始まった。
力のある商人は 地方省の役人に対してだけでなく、港使用料を管理する 統省の租税部に付け届けをすることによって、個人的に便宜を図って貰うようになった。
港使用料をすり抜ける商品、それは直接中央貴族たちの元へ運ばれる。
いわゆる密輸の横行である。
自然と『 議会』の『 議員』も、癒着した商人が金に物を言わせて、不正な選挙で勝ち取る構図が出来上がりつつあった。
そんな状況を憂えた人々が反乱を企て始めたのは、自然な流れだろう。
そんな時に、王都、 華陀で事件が起こった。
麗希王が突然亡くなったのだ。死因は公になってはいない。
皇帝の急死は、当然のように後継者争いを引き起こした。
皇子達は互いに血で血を洗う戦いを繰り広げたのだ。
毒殺に次ぐ毒殺。謂れのない罪による処刑。
だがその不毛な争いは思いの外早く、三か月ほどで収束した。
候補者達が相打ちにより果てた後、次期皇帝に即位したのが、末の皇子であった 璃輝、現在の 玉英王だ。
三年前の事である。
それまで公の場に姿を現さなかった 璃輝が、有力候補者達を退けていきなり即位したので、様々な憶測が飛び交った。
麗希王は 璃輝に毒殺されたのでは無いか。
数ある候補者同士を疑心暗鬼に陥れて共倒れさせた張本人では無いか。
これから人々を恐怖によって統治しようとしてくるのでは無いか。
憶測は不安を呼び、不満を蓄積させていた。
アドラスは周りをきょろきょろと見回してから、
「印刷所の件もそうだが、最近は何もかもが厳しくなっていてな。荷下ろし中の船には、必ず租税部の観察官が二人付いてチェックしているらしい。まあ、密輸の横行を阻止するためだと思うけれど、四六時中見張られているってのもまた、なんとも窮屈な感じだよな。それで不満に思っている商人も多いんだよ」
「そうなんですか。昨日見た町は活気があって、物が溢れているように見えたのですが……」
飛翔は昨日見たバンドスの生き生きとした人々の様子を思い出しながら言った。
「ははは! 俺たちバンドスの民はもともと陽気だからな。不満のある連中は、反乱だのなんだのと物騒な事言っているけど、大多数のバンドス人は、現状を楽しむことがうまいんだよ。物が無かろうが、暗い時世だろうが、笑って歌って、食って寝る!」
「いいですね! そういう生き方」
「俺たちは海の民で、海に命を懸けてきたからな。ちょっとやそっとの事じゃ驚かないかわりに、命かけたチャレンジって奴にも胸躍るんだよな! お前もまだ若いんだから、そんな大人しくまとまってないで、もっと弾けろ!」
アドラスはそう言って、飛翔の肩をバンバン叩いた。
飛翔はバンドスの船乗りは豪快だなと思いながら、ふと疑問を口にした。
「 玉英王が港使用料の管理を厳しくしているのは、密輸の取り締まりと適正な税収入の確保だけが目的なのでしょうか?」
「多分、戦闘力のある船の製造だな。その下準備と言うところだろうな」
ドルトムントが答えた。
「軍船ですね。確かに、それなら納得がいきますね」
「軍船! なるほど! だったらこれから会うバハル爺さんのような人は、奴らが喉から手が出るほど欲しい人物じゃないかな。船と海の知識に関しては右に出る者はいないからな!」
アドラスは誇らしげにそう言った。
小島は無人島のように見えたが、島の反対側まで回ると一件だけ高台に家が建っているのが見えた。
波打ち際はごつごつとした岩に囲まれているが、中央の小高い丘は緑も茂り、登りやすいように階段も積み上げられている。
かなり急坂な階段を登っていると、だんだん息が切れてきた。
「どうだ! 絶景だろう!」
ようやく辿り着いた家の門の前で、アドラスが振り返って海を指した。
何物にも邪魔されない大海原。
どこまでも続く紺碧の波打つ絨毯と、陽の煌めき。
吹き付ける潮風が、汗ばんだ体に心地良かった。
「バハル爺さんの家は高台にあるんだ。目の前を遮るものがなーんにもないから、海が綺麗だぞ~楽しみにしておいてくれ」
始めはのんびりと歩きだした六人だったが、途中で急にアドラスが店の中に入った。昼食でも食べようと思っているのかと慌てて付いて行くと、アドラスは店の中庭に出て、そのまま別の店の入り口へと入って行く。
ここバンドスでは、お店の出入り口が二つあることが普通だ。
一つは通りに面した扉。もう一つは中庭に面した扉。
人々が憩える中庭をぐるりと取り囲むような形でお店が配されているのだ。
その二つの出入り口を、縦横無尽に駆け抜けるようにアドラスが進んで行く。
飛翔は遂に自分がどこを歩いているのか分からなくなってきた。
「ドルトムント、どうしたんでしょうか?」
目でそれとなく尋ねると、
「アドラス、どうした?」
ドルトムントがアドラスに声を掛けた。
「まくぞ!」
アドラスが小声で答えた。
ハダルはフィオナを守るように傍に張り付き、ジオは一番後ろで全神経を集中させている。
バハルの家へ行ける喜びでワクワクしていた飛翔でさえも途中から感じていた視線は、気のせいでは無かったのだと思った。
六人はその後も道を変えながら進み、町外れの断崖まで辿り付いた時、ようやく視線が途切れたのを感じた。
アドラスはほっと息をつくと、断崖にへばりつくように作られた階段を足早に下り始めた。
わずかに茂る木々のすき間から、青い海と白波と小さな小島が見える。
デコボコに置かれただけの階段はあまり広く無いので、風が吹いたら転げ落ちてしまいそうだった。
「ここの下の洞窟に、向こうの小島へ渡れる小舟を隠してあるんだ」
