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1話:初めましての強制入店
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本宮 理子は漠然と寂しいという感情を抱いていた。
季節は冬になり、街角にはイルミネーションが飾られて、まだ11月だというのに聖なる日を感じさせる音楽がそこかしこから聞こえる。冬毛でもっさりとしたカップルが肩を寄せ合い幸せそうに微笑んでいると、言いようのない焦燥感が沸き上がってくる。
リコは鹿人の女性で、社会人だ。今の職場に大きな不満があるわけではない。ふだんの暮しでは喜怒哀楽で言うところの、『楽しい』がそこそこあって、『怒り』と『悲しみ』は取り立ててない。しかしながら、『喜ばしい』も同様に取り立てて存在しないのが、最近の寂しさの原因だろうか。
なんせ、リコの職場にはまともな異性との出会いはほとんどなく、基本的には一人仕事だから、仲良くなれる職場の同僚というものはほとんどいない。研修の時、一緒に仕事に行ってくれた先輩とは連絡先を交換したことはあるが、今となっては月に数往復のやり取りがあればいい方だ。
誰か、SNSじゃなく、生身で話せるような友達を作って、たくさん話したい。そんな寂しさの中にあってリコは今、自宅近くにあるBAR・『ターミナル』の前へと訪れていた。このBAR、定休日の火曜日以外は大体営業しており、いつも客が来ている様子が外から確認できる。きっと、地元の人間に愛されているのだろう。こういうお店なら、いつでも会える距離にいる友達もできるはずだ。
BARに入ったことなんて一度もなかったから、何度この店の看板を見かけても、いつも通り過ぎるだけだった。リコはにぎやかなお店のドアの前に立ったが、あと一歩、近くて遠い1メートル。いや、50センチメートルが中々超えられなかった。そんな時、彼女の後ろから近寄る女性。忍び足というわけでもなく、ごく普通に歩いてきたからこそ、リコは狼人の女性に気付かなかった。
その狼人は素通りしない。リコの後ろに立って、数秒待っていた。
狼人「どしたのー? 怖くないからはいろーよ」
リコ「へ?」
まだ決心もついていないのに、リコは勝手に手を引かれて店の中へと引きずり込まれた。店の客、バーテンダーの視線が一斉にリコと、リコを引き込んだ女性の方へと集まった。
羊人「よー、マリサちゃん! 飲んでるよー!」
マリサ「やほーカナデさん」
羊獣人の女性は、カナデという名前らしい。民族衣装のような派手なポンチョを纏っているが、それ以上に自前のフワモコの毛皮が暖かそうな女性だ。 そして、リコを引きずり込んだ狼獣人の女性はマリサという名前らしい。
明るい場所でまじまじと眺めてみると、彼女は綺麗な女性だった。銀色の毛皮に、アクアマリンブルーの瞳が美しい。開いた口から覗いた綺麗な桃色の舌と真っ白い牙が、しっかりと肉食動物であることを感じさせる。
体の大きさは、リコと比べると一回りほど小さかった。というか、リコが女性としてはでかいだけなのだが。マリサは雪ウサギを思わせるような真っ白でモコモコのアウター。対照的に真っ黒なズボンからは、丸くカールした尻尾が揺れている。自分の瞳と同じ色をした青いサングラスを首から下げ、耳だしのワインレッドのハンチング帽がよく似合っていた。
目の下の茶色い模様は、顔を赤らめているかのようで可愛らしい。
ふと、リコは自分の姿を見返した。色気ゼロのアイボリー色のコートと、耳まで覆う白のニット帽。茶色のスカートと黒いストッキング……鏡を見たときの自分の姿がひどく劣って感じる。マリサのファッションはシンプルに見えるのに、どうしてこう着こなしに差が出るのか、不可解な気分であった。
カナデ「で、その子は誰? 友達?」
マリサ「知らなーい! なんか店の前でずっとうちの事見てた。あ、あの子ね、カナデちゃんっていうの。ほら、お嬢ちゃんも自己紹介自己紹介」
マリサに自己紹介を促され、『お嬢ちゃん』扱いに何だか恥ずかしくなりながらも、リコは気を取り直して店全体を見まわし、自己紹介を始める。
リコ「は、じ、めまし、てぇー……本宮 理子です。よろしくお願いします」
ものすごくひきつった笑顔で、きょろきょろしながら挨拶をするリコ。カウンターの向こうにはいかにもバーテンダーといったシャツを着用している男性。茶色い毛皮の狼人のマスターがいた。
マリサ「よーし、リコちゃんね! 私は榎本 麻理紗このお店が初めてなら、私がおごっちゃるかぁ!」
リコの服の袖をつかみながら、マリサはぐいぐいと強引にリコを店の奥まで連れていく。
リコ「え、あの、いいんですか?」
マリサ「『いいんですか』、とは? やっぱり入店は間違いでした……なんてことはなく、入店して飲むのは決定事項ってことでいいの? 嬉しいねぇ」
リコ「あっ!?」
やられた、とリコはハッとする。『いいんですか?』なんて口にしてしまったら、もはや奢られることは納得していると受け取られても仕方ない。それはつまり、このお店で飲むということは、すでに決定してると同義だ。
マリサ「決まりね。否定しないんだもんね。沈黙は肯定」
あろうことかマリサは、隣り合った椅子を引きずって、拳二つ分の距離になるくらいまで近づけたうえで座る。いまだ立ち尽くすリコは戸惑っていた。これは、この距離で座れということだろうかと、リコは表情をひきつらせた。
マリサ「さっき紹介された通り、私の名前はマリサね。あ、マスター、私はバッファローのレモンソーダ割で。リコちゃんは?」
リコ「え、えーと……あの緑の、イェーガーマイスター……えっと、アレンジは何があります?」
何だかせかされているような気がして、リコはメニューも見ずにマスターの後ろにある棚を見て注文を決める。リコのお気に入りは、様々なスパイスの香りが楽しめる、雄鹿の絵が目印のお酒、イェーガーマイスターだ。
マスター「ストレート、ロック、もしくはオレンジジュースや炭酸飲料割りがおすすめです」
バーのマスターは、マリサの強引な引き込みにやれやれといった感じの顔をしている。ある意味で問題客なのだろうか、不安げなリコに申し訳なさそうに会釈をしていた。
リコ「じゃあ、オレンジジュース割りで……」
マリサの強引な手法で後に引くことができなくなったリコは、お酒を頼んでこの店に滞在することを覚悟する。とって食われるわけではないとはわかっていても、知り合いが全くいない場所で、しかも酒を飲むだなんて初めての経験だった。すでに心臓が高鳴っていて、正気を保てるかどうか不安だが、なるようになるしかない。
マリサ「このお店ね、入店時に席料で500円と、ワンドリンクを頼むことになってるから。イエーガーマイスターなら700円で、合計1200円だね。はい、マスター」
マリサはそういって、2500円をマスターに渡す。マスターはそれを受け取ると、おつりとして100円を差し出した。すべての酒の値段を覚えているだなんて、よほど常連なのだろうかと、リコはさらに緊張を高めた。
