BAR・ターミナル~ケモノ達の交わる場所~

Ring_chatot

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1.5話:常連、カナデ、その1

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 週の初めに、奢るからと飲みに付き合わされたマリサは、羊人の不破 奏フワ カナデと話をしていた。このカナデという女性、このバーにて出会いを求めて通い詰めている……のだが、収穫はゼロだ。出会いを求めているとはいっても、同種や近縁種の男性が偶然この店にやってくることを望むほど馬鹿じゃない。仲良くなった男女から、近縁種の男性を紹介してもらおうと、そのためにここにきているのだ。しかしながら、彼女は条件が厳しい。年収がどうとか、顔がどうとか。マリサはそもそも会社の社員が4人しかいないから紹介できない。マリサには弟がいて、その職場にも羊人はいるのだけれど、年収が彼女の希望に達していなかったためか、せっかく紹介したのに詳しいプロフィールを聞く前に断られてしまった。
 BAR・ターミナルには医者や薬剤師の知り合いがたくさんいる常連客もいるのだが、そういった高スペックな男性はすでに結婚しているか、収入以外の面で問題。例えば女に興味がなかったり、すでに相手がいたり、そもそも彼女のスペックを聞いてお断りだったり……ぶっちゃけ、言ってしまえばカナデは高望みなのである。
 そのため、カナデはBARで顔を合わせるたびに「男がいない!」と愚痴っていた。たまに男とアポを取れた時は機嫌がいいが、そのアポの当日に機嫌を悪くして店にいるのも日常茶飯である。今日も、土日でマッチングアプリで男漁りをしたが収穫がなかったのだろう。ラム酒を三杯ロックで飲んで、すっかり出来上がっている。
カナデ「なんでいい男と出会えないのかなぁ……」
 まだ泥酔と言うほどではないが、恥も外聞もなく大きな声で話しているあたり、酒はかなり回っているようだ。マリサも、出会った当初こそ彼女に同情したり、「きっといい人が見つかるよ」なんて優しく声をかけていたが、何回もそうやって宥めているうちに同情するのが面倒になってしまい、今はこうやって現実的なアドバイスをしている。
 しかしながら、カナデが自分を変えようと思ったことはない。それならマリサの言葉なんてうざったいだけだろうに、なんで愚痴を聞いて欲しがるのか、マリサはちょっと疑問だった。このBAR以外にも出会いを求められる場所はいくらでもあるし、そもそも結婚相談所にでも行くのが正解だろうに、どうしてここにこだわるのかは謎であった。おそらく、家が近いから、なのだろうが。
カナデ「私、美容には結構気を使っているつもりなんだけれどさ。みんな、貯金とか年収の話になると離れていくんだよね……」
マリサ「ちなみに年収と貯金は、いくらだっけ?」
カナデ「手取りで350万円くらい……貯金は20万円」
 マリサは何回も聞いているから答えはわかっている。当然、答えは変わらない、いつも通りだ。カナデは25歳、もういい年なのに(マリサの方が年下です)、一か月入院したら破産しそうな貯金しかないのである。
マリサ「あのね、カナデちゃんはさ、『結婚したら家庭のお金の管理をしたいなぁ……』って言ってたけれど、あればあるだけ使うやつに財布は握らせられないから。せめて100万円くらい貯めときな」
カナデ「ちょっと、マリサぁ……そんなの無理に決まってるじゃん。それに、結婚するなら夫婦でお互いに信用しあうものでしょー?」
マリサ「それは順序が逆なのよ。結婚したから信用しあうんじゃなくて、信用できるから結婚するの。そんな、お見合いもせずに親が決めた結婚だからって強制的に婚姻を結ばされたのなら別だけれど。貴方みたいに信用できない人、弟が結婚するってなったら私全力で止める案件だから。
 だって、カナデちゃんに財布を握らせたら、やれ『派手な結婚式しよう!』『結婚記念日に一緒に海外旅行に行こう!』『今日は自分へのご褒美に高級フレンチ食べに行こう』ってなりそうだし。現にさ、SNS、毎日いい暮らししてるよね? 見栄っ張りで。
 私の弟だったら、ただのお好み焼きをやたら綺麗なさらにちょこんと盛り付けて、マヨネーズとソースをそれっぽくかけて、高級フレンチっぽく見せたりとかできるけれど、貴方はそんなことしないで本当に高級フレンチの店に行ってるみたいだし?
 結婚したらさ、夫婦で最高にSNS映えする生活をしようとして、家具とかにもこだわりだしたり、旅行でも見栄を張りまくって破産しそう。それで、夫が久々に銀行口座を見たら貯金がゼロで、口論、夫婦喧嘩、離婚の三連コンボ、みたいな? そのSNS映え辞めたら、もう少し男も観る目を変えると思うんだけれど……あと、推し活も控えようね」
 マリサは正論をマシンガンのように掃射する。酔っているうえに、自分のこと以外に興味のないカナデは半分も聞いちゃいなかったが、自分のことが否定されたのは酔いが回った頭でもきちんと認識していた。
カナデ「推し活やめたら死んじゃうよー……あー、ちょっとトイレ行ってくる」
 カナデは毎回この調子である。婚活用の名刺には、趣味の欄に「SNS巡回」「推し活」「美容・健康」の欄がある。マリサはそれらの趣味のすべて、悪いものじゃないとは思っている。マリサだって健康には気を使っているから、酒は週に2回まで、アルコール量換算で50mlまで(350ml、度数5%のビール3本分程度である)と決めているし、推しのアイドルはいるし、SNSもやっている。他人の趣味をとやかく言うのは嫌だとも思っているが、時間と、お金と、安全と、公序良俗、それらの度が過ぎれば話は別だ。
 公序良俗的と安全には問題ないが、時間とお金に関しては、驚くほどの浪費と言って差し支えないだろう。
マリサ「ま、どれだけ言っても聞かないんだけれどねー……」
 カナデがトイレに行った瞬間にマリサは目の前にいるマスターに愚痴る。
マスター「常連になってくれるのは有り難いが、毎回絡まれて大変だな……」
マリサ「ほんとだよー」
 マスターにねぎらわれて、疲れた顔で苦笑するマリサであった。

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