ティアル・ナ・エストレア ―青髪の双子の王子―

涼月

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第七章 バンドスの船乗り

第67話 イリス島へ

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 明日の出発に向けて、一旦家へ帰っていたアドラスが、慌てた表情で戻ってきたのは、陽の光が西の水平線へ沈むにはまだまだ早い時刻の事だった。

「おい! 小島へ渡る橋に衛兵が集結していて、陸省リォウシァンの役人みたいな奴と議員コングレシスタの一人が話しているみたいだったぞ。一体何が起こっているんだろう? 逃げた方がよさそうだな」
 アドラスの言葉に、ドルトムント一行に緊張が走った。

 街で感じた視線は、自分達のことを監視していたのだろうか?
 やはり『王の目』に見つかっていたのだろうか?
 このままでは、バハルの家へ迷惑が掛かってしまうと思ったドルトムントは、慌てて立ち上がった。

「バハルさん、申し訳なかった。我々はこれで失礼します」
 ドルトムントが深々とお礼をして立ち去ろうとすると、バハルが制止した。

「多分、俺を連れて行こうと思ってきている連中だな」
「え?」

 バハルは驚くみんなを見回して言った。
「前々から、軍船を作るように言われていたんだよ。だがな、俺はそんな人殺しのための船はつくらねえって言って突っぱねたのさ。まあ、いつかこんなふうに、強硬手段に出るだろうと思って、準備しておいたんだよな」
「準備?」
 アドラスが驚きと疑問が混じった声で尋ねる。

「ああ、ラメル! ロメリア! ターシャ! 船の準備だ!」

 その掛け声を聞いて、ラメル少年とラメルの母親のロメリア、バハルの奥さんのターシャは、素早く身支度を整えた。
 ラメルは先程の海図用の道具と孝健の模型も抱えてきた。
 
 バハルが台所の床板の一部を引き上げる。
 そこには、地下へと続く階段が現れた。

「これは一体……」
「詳しい話は後だ。みんな下へ降りろ!」

 とまどうドルトムント一行に声を掛けると、アドラスに最後に扉を閉めてくるように言いおいて、先頭に立って走り降りて行った。
 狭い石の階段をくるくると、下ヘ下へと降りて行くと、やがて洞窟の中のような広い空間に出た。

 飛翔達の目の前に現れたのは、大型帆船!

 孝健が作った模型よりも更に大型の、横帆と縦帆が組み合わされた最新の帆船が、目の前に聳えたっていたのだった。

「!」

 みんな声も出ない。

「早く乗れ!」

 バハルは素早く縄を解くと、船の背側にある水門の扉を巻き上げた。
 一気に蓄えられていた水が溢れ出し、帆船を出口の方へと押し流していく。

 バハルは身軽に船に飛び乗ると、次々に三本のマストの帆を広げ始めた。
 アドラスとハダルも素早く手伝う。
 前方と真ん中の横帆が次々と風を捉えて、船は次第に勢いを増していった。

 驚いたことに、ラメル少年だけでなく、ロメリアもターシャも船の知識や操作に長けていた。
 三人はバハルに何も言われずとも自分の役割を分かっていて、船が海洋へ進み出る手伝いをしている。
 
 洞窟の出口は港へ続く橋とは反対側に位置していて、小島からそのまま大海へと続いていた。

 洞窟の入り口へ流れ出た巨体は、いきなり強い風に煽られて大きく傾いた。
 海に投げ出されそうになったドルトムントを飛翔が、フィオナをジオが抑える。
 波が細かな粒となって降り注いできた。

 船は一度洞窟内に押し返されそうになったが、今度はその反動で勢いよく、光の中へと引き出された。

 それは、横帆と縦帆を組み合わせた世界発のキャラック船が、大海へ漕ぎ出した瞬間だった。
 
 
 バハルとアドラスとハダルは、三本の帆を風向きに合わせて固定する作業に移った。
 重い舵を握るロメリアが全身で抑えている姿も見える。

 聖杜国エストレアの謎を追うイリス島への旅は、思わぬ逃走劇で幕を開けたのだった。


 風と潮流の加護を受けて、船の状態が安定した頃、ようやくみんなは遠く離れていく小島を振り返った。
 橋の人々はまだ気づいていないようで、特に大きな動きは見えていない。

 みんなほっと息を吐きだすと、アドラスがバハルに迫る様に尋ねた。

「バハル爺さん! いつの間にこんなもん用意していたんだよ!」
 バハルはニヤリと笑う。

「いつの間にって、遠い昔からさ。あの灯台の島には、わが家の秘密の船が隠されて居たってことよ。代々の船大工が手入れをしながら、この船を大切にしてきたのさ。この船には、わが家の技術力の全てが注がれているからな。おいそれと人には教えられないな。陸省リォウシァンの奴らが狙っていたのは、実はこの船かもしれんな」

「一体全体どういうことなんだよ。もちっと詳しく説明してくれよ」

「どうもこうもねえよ。昔から俺の一族は船に関しちゃちょっとした有名人だったってことさ。だから今回みたいな、軍船を作って欲しいって依頼が時々くるのさ。今までもどうにも逃げ切れないと思った時には、こうやって逃げ出しては、ほとぼりが冷めたころ戻ってくるなんてことをしていたらしいぜ」
「そりゃまた、初耳だぜ」

 アドラスは呆れたような声で唸った。

「あの小島は灯台兼秘密の船の隠し場所ってわけさ」

 飛翔はバハルが島にいる間に会いに来れて良かったと、心の底から思ったのであった。
 と同時に、今も昔と変わらず、『知恵』を悪用しようとする力は存在するのだと暗い気持ちになる。
 なぜ、人々の幸せのためだけに使おうと思えないのか?
 なぜ人の命を奪うために使おうとするのか?
 