マスター「飲みすぎんなよ、マリサ」
マスターはそういって二人の注文を用意し始めた。
マリサ「で、あなたの名前はリコちゃんだったね?」
リコ「はい、そうです……その、こういう場所は本当に始めてなんで、お手柔らかに」
マリサ「大丈夫、別にお見合いでもなければ商談でもないんだから、肩の力抜いちゃって」
驚いたことに、マリサはいきなり手帳を取り出し、リコの名前を書きだしていく。A6サイズの小さな手帳だが、ルーズリーフタイプで、好きなようにページの順番を入れ替えることができる。しかもご丁寧に紙の色まで分けられており、五十音順で分けられているようだ。
リコ「その手帳は、なんですか!?」
マリサ「メモ帳だよ」
リコ「見りゃわかりますって」
マリサ「いや、私記憶力が悪くってねー。出会った人のことはきちんとメモをしておくのが癖になっちゃってんの。あ、ほら、そこにいるカナデちゃんのデータもあるけれど……」
マリサは該当のページを見せるが、すぐに閉じてしまった。
マリサ「でも詳しいことは、本人から聞いてね。親しくなってから聞き出したことを、私が勝手に話すわけにもいかないから」
リコ「あ、はい。ですよね……」
私もその一ページに加わるのかぁ、と思いながらリコは苦笑する。
リコ「それにしても、出会った人のことをきちんと記憶するのは大事ですけれど、そんなにメモするだなんて……もしかして、職業病とかそういう感じですか? 社会人経験も長いとか?」
マリサ「お、いきなり職業のこと聞いちゃう? 攻めるね~!」
リコ「いやまぁ、ここってそういう場所なのかなって……」
マリサ「そうだね。でも、他人にものを尋ねる時は、まずは自分からだよ?」
顔を接近させながらマリサは言う。このマリサという女性はあんまりにも距離感が近い。しかも、肉食動物なものだから、太古の昔に被食者であったリコの種族は、彼女の匂いに本能的な危機感を感じてしまう。臭い、とは違う。鼻をかすめるだけで心臓が高鳴る匂いだ。
リコ「私のお仕事は……家事代行サービスです。……21歳、です。社会人、3年目です」
マリサ「ほほー。家事、仕事にできるほど得意なの?」
リコ「えっとですね……つまらない人生ですよ。夫婦円満な家庭に生まれ、私が10歳の時、妹が小学生に上がったのをきっかけに母親は就職し、両親は共働きとなってですね。それからというもの、母親の手伝いで家事をするようになって、中学高校とその頻度もどんどん上がっていってさ。高校を卒業するころにはどこに出しても恥ずかしくない程度の家事を習得してたんです」
マリサ「そっか。得意を仕事にしたんだね。いいじゃん」
リコ「そうなんです。天職だと思います」
マリサに褒められ、リコははにかんだ。
マスター「ほら、バッファローのレモンソーダ割り」
マリサ「はーい、ありがとー」
マスター「こちらは、イェーガーマイスターのオレンジジュース割です」
リコはそれを小さくどうもと言いながら受け取ると、それをじっと見つめる。
マリサ「じゃ、乾杯だね乾杯!」
リコ「あ、はい」
酒を受け取ってからも、マリサのペースで物事が進んでいく。二人はグラスを軽く鳴らすと、それらを口に含んで香りを存分に楽しんだ。
マリサ「でも、家事が得意だからって、それだけで仕事ができるってわけじゃないよね? なんか苦労とか不満はあったりする?」
リコ「あります。でもこの不満は、たちが悪いことに誰が悪いわけでもないってところがつらいんですよ。うちの職場、一応事務所とかはあるんですけれどね……基本的にはスマホで命令を受けて、家から依頼人の家まで直行直帰。毎日違う人に会うって経験は中々悪くないんですが、でも……固定の友達ができないんですよ。同僚ともほとんど顔を合わせないし。
でも、これって悔しいことにだれが悪いわけでもないんですよね。人間関係がないのは、楽は楽だし……でも、楽だけれど、嬉しさはなくて……休日にすることは、映画やアニメ、または動画サイト巡りくらいで、嬉しいことに貯金だけはそこそこたまってくれてます。
でも、友達と一緒に遊びに行くこと、数か月に一度高校の時の友達と遊びに行くくらいで、ここ数年で新しい友達ができなくって……」
マリサ「なかなかヘビーな悩み、来たねぇ。でも、それならこのBARに来たのは正解だよ。ここは年齢層が結構広いし、いろんな職種の人がいるからねぇ。私もここで、年上の友達もたくさんできたよ。年下の友達もいるけれど、20歳以下はほとんどいないかなぁ……」
リコ「逆にバーで20歳未満の友達が出来たらいけない奴じゃないですか?」
マリサ「いろいろな事情があるからね、酒さえ飲まなければ小学生だってウェルカムだから問題ないよ。それで、私の職業だったね。お仕事はデザイナーをやってる。今23歳なんだ。社会人1年目」
リコ「すごいですね、クリエイティブな仕事」
マリサ「って、言ってもね。誰も名前を知らないような雑誌。色々出てくる新商品のデザインとか、あとは診療所やら歯医者やらの広告とかそういうのをやるくらいで……有名なゲームとか、有名な映画とか、テレビのCMに有名タレントを起用できるような商品とか、そんなものに関わるような事はないねー。
ひどいときは、絵をかくこともなく、なんかいい感じのパステルカラーの背景と、簡単な円と直線の図形と文字だけの看板のデザインとか、そういうの。ま、文字の配置、色、フォント、サイズとかもそれなりに勉強してこだわってるけれどね? 私の作品を20個見せたあとに、『どれが私の作品でしょう?』って同僚の作品を並べても、多分わかんないくらい。有名な動画配信者のサムネイルを作っている人も同じ職場にいるけれど、正直羨ましいよ……」
カナデ「ちなみに、私も婚活用の名刺のデザインをお願いしたことがあります」
スマホとにらめっこしながらメッセージのやり取りをしていたカナデが割り込むように言ってくる。婚活用の名刺というあたり、婚活中なのだろうか。
リコ「へー、なるほど、こうやってBARで、友達だけじゃなく仕事とも出会えるんですね」
マリサ「そ、だからメモ帳は大事なの。会社が仕事を回してくれるけれど、それだけじゃやっぱり仕事が足りないのよ……社員4人の零細企業だからね。だから、私は私で自分で仕事を取るために、SNSを利用したり、時には自分の足も使ってる」
リコ「大変ですね。でも技術で食べていけるっていいじゃないですか。デザインの勉強はもちろんですが、絵とかは練習してるんですか?」
マリサ「まあね、簡単な、デフォルメされた可愛い感じのキャラならパパっと描けるよ。でも、まだまだ定期の客がついてくれるほど注目はしてもらえていないかなぁ……ほら、メモ帳にもこうやって顔描いてる」
リコ「私も描いてもらって良いんですか?」
マリサ「っていうか、ここで出会った人にはみんな描いてるよー」
気付けば、リコはマリサのペースにすっかりのせられて、楽しくお話をしていた。お酒のつまみに乾燥させたキャベツをポリポリと口に放り込み、スケッチブックに色鉛筆で似顔絵を描いてもらいながらも会話は止まらない。
