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泊まりがけの同窓会とオレンジ色

買わないで

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  多香子のその手はひんやりと冷たかった。

「な、何かな?」

「あ、ごめんね。そのポストカード綺麗だなと思ったから。亜沙美ちゃんが買わないのならわたしが買おうかなと思って……」

  多香子はそう言ってパッと手を離した。

「……買うってこのポストカードを」

「うん、そうだよ」

  わたしはこの不気味で恐ろしいオレンジ色の提灯が描かれたポストカードを買いたいと思う多香子にびっくりした。

「でも、このポストカード……やっぱりちょっと不気味じゃないかな?」

  多香子の美しく感じる感性を否定するのは気がひけるけれど、このポストカードは買わない方がいいと思う。

「美しいよ。わたしこの提灯の形とオレンジ色好きだな」

  そう言われるとわたしは何も言えなくなってしまったのだ。


  気がつくと多香子はオレンジ色の提灯が描かれたポストカードを手に持ちレジカウンターに並んでいた。

  その多香子の後ろ姿を眺めるとゾクッとした。不気味なあのポストカードを買うなんて信じられない。

  なんだか寒気がしてきた。

「おい、亜沙美」

「あ、松木」

「亜沙美はまたまたぼーっとしてるのか」

「……うん」

「最近の亜沙美はおかしいぞ大丈夫か?」

  松木は心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。

「オレンジ色の提灯が描かれたポストカードを多香子ちゃんが買ったから……気になって」

「確かこの前オレンジ色の提灯が怖いって言っていたよな」

「うん、だからちょっとゾクッとしちゃったよ」

「その夢は怖いかもしれないけどさ、ポストカードにオレンジ色の提灯が描かれているだけだろう?  気にすることないんじゃないか」

「そうなんだけどね……やっぱり気になるんだよ」

  わたしは、そう答えながらレジでお会計をしている多香子をチラッと見た。

  多香子はお金を払いポストカードを受け取ったみたいだ。あのオレンジ色の提灯のポストカードは多香子の所有物になってしまった……。

  ああ、多香子の所有物になってしまった。

  嬉しそうな笑みを浮かべ多香子はこちらに向かって歩いてきた。黒髪が艶やかに輝いている。



  それから自然の中をみんなで歩いた。秋の心地よい風が頬をふわりと撫でた。

  景色はこんなに綺麗で美しいのにわたしの頭の中からオレンジ色の提灯を追い出すことができない。
  
  松木にオレンジ色の提灯ポストカードのことなんか気にするなと言われたけれどやっぱり気になる。

  気になって仕方がない。わたしの前を歩く多香子を目で追う。多香子の鞄の中にあのポストカードが入っているのだと考えるだけでゾクッとする。

  わたしが多香子を見ていると、「ねえ、亜沙美ちゃん」と真夜に声をかけられた。

  振り向くと真夜はわたしに追いつき「亜沙美ちゃんはポストカード買った?」と聞いてきた。

「あ、ポストカード買うの忘れた」

「え~買わなかったんだ。わたしは猫のポストカードを買ったよ」

「あとでポストカード見つけたら買おうかな」

  わたしはあんなにわくわくしていたのにオレンジ色の提灯のポストカード騒動ですっかり忘れていた。

  真夜は楽しそうに話を続けているけれど、オレンジ色の提灯のポストカードが頭から離れず真夜の話している内容は半分くらいしか頭に入ってこなかった。
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