アドラスは手際よく小舟のもやい結びを解くと、みんなを小島へと連れて行ってくれた。
「ちゃんと港から行かれる橋もあるんだぜ。だが、なんだか今日はそれをしちゃいけないような胸騒ぎがしてな」
船乗り特有の潮流をよむ鋭い感の故か。
アドラスはそう言いいながらも、余裕のある笑顔をみんなへ向けてくれた。
「とりあえずは、これで大丈夫かな」
対岸へ小舟を着けて安堵のため息を漏らすと、アドラスは探る様にドルトムントに尋ねてきた。
「お前たち一体何をやらかしたんだ?」
「何って、何もしてないよ」
ドルトムントは動揺も見せずにそう答えた。
「ならいいんだが……考えすぎかな? 最近、このバンドスも色々あってな」
渋い顔をしながら説明した。
「このバンドスは 延世王が支配下に治めるまでは、独立国家だったのは知っているよな。その頃のような国を取り戻したいと思っている連中が、反乱を起こそうと計画しているって言う噂が絶えないんだよな。だから衛兵の取り締まりが厳しくなっているのかもしれない」
「独立解放運動ってことだな」
眉間に皺を寄せながら、ドルトムントも頷く。
延世王が支配していた当時は、もともとバンドスにあった『 議会』を残し、 議会の長と中央官吏を同等の立場として、協議する方式をとっていた。
延世王の息子の 煌映王はそれを踏襲したので、大きな不満が生まれずにすんだ。
だが、その息子の 麗希王、つまり、現在の 玉英王の父王の時代になると、逆に中央官吏と商人の癒着が始まった。
力のある商人は 地方省の役人に対してだけでなく、港使用料を管理する 統省の租税部に付け届けをすることによって、個人的に便宜を図って貰うようになった。
港使用料をすり抜ける商品、それは直接中央貴族たちの元へ運ばれる。
いわゆる密輸の横行である。
自然と『 議会』の『 議員』も、癒着した商人が金に物を言わせて、不正な選挙で勝ち取る構図が出来上がりつつあった。
そんな状況を憂えた人々が反乱を企て始めたのは、自然な流れだろう。
そんな時に、王都、 華陀で事件が起こった。
麗希王が突然亡くなったのだ。死因は公になってはいない。
皇帝の急死は、当然のように後継者争いを引き起こした。
皇子達は互いに血で血を洗う戦いを繰り広げたのだ。
毒殺に次ぐ毒殺。謂れのない罪による処刑。
だがその不毛な争いは思いの外早く、三か月ほどで収束した。
候補者達が相打ちにより果てた後、次期皇帝に即位したのが、末の皇子であった 璃輝、現在の 玉英王だ。
三年前の事である。
それまで公の場に姿を現さなかった 璃輝が、有力候補者達を退けていきなり即位したので、様々な憶測が飛び交った。
麗希王は 璃輝に毒殺されたのでは無いか。
数ある候補者同士を疑心暗鬼に陥れて共倒れさせた張本人では無いか。
これから人々を恐怖によって統治しようとしてくるのでは無いか。
憶測は不安を呼び、不満を蓄積させていた。
アドラスは周りをきょろきょろと見回してから、
「印刷所の件もそうだが、最近は何もかもが厳しくなっていてな。荷下ろし中の船には、必ず租税部の観察官が二人付いてチェックしているらしい。まあ、密輸の横行を阻止するためだと思うけれど、四六時中見張られているってのもまた、なんとも窮屈な感じだよな。それで不満に思っている商人も多いんだよ」
「そうなんですか。昨日見た町は活気があって、物が溢れているように見えたのですが……」
飛翔は昨日見たバンドスの生き生きとした人々の様子を思い出しながら言った。
「ははは! 俺たちバンドスの民はもともと陽気だからな。不満のある連中は、反乱だのなんだのと物騒な事言っているけど、大多数のバンドス人は、現状を楽しむことがうまいんだよ。物が無かろうが、暗い時世だろうが、笑って歌って、食って寝る!」
「いいですね! そういう生き方」
「俺たちは海の民で、海に命を懸けてきたからな。ちょっとやそっとの事じゃ驚かないかわりに、命かけたチャレンジって奴にも胸躍るんだよな! お前もまだ若いんだから、そんな大人しくまとまってないで、もっと弾けろ!」
アドラスはそう言って、飛翔の肩をバンバン叩いた。
飛翔はバンドスの船乗りは豪快だなと思いながら、ふと疑問を口にした。
「 玉英王が港使用料の管理を厳しくしているのは、密輸の取り締まりと適正な税収入の確保だけが目的なのでしょうか?」
「多分、戦闘力のある船の製造だな。その下準備と言うところだろうな」
ドルトムントが答えた。
「軍船ですね。確かに、それなら納得がいきますね」
「軍船! なるほど! だったらこれから会うバハル爺さんのような人は、奴らが喉から手が出るほど欲しい人物じゃないかな。船と海の知識に関しては右に出る者はいないからな!」
アドラスは誇らしげにそう言った。
小島は無人島のように見えたが、島の反対側まで回ると一件だけ高台に家が建っているのが見えた。
波打ち際はごつごつとした岩に囲まれているが、中央の小高い丘は緑も茂り、登りやすいように階段も積み上げられている。
かなり急坂な階段を登っていると、だんだん息が切れてきた。
「どうだ! 絶景だろう!」
ようやく辿り着いた家の門の前で、アドラスが振り返って海を指した。
何物にも邪魔されない大海原。
どこまでも続く紺碧の波打つ絨毯と、陽の煌めき。
吹き付ける潮風が、汗ばんだ体に心地良かった。
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