マリサ「それでねー、このバー、色んな男が来たけれど、一番ヤバイのが40歳超えたおじさんでさぁ。高い酒を奢るからってんで、この後二人で遊びに行かないとか言われちゃってさぁ。それ、その日初めて来店した客だったけれど、マスターめっちゃ睨んでた。牙剥いてたし」
リコ「すごいのがいるんですね。あぁ、でもバーじゃないけれど、いますよ! 金さえ出せば女は靡くと思ってる人。家事代行で依頼人の家に行ったらさ、しばらく私のことを値踏みするように見つめていたかと思うと、お金を払ってナンパしてくるの。『ねぇ、2万円でさ、追加でお仕事しない?』って」
マリサ「怖っ……それで、どうしたの?」
リコ「防犯ベルに手をかけて、お掃除用の洗剤を催涙スプレー代わりに構えてたら、さすがに変な気は起こさなかったけれど、仕事が終わったらすぐに事務に掛け合ってブラックリストに入れてもらいました」
マリサ「強烈……でも、私も『お仕事あげるからさぁ……ちょっとサービスしてくれない?』って言われたことがあるから他人事じゃあないなぁ。もちろんいいお客様もいるんだけれど、時々とんでもない人、いるよね」
リコ「お互い、大変ですねー。あ、ラム酒、お願いします」
マリサ「あ、私もお替りしよ。私はテキーラで」
マスター「かしこまりました600円ずつです」
どんどん会話は盛り上がり、二人の声も大きくなる。マスターは他の客からカクテルを頼まれていたので、そちらが終わってからになるだろう。こうして話している間に、他のお客様がどんな風にお酒を頼むかは見ていたので、リコもそれに倣って現金を渡す。
このお店、今時すべて現金決済で、電子マネーが一切使えないという稀有な店だ。会計は退店時に一括ではなく、注文ごとにお金を渡す方式なのだが、過去に食い逃げ(?)でもされたことがあるのだろうか。つまみの種類は肉食でも草食でも、魚でも頼めるように豊富に用意されているし、レトルトカレーまで頼めるのは驚いたことだった。一応、徒歩30秒の位置にコンビニがあるので、そこでつまみを購入してもいいのだが、皆なるべくBARの中で購入するようにしているそうだ。もちろん、持ち込みの酒を勝手に飲むのはNGだが、そういう場合は追加チャージ料を払えば許可されるらしく、珍しいお酒はそうやってふるまわれることもたまにあるのだとか。
マリサ「ほら、完成。見て」
そうして、場が盛り上がってくるとマリサはさらに椅子を動かし、肩をぴったりとくっつけて完成した似顔絵を見せる。写実的とか言うわけではなく、可愛らしくデフォルメされた自分。ご丁寧におつまみの乾燥キャベツを美味しそうに頬張っている様子だった。
本来ならばその絵を見て、嬉しいと思うべきなのかもしれないけれど。リコはとてもそれどころではない。なんせ、自分は鹿人、草食動物だ。今の時代、草食動物だからと言って肉食動物に食われるようなことはそうそうないが、国によっては日常茶飯事だったり、この国でも治安の悪い地域や、色恋営業が盛んな街では、痴情のもつれやら怨恨などで喰い殺し事件が発生することは少なくない。
この街、甘草は観光地だ。夜でも人通りが多いから治安はいい方だし、バーなんて人の目も多い。こんなところで喰い殺しが発生することなんてまずあり得ない。相当な泥酔でもしていればあり得なくはないかもしれないが、基本的には起こらない。わかってはいてもその匂いを間近で嗅ぐと、体がこわばってしまう。心臓も高鳴る。鹿人特有の小さな尻尾もピンと立ち、今までの上機嫌が急激に冷めていくのを感じた。
リコ「い、いーねぇ。可愛い」
マリサ「でしょー? こういう可愛い感じの絵も添えて、広告をデザイン出来たらいいんだけれどね。デザイン業界ってさ、『個性を出すな』って言われるようなことも多くって。仕方ないよね、依頼主が欲しいのは芸術品じゃないから」
ぐいぐいと体を寄せられる。これが同じ鹿人同士ならば、自分も押し返すように体を寄せていたのだろうか。いまのリコは、肩をすぼめ、マリサと同じ方向に体を傾けてしまっている。
リコ「そう、そういうもんなんだ。で、でもあれじゃない? 可愛いキャラクターがいることで、なんかこうお店とかに個性を出したりとか……」
マリサ「それも難しいんだよね。私の絵、そこまで味がないらしくってね。まー、だから少しずつ絵も練習して、先輩とかから仕事回してもらえるようには頑張っているんだ」
リコ「目標があっていいですねー。私はなんというか、ただ毎日が何となく過ぎていくだけで」
マリサ「はは、別にいいんじゃない、それで。100年も前なら、人はその日生きていくのが精いっぱいでさ。仕事なんて食えれば何でもよかったじゃん? 何物にもなれなくてもいいし、ほどほどに生きれればいいっていう生き方も悪くないと思うよ。足るを知るって大事だからね」
リコ「そういうもんですかね?」
リコが首をかしげると、マリサはうなずく。
マリサ「30年以上続いてる国民的アニメを見てみなよ。あれに出てくる少年少女の父親、母親。その同僚くらいが普通の社会人なんだから。主人公の両親、何か夢とか目標とかあるかしら?」
マリサに言われて、リコは国民的アニメの主人公の親を考える。四次元ポケットを持ったロボットやら、海産物の名前の家族やら、春日部の4人家族のアニメが思い浮かんだが、確かに主人公はもちろん、その親ともなると特に夢や目標があるようなキャラではなかったなぁ……と納得する。
リコ「あー、確かにそう言われると、それくらいの立ち位置のキャラなら、私とそんなに変わらないかも」
目標を持った人の話を聞いていると、目標を持たずになんとなく生きている自分が恥ずかしく思えてしまったリコだけれど、そうやって説得されると、そんな生活が当たり前のように思えてしまう。
そう思わないと、今のご時世やっていけなそうだ。ただ、そんなことはどうでも良くなってきた。マリサは酒のせいで興が乗ってきたのか、さらにスキンシップは大胆に、ぐいぐいと体を押し付けてきて、心臓がやばい。
マスター「マリサ、あんまり飲みすぎるなって言ったろ? ほら、テキーラと……ラム酒です、どうぞ」
そんな状況を問題視してたかマスターがマリサに釘を刺しつつ、注文の酒を差し出す。マリサはビクりと肩をこわばらせると、急激にトーンダウンする。
マリサ「あ、はい……ここで話していても、目標なんて持たずに生きている人も多いよ? SNSだって、挑戦してる人、目標がある人ばっかり目立つけれど、実際はそうじゃない人の方が多いんだから。もーっと肩を抜いて生きちゃおうよ。ま、身の丈に合った目標を抱くくらいはいいと思うけれど」
リコ「そうですねー……じゃあ、なんか程々の目標でも立てようかなぁ」
釘を刺されたのはマリサだというのに、リコまでトーンダウンした様子で言う。何だか空気が冷めてしまった。
マリサ「と、リコちゃんが新たな学びを得たところで、私も反省しなきゃだね」
だが、マリサも姿勢を正して、同じ表情をしていた。
リコ「反省? と、いうと、飲み過ぎたことですか?」
マリサ「そー、それ。いや、飲み過ぎても歩いたりとかは大丈夫なんだけれどさ。ちょっと調子に乗りすぎちゃって……ほら、リコちゃん、さっきから少しだけ表情が固いもん……私のせいでしょ?」
