オレンジ色の世界に閉じ込められたわたしの笑顔と恐怖

なかじまあゆこ

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日常

定食屋のチラシが気になる

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  少し急ぎ足で歩き職場のコールセンターがあるビルに辿り着いた。

  そして、エレベーターに乗ろうと並んでいると、ぽんぽんと肩を叩かれた。振り返ると真由香まゆかが立っていた。

「おはよう~亜沙美ちゃん。今日のお昼が楽しみだね」

「おはよう~真由香ちゃん。ってお昼って……今から仕事なんだけど」

「あはは、だって、楽しいことを考えると嫌な仕事も我慢できるでしょ」

  真由香はそう言ってにっこりと笑った。

「うん、そうだね。真由香の言う通りかもね」

  わたしもにっこりと笑ってみせた。

  真由香は中学、高校時代からの同級生なのだけど偶然このコールセンターで再会したのだった。

「ねえ、亜沙美ちゃん、それでねお昼なんだけど美味しそうな定食屋さんのチラシをもらったんだよ。見てみて」

「定食屋さん。どれどれ?」

  わたしは真由香に差し出されたそのチラシを見て驚愕した。

「そ、それは……」

「ん?  このチラシがどうかしたの?」

「うんうんなんでもないよ」

  そう答えながらも再度そのチラシに目を落とすとゾクゾクして震えてしまった。

  だって、その定食屋はオレンジ色の提灯にオレンジ色の暖簾がかけられていたのだから。

「ふふっ、お昼休みが楽しみだよ」

  真由香はわたしが震えていることに気づきもせず踊るような足取りでやって来たエレベーターに乗り込んだ。

  わたしは職場がある五階のコールセンターに着くまで真由香が手にしているチラシをちらちらと見ては何とも言えない嫌な気持ちになった。

  五階でエレベーターから降りていつものように入口にずらずらと並んでいるロッカーに私物を入れる。

  透明のビニールバッグを取り出しペットボトルのお茶や財布や化粧ポーチなど業務フロアに持ち込み可能な物をぽんぽん詰め込む。

「毎回思うんだけどコールセンターってセキュリティが厳しくて面倒くさいよね」

  真由香がぶつぶつ文句を言いながらわたしと同じように持ち込み可能な物をビニールバッグにぽんぽん詰め込んでいる。

「うん、面倒くさいよね」

  そうなのだ。わたしの勤務している通販のコールセンターはカメラ機能を利用して個人情報が漏洩されないようにスマホなどの持ち込みは禁止になっている。

  かなり厳しくて業務フロアに持ち込みしたのが見つかるとスマホを一日没収されたりするのだ。

  それはそうと真由香がオレンジ色の提灯とオレンジ色の暖簾がかけられている定食屋のチラシをロッカーに仕舞うのを見たわたしは絶対に断らなくてはと思った。


  仕事中もオレンジ色の提灯と暖簾が気になって仕方がなかった。

「お電話ありがとうございます」と電話対応している時にもオレンジ色の提灯が頭の中に浮かんでは消える。

  あのリアルな夢と先ほど真由香に見せられたチラシが交互に浮かぶ。

  ダメダメ仕事に集中しなくてはとわたしは頭の中を占領している嫌な思いを追い払おうと頭をぶんぶん振る。

『あのすみません』と電話口から声がした。

   わたしは慌てて、「はい、申し訳ございません。ご注文をお願いします」と返事をした。

  いけない、電話対応中だったことを忘れてしまうほどオレンジ色の提灯が頭の中を占領するなんて。

『ふわふわ猫のマグカップ、カラーはオレンジ色をお願いします』

「えっ!  オレンジ色!!」

  わたしは、オレンジ色にドキッとしてしまい思わず声を上げてしまった。

『あのどうされたんですか?』

「申し訳ございません。失礼致しました。ふわふわ猫のマグカップ、カラーはオレンジ色でございますね」

  となんとか復唱したけれど、心臓がドキドキして心拍数が上がる。キーボードを打つわたしの手も震えているのだった。
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