「まあ、俺にとっては海が家のようなもんだからな。時々こうやって船を走らせることは、船を知るいい機会なんだよ」
 家や仕事を追われるようなこんな重大なピンチの時でさえ、焦っても憤ってもいないバハルの姿に、飛翔は静かな感動を覚えた。

「こんな……理不尽なことだと怒らないんですか! 家を追われてしまったようなものなのに」
「飛翔君、怒ってくれてありがとうな。だが、世の中には理不尽だと思う事はいっぱい起こるさ。そんな時真正面からぶつかっても、傷つくのはこっちだからな。だったらさっさとしっぽを巻いて逃げるが勝ちさ。だから、いつも逃げる準備だけはしているんだよ。あっちがダメならこっちで行こうってな。それくらい縦横無尽に駆け巡るのも楽しい人生じゃないかな。やっぱり冒険好きな男の血が騒ぐからな」
 バハルはまた、ガハハハッと豪快に笑った。

 飛翔は、聖杜国エストレアからバルディア国へ、更にイリス島へ逃げてきたみんなのたくましさを改めて思った。
 そうだ!
 みんなも逃げてきたんだ。だから、こんなにも強くてしなやかなんだな。

「冒険好きなのは、別に男に限ったことじゃないですよ」
 バハルの横で、ターシャが啖呵を切った。
 今まで豪快に笑っていたバハルが、ちょっと焦ったように横目で奥さんを見やる。

「ターシャさんも、ロメリアさんも船に乗っていたんですか?」
 フィオナが興味津々な表情で尋ねた。

「あたしは船で生まれたからね。両親がモルダリア島からバンドスに移住する時に生まれたのさ。まあ、だいぶ昔の話になるけどね」
 ターシャはそう言うと、陽気に笑った。
「ロメリアは造船士になりたいって言って、とうちゃんのところに弟子入りしてきたのさ。こんな別嬪さんが真っ黒になって船の修理している姿見たら、なんかこう、くぅーってなっちゃって、カッコいいじゃないか。で、全面的に応援していたら、うちの息子も好きになったらしくてね」
 ターシャはそこまで言うと、ちょっと言葉を区切った。

「お母さん、大丈夫。マルレはきっとどこかで生きています。無人島で帰れなくなっているだけですよ。だから、今回の旅の帰りはあちこち探しながら帰ってきましょう!」
 ロメリアの言葉に、ターシャが涙を飲み込んだように見えた。

 孝健《こうけん》の家族の力強い姿を見て、飛翔はまた嬉しい気持ちになる。
 どこまでも柔軟に、嫌なことも笑い飛ばして生きていく。
 
『幸せ』は、こうやって掴みとるものなのかもしれない……
 誰かに与えてもらうものじゃないんだ。
 待っていても掴めるわけじゃないんだ。
 辛い現実の中から、ほんのひと握りの幸せを見つけ出す心。
 それを大切にしないといけないんだな。

 でも……だからと言って、人を不幸にするような横暴を見過ごすわけにはいかないよな。
 今回のバハル爺さんへの強硬手段も、玉英王ユーインワンの仕業なのだろうか?
 だったら、やっぱり俺は許せない!
  
 飛翔は、いずれ玉英王ユーインワンと対峙することになるのでは無いか……ふとそんな予感が頭を過った。
 
 その時までに、俺はもっと良くこの世界を見て、どう対抗するか考えておかなければいけないな。

 聖杜国エストレアの民の生き様を見つける旅は、この千年後の世界を見つめる旅でもあるのだと気づいた。
 どちらもちゃんと見届けよう!
 
 胸の中で、決意を新たにしたのだった。


 小島の対岸には、頭の先からすっぽりとマントに覆われた人影が、船の行き先を見つめていた。細いながらも筋肉質な体つきから、兵士の可能性が高い。

「彼らはどこへ向かっているのか。この方角だとイリス島の可能性が高いな。そこに何があるのだろうか?」

 男は独り言を言うと、ヒューと口笛を吹いて、すぐそばの木の枝にとまっていた茶褐色の鳥を呼びよせた。
 精悍な顔立ちと大きな翼を持つその鳥は、その人物に懐いているようである。
 マントの男は鳥の足に素早く手紙を結びつけた。

「王の元へ」
 短くそう言うと、鳥は言葉を理解したかのように素早く高く舞い上がって行った。



 
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