リコ「あぁ、そうですね。いやぁ、いきなり肉食の人に迫られると、本能的に、その……」
マリサ「ごめんね、よくやっちゃうの。マスターに言われるまで気付かなくって……酒には強いつもりだけれど、こういう気配りができなくなっちゃうの。こうやってスキンシップするのが大好きなんだけれどさ、コミュ障とか、あとは草食の子には怖いみたいで」
申し訳なさそうに目を反らすマリサを見ていると、リコは何だかこっちが悪いことをしたように思えてくる。
リカ「いいですよぉ、それがマリサさんなりの、仲良くなる方法なんでしょ? そりゃ、脅されたりマウントを取るためにそうやって近づかれたら嫌ですけれど、仲良くなりたいって思われるのは悪い気はしないですから」
そう言って、自分の鼓動を確かめるように胸に手を当てるリコ。激しい鼓動で心臓が疲れてるはずなのに、なぜか、どこか、その状況を楽しいと思える自分がいた。
マリサ「それでもだよ。SNS上だと草食も肉食もなくて、普通に同族と思って接しちゃうけれどさ。でも、生の人間相手だと? 匂いとか、牙とか?」
マリサは大口を開いて斜めを向き、ずらりと並んだ牙を見せる。やっぱり怖い。けれど、やっぱり何だかわからないけれど、目が離せなくなる魅力を感じた。
マリサ「そういうのを間近で見るのが苦手な子って多いからね。ごめんねー、仕事じゃパーソナルスペースに入るようなことはしなかったし、ここでも肉食同士で話すことが多かったから、配慮欠けてた。私、お酒飲むとスキンシップ魔でさ……嫌だったらさ、マジで言っていいからね?」
リコ「そんなに怯えてました? なんかちょっと恥ずかしいな……」
リコは驚いてしまったことよりも、気を使わせて締まったことに恥を感じて顔を伏せる。
マリサ「そんなに恥ずかしがらないでいいんじゃないかな。私達には狙われる側のその怖さはわからないし、驚いて声を上げたり、逃げたりしないだけ立派だよ。ってか、リコちゃん立派だよね。怖くないの?」
リコ「……ん。それはその、あのー……私ですね、お仕事の関係で、よく肉食動物の人と密室で二人きりになることもありますから。今のところ、私を含めて誰一人として襲われたようなことはないですけれど、それでも最初は怖かったかな。でも今は、同じ空間にいるくらいなら大丈夫になりました」
マリサ「すごいじゃん、」
リコ「そうかなぁ……なんか、マリサさん、すぐ褒めてくるからむずがゆい」
マリサ「いいじゃん、褒めてれば大体の人間関係はうまく行くんだから。なんでも褒めときゃいいってわけじゃないけれど、デザイナーなんて褒めるのも仕事のウチだよ。商品やお店のいいところ、アピールしなきゃだし。そんで、褒めるのを癖にしていれば、相手はいい気分になって、仕事を依頼したくなる。
リコちゃんも、褒めるの頑張ってみるといいよー。みんなを褒めてれば何か変わるかもよ。あと、感謝もね、忘れちゃだめだよ? 後は笑顔も大事。笑顔を見せていれば、人は好印象を抱くからね。知り合いの占い師が言ってたんだけれどさ、笑顔は武器なんだよ! コスパ最強の交渉カードで、お化粧品なんだから」
マリサがいいことを言っているように感じるが、それはそれとして『知り合いの占い師が言っていた』という言葉のせいで果てしなくうさん臭く感じてしまう。そんな言葉を取り付けなければいいセリフだったのにな、とリコは内心苦笑していた。
リコ「感謝に、褒める、に、笑顔ですかぁ。いや、ちょっと難しいですね、うちのお客さん、家事ができない人が多いから。そうじゃなきゃ、家事代行サービスなんて頼みませんし。家事が出来ない人を褒めるなんて、ちょーっとむずかしいかなぁ」
マリサに言われて、褒めるのも仕事という言葉に今までのお客様に何か褒めるところはあっただろうかと考えてみるが、意外にも褒めるところが難しい。
マリサ「あー、それは……うん。まぁ、でも、わざわざ家事代行を頼むんならお金持ちだろうし、なんかセンスのいいものを見つけたら、それを褒めるっきゃないかぁ? あ、でも私、友達の家に行ったときは。可愛いぬいぐるみがあったら褒めるよ? 『可愛いじゃん!』ってさ」
リコ「それが自然に出来たら、指名も増えますかねぇ……あ、うちの会社、指名制度があるんです。私の家事が気に入ってくれたら、私を名指しで依頼してもらえてですね。指名料1000円、会社と私に半分ずつ入ります。つまり、500円の臨時ボーナス。夜のおかずを一品増やせるんです。
指名が多いと、基本給も増えてですね。エージェントランクも上がって、お客様が頼む時の料金も増えるんです。あ、これ名刺です……こう、一人で男性の家にも掃除に行く関係上、本名じゃないほうがいいってことで、源氏名ですけれど……」
そう言ってリコはマリサに名刺を渡す。名刺には『春日 古々』と記されていた。マリサはこんな職業もあるんだな、とその名刺をまじまじと見つめて言う。
マリサ「いーじゃん、そうやってリピーターを増やせばビールも毎日一杯おまけで飲めるよ。しばらくはそれを目標に生活してみなよ! これでリコちゃんも、目標を持って生きる立派な人間の仲間入りじゃん!」
そういって、マリサはまたもや肩をバシバシと叩いてくる。
リコ「こりゃ、悪い癖は治りそうにないね……」
自称スキンシップ魔の距離感の恐ろしさに、またもリコの血液は凍り付くのであった。そうして、二人は仕事の事、生活の事、いろんなことを話しているうちに、時刻は22時42分。夜23時の閉店時間が近づいてくる。
マリサ「ねぇねぇ、このお店もうすぐ閉まっちゃうからさ……もしよければ、また会うために、SNSのアカウント、交換しない? 何やってる? 通意他? ワンスタ?」
マリサはスマホを構え、SNSのアプリがそろっているフォルダの画面を見せた。
リコ「待ってて」
とリコはスマホを操作し、通意他のアプリを起動して自分のアカウントを見せた。二人はすぐに相互フォロワーとなり、これでいつでも連絡取れるね、とマリサは大いに喜んでいた。
気付けば、ずっとマリサと話していた。他にも客はいたが、まだ話しかけられていない……マリサと会話するのは楽しいけれど、だからと言って二人きりで話しているだけでは友達は増えない。
でも、リコは少し嬉しかった。高校を卒業してからすぐに社会人になったけれど、自分をフォローしてくれたり、フレンドになったアカウントはたくさんあれど、そのほとんどが美容室とか、スーパーマーケットのお得情報だとか、そんなものばかり。あとは仕事の連絡用のアカウントと、仕事を教えてもらった先輩のアカウントくらいしかなかった。
この2年半、そんな調子で生きてきて、初めて追加したマリサのアカウント。まだ友達と言っていいかわからないけれど、仕事にも買い物にも関係のないアカウントとしては記念すべき最初のひとりめ。2時間ほどの滞在で3000円ほど消費してしまい、中々無駄遣いをしたような気もするけれど、このアカウントを交換できたことは無駄ではなかったと思う。
リコ「よし! 明日からも頑張るぞ!」
1Kのアパートの中、リコはサンドバッグを叩きながら明日への活力が湧いてくるのを感じた。
季節は冬になり、街角にはイルミネーションが飾られて、まだ11月だというのに聖なる日を感じさせる音楽がそこかしこから聞こえる。冬毛でもっさりとしたカップルが肩を寄せ合い幸せそうに微笑んでいると、言いようのない焦燥感が沸き上がってくる。
リコは鹿人の女性で、社会人だ。今の職場に大きな不満があるわけではない。ふだんの暮しでは喜怒哀楽で言うところの、『楽しい』がそこそこあって、『怒り』と『悲しみ』は取り立ててない。しかしながら、『喜ばしい』も同様に取り立てて存在しないのが、最近の寂しさの原因だろうか。
なんせ、リコの職場にはまともな異性との出会いはほとんどなく、基本的には一人仕事だから、仲良くなれる職場の同僚というものはほとんどいない。研修の時、一緒に仕事に行ってくれた先輩とは連絡先を交換したことはあるが、今となっては月に数往復のやり取りがあればいい方だ。
誰か、SNSじゃなく、生身で話せるような友達を作って、たくさん話したい。そんな寂しさの中にあってリコは今、自宅近くにあるBAR・『ターミナル』の前へと訪れていた。このBAR、定休日の火曜日以外は大体営業しており、いつも客が来ている様子が外から確認できる。きっと、地元の人間に愛されているのだろう。こういうお店なら、いつでも会える距離にいる友達もできるはずだ。
BARに入ったことなんて一度もなかったから、何度この店の看板を見かけても、いつも通り過ぎるだけだった。リコはにぎやかなお店のドアの前に立ったが、あと一歩、近くて遠い1メートル。いや、50センチメートルが中々超えられなかった。そんな時、彼女の後ろから近寄る女性。忍び足というわけでもなく、ごく普通に歩いてきたからこそ、リコは狼人の女性に気付かなかった。
その狼人は素通りしない。リコの後ろに立って、数秒待っていた。
狼人「どしたのー? 怖くないからはいろーよ」
リコ「へ?」
まだ決心もついていないのに、リコは勝手に手を引かれて店の中へと引きずり込まれた。店の客、バーテンダーの視線が一斉にリコと、リコを引き込んだ女性の方へと集まった。
羊人「よー、マリサちゃん! 飲んでるよー!」
マリサ「やほーカナデさん」
羊獣人の女性は、カナデという名前らしい。民族衣装のような派手なポンチョを纏っているが、それ以上に自前のフワモコの毛皮が暖かそうな女性だ。 そして、リコを引きずり込んだ狼獣人の女性はマリサという名前らしい。
明るい場所でまじまじと眺めてみると、彼女は綺麗な女性だった。銀色の毛皮に、アクアマリンブルーの瞳が美しい。開いた口から覗いた綺麗な桃色の舌と真っ白い牙が、しっかりと肉食動物であることを感じさせる。
体の大きさは、リコと比べると一回りほど小さかった。というか、リコが女性としてはでかいだけなのだが。マリサは雪ウサギを思わせるような真っ白でモコモコのアウター。対照的に真っ黒なズボンからは、丸くカールした尻尾が揺れている。自分の瞳と同じ色をした青いサングラスを首から下げ、耳だしのワインレッドのハンチング帽がよく似合っていた。
目の下の茶色い模様は、顔を赤らめているかのようで可愛らしい。
ふと、リコは自分の姿を見返した。色気ゼロのアイボリー色のコートと、耳まで覆う白のニット帽。茶色のスカートと黒いストッキング……鏡を見たときの自分の姿がひどく劣って感じる。マリサのファッションはシンプルに見えるのに、どうしてこう着こなしに差が出るのか、不可解な気分であった。
カナデ「で、その子は誰? 友達?」
マリサ「知らなーい! なんか店の前でずっとうちの事見てた。あ、あの子ね、カナデちゃんっていうの。ほら、お嬢ちゃんも自己紹介自己紹介」
マリサに自己紹介を促され、『お嬢ちゃん』扱いに何だか恥ずかしくなりながらも、リコは気を取り直して店全体を見まわし、自己紹介を始める。
リコ「は、じ、めまし、てぇー……本宮 理子です。よろしくお願いします」
ものすごくひきつった笑顔で、きょろきょろしながら挨拶をするリコ。カウンターの向こうにはいかにもバーテンダーといったシャツを着用している男性。茶色い毛皮の狼人のマスターがいた。
マリサ「よーし、リコちゃんね! 私は榎本 麻理紗このお店が初めてなら、私がおごっちゃるかぁ!」
リコの服の袖をつかみながら、マリサはぐいぐいと強引にリコを店の奥まで連れていく。
リコ「え、あの、いいんですか?」
マリサ「『いいんですか』、とは? やっぱり入店は間違いでした……なんてことはなく、入店して飲むのは決定事項ってことでいいの? 嬉しいねぇ」
リコ「あっ!?」
やられた、とリコはハッとする。『いいんですか?』なんて口にしてしまったら、もはや奢られることは納得していると受け取られても仕方ない。それはつまり、このお店で飲むということは、すでに決定してると同義だ。
マリサ「決まりね。否定しないんだもんね。沈黙は肯定」
あろうことかマリサは、隣り合った椅子を引きずって、拳二つ分の距離になるくらいまで近づけたうえで座る。いまだ立ち尽くすリコは戸惑っていた。これは、この距離で座れということだろうかと、リコは表情をひきつらせた。
マリサ「さっき紹介された通り、私の名前はマリサね。あ、マスター、私はバッファローのレモンソーダ割で。リコちゃんは?」
リコ「え、えーと……あの緑の、イェーガーマイスター……えっと、アレンジは何があります?」
何だかせかされているような気がして、リコはメニューも見ずにマスターの後ろにある棚を見て注文を決める。リコのお気に入りは、様々なスパイスの香りが楽しめる、雄鹿の絵が目印のお酒、イェーガーマイスターだ。
マスター「ストレート、ロック、もしくはオレンジジュースや炭酸飲料割りがおすすめです」
バーのマスターは、マリサの強引な引き込みにやれやれといった感じの顔をしている。ある意味で問題客なのだろうか、不安げなリコに申し訳なさそうに会釈をしていた。
リコ「じゃあ、オレンジジュース割りで……」
マリサの強引な手法で後に引くことができなくなったリコは、お酒を頼んでこの店に滞在することを覚悟する。とって食われるわけではないとはわかっていても、知り合いが全くいない場所で、しかも酒を飲むだなんて初めての経験だった。すでに心臓が高鳴っていて、正気を保てるかどうか不安だが、なるようになるしかない。
マリサ「このお店ね、入店時に席料で500円と、ワンドリンクを頼むことになってるから。イエーガーマイスターなら700円で、合計1200円だね。はい、マスター」
マリサはそういって、2500円をマスターに渡す。マスターはそれを受け取ると、おつりとして100円を差し出した。すべての酒の値段を覚えているだなんて、よほど常連なのだろうかと、リコはさらに緊張を高めた。
マスター「飲みすぎんなよ、マリサ」
マスターはそういって二人の注文を用意し始めた。
マリサ「で、あなたの名前はリコちゃんだったね?」
リコ「はい、そうです……その、こういう場所は本当に始めてなんで、お手柔らかに」
マリサ「大丈夫、別にお見合いでもなければ商談でもないんだから、肩の力抜いちゃって」
驚いたことに、マリサはいきなり手帳を取り出し、リコの名前を書きだしていく。A6サイズの小さな手帳だが、ルーズリーフタイプで、好きなようにページの順番を入れ替えることができる。しかもご丁寧に紙の色まで分けられており、五十音順で分けられているようだ。
リコ「その手帳は、なんですか!?」
マリサ「メモ帳だよ」
リコ「見りゃわかりますって」
マリサ「いや、私記憶力が悪くってねー。出会った人のことはきちんとメモをしておくのが癖になっちゃってんの。あ、ほら、そこにいるカナデちゃんのデータもあるけれど……」
マリサは該当のページを見せるが、すぐに閉じてしまった。
マリサ「でも詳しいことは、本人から聞いてね。親しくなってから聞き出したことを、私が勝手に話すわけにもいかないから」
リコ「あ、はい。ですよね……」
私もその一ページに加わるのかぁ、と思いながらリコは苦笑する。
リコ「それにしても、出会った人のことをきちんと記憶するのは大事ですけれど、そんなにメモするだなんて……もしかして、職業病とかそういう感じですか? 社会人経験も長いとか?」
マリサ「お、いきなり職業のこと聞いちゃう? 攻めるね~!」
リコ「いやまぁ、ここってそういう場所なのかなって……」
マリサ「そうだね。でも、他人にものを尋ねる時は、まずは自分からだよ?」
顔を接近させながらマリサは言う。このマリサという女性はあんまりにも距離感が近い。しかも、肉食動物なものだから、太古の昔に被食者であったリコの種族は、彼女の匂いに本能的な危機感を感じてしまう。臭い、とは違う。鼻をかすめるだけで心臓が高鳴る匂いだ。
リコ「私のお仕事は……家事代行サービスです。……21歳、です。社会人、3年目です」
マリサ「ほほー。家事、仕事にできるほど得意なの?」
リコ「えっとですね……つまらない人生ですよ。夫婦円満な家庭に生まれ、私が10歳の時、妹が小学生に上がったのをきっかけに母親は就職し、両親は共働きとなってですね。それからというもの、母親の手伝いで家事をするようになって、中学高校とその頻度もどんどん上がっていってさ。高校を卒業するころにはどこに出しても恥ずかしくない程度の家事を習得してたんです」
マリサ「そっか。得意を仕事にしたんだね。いいじゃん」
リコ「そうなんです。天職だと思います」
マリサに褒められ、リコははにかんだ。
マスター「ほら、バッファローのレモンソーダ割り」
マリサ「はーい、ありがとー」
マスター「こちらは、イェーガーマイスターのオレンジジュース割です」
リコはそれを小さくどうもと言いながら受け取ると、それをじっと見つめる。
マリサ「じゃ、乾杯だね乾杯!」
リコ「あ、はい」
酒を受け取ってからも、マリサのペースで物事が進んでいく。二人はグラスを軽く鳴らすと、それらを口に含んで香りを存分に楽しんだ。
マリサ「でも、家事が得意だからって、それだけで仕事ができるってわけじゃないよね? なんか苦労とか不満はあったりする?」
リコ「あります。でもこの不満は、たちが悪いことに誰が悪いわけでもないってところがつらいんですよ。うちの職場、一応事務所とかはあるんですけれどね……基本的にはスマホで命令を受けて、家から依頼人の家まで直行直帰。毎日違う人に会うって経験は中々悪くないんですが、でも……固定の友達ができないんですよ。同僚ともほとんど顔を合わせないし。
でも、これって悔しいことにだれが悪いわけでもないんですよね。人間関係がないのは、楽は楽だし……でも、楽だけれど、嬉しさはなくて……休日にすることは、映画やアニメ、または動画サイト巡りくらいで、嬉しいことに貯金だけはそこそこたまってくれてます。
でも、友達と一緒に遊びに行くこと、数か月に一度高校の時の友達と遊びに行くくらいで、ここ数年で新しい友達ができなくって……」
マリサ「なかなかヘビーな悩み、来たねぇ。でも、それならこのBARに来たのは正解だよ。ここは年齢層が結構広いし、いろんな職種の人がいるからねぇ。私もここで、年上の友達もたくさんできたよ。年下の友達もいるけれど、20歳以下はほとんどいないかなぁ……」
リコ「逆にバーで20歳未満の友達が出来たらいけない奴じゃないですか?」
マリサ「いろいろな事情があるからね、酒さえ飲まなければ小学生だってウェルカムだから問題ないよ。それで、私の職業だったね。お仕事はデザイナーをやってる。今23歳なんだ。社会人1年目」
リコ「すごいですね、クリエイティブな仕事」
マリサ「って、言ってもね。誰も名前を知らないような雑誌。色々出てくる新商品のデザインとか、あとは診療所やら歯医者やらの広告とかそういうのをやるくらいで……有名なゲームとか、有名な映画とか、テレビのCMに有名タレントを起用できるような商品とか、そんなものに関わるような事はないねー。
ひどいときは、絵をかくこともなく、なんかいい感じのパステルカラーの背景と、簡単な円と直線の図形と文字だけの看板のデザインとか、そういうの。ま、文字の配置、色、フォント、サイズとかもそれなりに勉強してこだわってるけれどね? 私の作品を20個見せたあとに、『どれが私の作品でしょう?』って同僚の作品を並べても、多分わかんないくらい。有名な動画配信者のサムネイルを作っている人も同じ職場にいるけれど、正直羨ましいよ……」
カナデ「ちなみに、私も婚活用の名刺のデザインをお願いしたことがあります」
スマホとにらめっこしながらメッセージのやり取りをしていたカナデが割り込むように言ってくる。婚活用の名刺というあたり、婚活中なのだろうか。
リコ「へー、なるほど、こうやってBARで、友達だけじゃなく仕事とも出会えるんですね」
マリサ「そ、だからメモ帳は大事なの。会社が仕事を回してくれるけれど、それだけじゃやっぱり仕事が足りないのよ……社員4人の零細企業だからね。だから、私は私で自分で仕事を取るために、SNSを利用したり、時には自分の足も使ってる」
リコ「大変ですね。でも技術で食べていけるっていいじゃないですか。デザインの勉強はもちろんですが、絵とかは練習してるんですか?」
マリサ「まあね、簡単な、デフォルメされた可愛い感じのキャラならパパっと描けるよ。でも、まだまだ定期の客がついてくれるほど注目はしてもらえていないかなぁ……ほら、メモ帳にもこうやって顔描いてる」
リコ「私も描いてもらって良いんですか?」
マリサ「っていうか、ここで出会った人にはみんな描いてるよー」
気付けば、リコはマリサのペースにすっかりのせられて、楽しくお話をしていた。お酒のつまみに乾燥させたキャベツをポリポリと口に放り込み、スケッチブックに色鉛筆で似顔絵を描いてもらいながらも会話は止まらない。
マリサ「それでねー、このバー、色んな男が来たけれど、一番ヤバイのが40歳超えたおじさんでさぁ。高い酒を奢るからってんで、この後二人で遊びに行かないとか言われちゃってさぁ。それ、その日初めて来店した客だったけれど、マスターめっちゃ睨んでた。牙剥いてたし」
リコ「すごいのがいるんですね。あぁ、でもバーじゃないけれど、いますよ! 金さえ出せば女は靡くと思ってる人。家事代行で依頼人の家に行ったらさ、しばらく私のことを値踏みするように見つめていたかと思うと、お金を払ってナンパしてくるの。『ねぇ、2万円でさ、追加でお仕事しない?』って」
マリサ「怖っ……それで、どうしたの?」
リコ「防犯ベルに手をかけて、お掃除用の洗剤を催涙スプレー代わりに構えてたら、さすがに変な気は起こさなかったけれど、仕事が終わったらすぐに事務に掛け合ってブラックリストに入れてもらいました」
マリサ「強烈……でも、私も『お仕事あげるからさぁ……ちょっとサービスしてくれない?』って言われたことがあるから他人事じゃあないなぁ。もちろんいいお客様もいるんだけれど、時々とんでもない人、いるよね」
リコ「お互い、大変ですねー。あ、ラム酒、お願いします」
マリサ「あ、私もお替りしよ。私はテキーラで」
マスター「かしこまりました600円ずつです」
どんどん会話は盛り上がり、二人の声も大きくなる。マスターは他の客からカクテルを頼まれていたので、そちらが終わってからになるだろう。こうして話している間に、他のお客様がどんな風にお酒を頼むかは見ていたので、リコもそれに倣って現金を渡す。
このお店、今時すべて現金決済で、電子マネーが一切使えないという稀有な店だ。会計は退店時に一括ではなく、注文ごとにお金を渡す方式なのだが、過去に食い逃げ(?)でもされたことがあるのだろうか。つまみの種類は肉食でも草食でも、魚でも頼めるように豊富に用意されているし、レトルトカレーまで頼めるのは驚いたことだった。一応、徒歩30秒の位置にコンビニがあるので、そこでつまみを購入してもいいのだが、皆なるべくBARの中で購入するようにしているそうだ。もちろん、持ち込みの酒を勝手に飲むのはNGだが、そういう場合は追加チャージ料を払えば許可されるらしく、珍しいお酒はそうやってふるまわれることもたまにあるのだとか。
マリサ「ほら、完成。見て」
そうして、場が盛り上がってくるとマリサはさらに椅子を動かし、肩をぴったりとくっつけて完成した似顔絵を見せる。写実的とか言うわけではなく、可愛らしくデフォルメされた自分。ご丁寧におつまみの乾燥キャベツを美味しそうに頬張っている様子だった。
本来ならばその絵を見て、嬉しいと思うべきなのかもしれないけれど。リコはとてもそれどころではない。なんせ、自分は鹿人、草食動物だ。今の時代、草食動物だからと言って肉食動物に食われるようなことはそうそうないが、国によっては日常茶飯事だったり、この国でも治安の悪い地域や、色恋営業が盛んな街では、痴情のもつれやら怨恨などで喰い殺し事件が発生することは少なくない。
この街、甘草は観光地だ。夜でも人通りが多いから治安はいい方だし、バーなんて人の目も多い。こんなところで喰い殺しが発生することなんてまずあり得ない。相当な泥酔でもしていればあり得なくはないかもしれないが、基本的には起こらない。わかってはいてもその匂いを間近で嗅ぐと、体がこわばってしまう。心臓も高鳴る。鹿人特有の小さな尻尾もピンと立ち、今までの上機嫌が急激に冷めていくのを感じた。
リコ「い、いーねぇ。可愛い」
マリサ「でしょー? こういう可愛い感じの絵も添えて、広告をデザイン出来たらいいんだけれどね。デザイン業界ってさ、『個性を出すな』って言われるようなことも多くって。仕方ないよね、依頼主が欲しいのは芸術品じゃないから」
ぐいぐいと体を寄せられる。これが同じ鹿人同士ならば、自分も押し返すように体を寄せていたのだろうか。いまのリコは、肩をすぼめ、マリサと同じ方向に体を傾けてしまっている。
リコ「そう、そういうもんなんだ。で、でもあれじゃない? 可愛いキャラクターがいることで、なんかこうお店とかに個性を出したりとか……」
マリサ「それも難しいんだよね。私の絵、そこまで味がないらしくってね。まー、だから少しずつ絵も練習して、先輩とかから仕事回してもらえるようには頑張っているんだ」
リコ「目標があっていいですねー。私はなんというか、ただ毎日が何となく過ぎていくだけで」
マリサ「はは、別にいいんじゃない、それで。100年も前なら、人はその日生きていくのが精いっぱいでさ。仕事なんて食えれば何でもよかったじゃん? 何物にもなれなくてもいいし、ほどほどに生きれればいいっていう生き方も悪くないと思うよ。足るを知るって大事だからね」
リコ「そういうもんですかね?」
リコが首をかしげると、マリサはうなずく。
マリサ「30年以上続いてる国民的アニメを見てみなよ。あれに出てくる少年少女の父親、母親。その同僚くらいが普通の社会人なんだから。主人公の両親、何か夢とか目標とかあるかしら?」
マリサに言われて、リコは国民的アニメの主人公の親を考える。四次元ポケットを持ったロボットやら、海産物の名前の家族やら、春日部の4人家族のアニメが思い浮かんだが、確かに主人公はもちろん、その親ともなると特に夢や目標があるようなキャラではなかったなぁ……と納得する。
リコ「あー、確かにそう言われると、それくらいの立ち位置のキャラなら、私とそんなに変わらないかも」
目標を持った人の話を聞いていると、目標を持たずになんとなく生きている自分が恥ずかしく思えてしまったリコだけれど、そうやって説得されると、そんな生活が当たり前のように思えてしまう。
そう思わないと、今のご時世やっていけなそうだ。ただ、そんなことはどうでも良くなってきた。マリサは酒のせいで興が乗ってきたのか、さらにスキンシップは大胆に、ぐいぐいと体を押し付けてきて、心臓がやばい。
マスター「マリサ、あんまり飲みすぎるなって言ったろ? ほら、テキーラと……ラム酒です、どうぞ」
そんな状況を問題視してたかマスターがマリサに釘を刺しつつ、注文の酒を差し出す。マリサはビクりと肩をこわばらせると、急激にトーンダウンする。
マリサ「あ、はい……ここで話していても、目標なんて持たずに生きている人も多いよ? SNSだって、挑戦してる人、目標がある人ばっかり目立つけれど、実際はそうじゃない人の方が多いんだから。もーっと肩を抜いて生きちゃおうよ。ま、身の丈に合った目標を抱くくらいはいいと思うけれど」
リコ「そうですねー……じゃあ、なんか程々の目標でも立てようかなぁ」
釘を刺されたのはマリサだというのに、リコまでトーンダウンした様子で言う。何だか空気が冷めてしまった。
マリサ「と、リコちゃんが新たな学びを得たところで、私も反省しなきゃだね」
だが、マリサも姿勢を正して、同じ表情をしていた。
リコ「反省? と、いうと、飲み過ぎたことですか?」
マリサ「そー、それ。いや、飲み過ぎても歩いたりとかは大丈夫なんだけれどさ。ちょっと調子に乗りすぎちゃって……ほら、リコちゃん、さっきから少しだけ表情が固いもん……私のせいでしょ?」
リコ「あぁ、そうですね。いやぁ、いきなり肉食の人に迫られると、本能的に、その……」
マリサ「ごめんね、よくやっちゃうの。マスターに言われるまで気付かなくって……酒には強いつもりだけれど、こういう気配りができなくなっちゃうの。こうやってスキンシップするのが大好きなんだけれどさ、コミュ障とか、あとは草食の子には怖いみたいで」
申し訳なさそうに目を反らすマリサを見ていると、リコは何だかこっちが悪いことをしたように思えてくる。
リカ「いいですよぉ、それがマリサさんなりの、仲良くなる方法なんでしょ? そりゃ、脅されたりマウントを取るためにそうやって近づかれたら嫌ですけれど、仲良くなりたいって思われるのは悪い気はしないですから」
そう言って、自分の鼓動を確かめるように胸に手を当てるリコ。激しい鼓動で心臓が疲れてるはずなのに、なぜか、どこか、その状況を楽しいと思える自分がいた。
マリサ「それでもだよ。SNS上だと草食も肉食もなくて、普通に同族と思って接しちゃうけれどさ。でも、生の人間相手だと? 匂いとか、牙とか?」
マリサは大口を開いて斜めを向き、ずらりと並んだ牙を見せる。やっぱり怖い。けれど、やっぱり何だかわからないけれど、目が離せなくなる魅力を感じた。
マリサ「そういうのを間近で見るのが苦手な子って多いからね。ごめんねー、仕事じゃパーソナルスペースに入るようなことはしなかったし、ここでも肉食同士で話すことが多かったから、配慮欠けてた。私、お酒飲むとスキンシップ魔でさ……嫌だったらさ、マジで言っていいからね?」
リコ「そんなに怯えてました? なんかちょっと恥ずかしいな……」
リコは驚いてしまったことよりも、気を使わせて締まったことに恥を感じて顔を伏せる。
マリサ「そんなに恥ずかしがらないでいいんじゃないかな。私達には狙われる側のその怖さはわからないし、驚いて声を上げたり、逃げたりしないだけ立派だよ。ってか、リコちゃん立派だよね。怖くないの?」
リコ「……ん。それはその、あのー……私ですね、お仕事の関係で、よく肉食動物の人と密室で二人きりになることもありますから。今のところ、私を含めて誰一人として襲われたようなことはないですけれど、それでも最初は怖かったかな。でも今は、同じ空間にいるくらいなら大丈夫になりました」
マリサ「すごいじゃん、」
リコ「そうかなぁ……なんか、マリサさん、すぐ褒めてくるからむずがゆい」
マリサ「いいじゃん、褒めてれば大体の人間関係はうまく行くんだから。なんでも褒めときゃいいってわけじゃないけれど、デザイナーなんて褒めるのも仕事のウチだよ。商品やお店のいいところ、アピールしなきゃだし。そんで、褒めるのを癖にしていれば、相手はいい気分になって、仕事を依頼したくなる。
リコちゃんも、褒めるの頑張ってみるといいよー。みんなを褒めてれば何か変わるかもよ。あと、感謝もね、忘れちゃだめだよ? 後は笑顔も大事。笑顔を見せていれば、人は好印象を抱くからね。知り合いの占い師が言ってたんだけれどさ、笑顔は武器なんだよ! コスパ最強の交渉カードで、お化粧品なんだから」
マリサがいいことを言っているように感じるが、それはそれとして『知り合いの占い師が言っていた』という言葉のせいで果てしなくうさん臭く感じてしまう。そんな言葉を取り付けなければいいセリフだったのにな、とリコは内心苦笑していた。
リコ「感謝に、褒める、に、笑顔ですかぁ。いや、ちょっと難しいですね、うちのお客さん、家事ができない人が多いから。そうじゃなきゃ、家事代行サービスなんて頼みませんし。家事が出来ない人を褒めるなんて、ちょーっとむずかしいかなぁ」
マリサに言われて、褒めるのも仕事という言葉に今までのお客様に何か褒めるところはあっただろうかと考えてみるが、意外にも褒めるところが難しい。
マリサ「あー、それは……うん。まぁ、でも、わざわざ家事代行を頼むんならお金持ちだろうし、なんかセンスのいいものを見つけたら、それを褒めるっきゃないかぁ? あ、でも私、友達の家に行ったときは。可愛いぬいぐるみがあったら褒めるよ? 『可愛いじゃん!』ってさ」
リコ「それが自然に出来たら、指名も増えますかねぇ……あ、うちの会社、指名制度があるんです。私の家事が気に入ってくれたら、私を名指しで依頼してもらえてですね。指名料1000円、会社と私に半分ずつ入ります。つまり、500円の臨時ボーナス。夜のおかずを一品増やせるんです。
指名が多いと、基本給も増えてですね。エージェントランクも上がって、お客様が頼む時の料金も増えるんです。あ、これ名刺です……こう、一人で男性の家にも掃除に行く関係上、本名じゃないほうがいいってことで、源氏名ですけれど……」
そう言ってリコはマリサに名刺を渡す。名刺には『春日 古々』と記されていた。マリサはこんな職業もあるんだな、とその名刺をまじまじと見つめて言う。
マリサ「いーじゃん、そうやってリピーターを増やせばビールも毎日一杯おまけで飲めるよ。しばらくはそれを目標に生活してみなよ! これでリコちゃんも、目標を持って生きる立派な人間の仲間入りじゃん!」
そういって、マリサはまたもや肩をバシバシと叩いてくる。
リコ「こりゃ、悪い癖は治りそうにないね……」
自称スキンシップ魔の距離感の恐ろしさに、またもリコの血液は凍り付くのであった。そうして、二人は仕事の事、生活の事、いろんなことを話しているうちに、時刻は22時42分。夜23時の閉店時間が近づいてくる。
マリサ「ねぇねぇ、このお店もうすぐ閉まっちゃうからさ……もしよければ、また会うために、SNSのアカウント、交換しない? 何やってる? 通意他? ワンスタ?」
マリサはスマホを構え、SNSのアプリがそろっているフォルダの画面を見せた。
リコ「待ってて」
とリコはスマホを操作し、通意他のアプリを起動して自分のアカウントを見せた。二人はすぐに相互フォロワーとなり、これでいつでも連絡取れるね、とマリサは大いに喜んでいた。
気付けば、ずっとマリサと話していた。他にも客はいたが、まだ話しかけられていない……マリサと会話するのは楽しいけれど、だからと言って二人きりで話しているだけでは友達は増えない。
でも、リコは少し嬉しかった。高校を卒業してからすぐに社会人になったけれど、自分をフォローしてくれたり、フレンドになったアカウントはたくさんあれど、そのほとんどが美容室とか、スーパーマーケットのお得情報だとか、そんなものばかり。あとは仕事の連絡用のアカウントと、仕事を教えてもらった先輩のアカウントくらいしかなかった。
この2年半、そんな調子で生きてきて、初めて追加したマリサのアカウント。まだ友達と言っていいかわからないけれど、仕事にも買い物にも関係のないアカウントとしては記念すべき最初のひとりめ。2時間ほどの滞在で3000円ほど消費してしまい、中々無駄遣いをしたような気もするけれど、このアカウントを交換できたことは無駄ではなかったと思う。
リコ「よし! 明日からも頑張るぞ!」
1Kのアパートの中、リコはサンドバッグを叩きながら明日への活力が湧いてくるのを感じた。
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