オレンジ色の世界に閉じ込められたわたしの笑顔と恐怖

なかじまあゆこ

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帰れない

お母さんのおでんが食べたい

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  昼食が終わり部屋に戻ったわたしはお母さんに電話をかけた。

  わたしはテーブルに置いてあるスマホを手に取り発信ボタンを押す。三回目のコール音で、『もしもし、あら亜沙美?』とお母さんが明るい声で電話に出た。

「お母さん、今日、大雨で電車が運転見合わせになって帰れなくなってしまったよ」

『えっ!  あらそうなの?  今日は亜沙美の大好物のおでんにしようかと思っていたのに残念だわ』

  電話の向こうからお母さんのがっかりした声が聞こえてきた。

「おでんだったんだね。食べたかったな~」

『そうよ、じゃがいもなんてきっとホクホクして美味しかったと思うわよ。それに大根も柔らかくて美味しいんだからね』

「……お母さんごめんね」

  わたしは、お母さんがわたしの帰りを楽しみにしておでんを作ってくれようとしていたことを思うと申し訳なくなった。それと同時にホクホクのじゃがいも食べたかったなと思った。

『亜沙美、謝らなくてもいいわよ。電車が動かないんだから仕方ないわよ。それより心配よ。大雨だなんて』

「お母さん大丈夫だよ。大雨だけど台風じゃないから。明日には帰れるよ」

  わたしは、そう答えながら大雨より怖いのはオレンジ色の提灯キーホルダーなんだよと思った。

『それならいいけど気をつけるのよ』

「は~い、うん、分かった。ありがとう」

  お母さんは大人のわたしに過保護なところはあるけれど感謝している。



  お母さんにオレンジ色の提灯キーホルダーのこと話したいなと思った。だけど、心配をかけてしまいそうだし、それに信じてもらえないのではとわたしは考えた。

『亜沙美大丈夫?』とスマホから声が聞こえて、「あ、うん、大丈夫だよ。ぼーっとしてた。じゃあ、また明日ね」と返事を返す。

『何か心配ごとがあるのだったら話してね』

  お母さんのその声があまりにも優しく聞こえて話してしまいたくなった。けれど、わたしは「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」と言って電話を切った。

  窓の外の雨は小雨になってきたので明日はきっと帰れるから大丈夫だ。

わたしは、スマホをテーブルに置き大きく伸びをした。それから足を前に放り出して座った。ぼんやりと目を瞑る。

  お母さんのおでんを思い浮かべてみる。じゃがいものホクホクした食感は最高だな。それからだしの染み込んだ卵もたまらなく美味しい。

  美味しい食べ物の世界に旅立つと幸せな気持ちになる。おでんなんて食べていないのに想像するとまるで食べたかのように口の中に美味しさが広がった。

  お母さんに料理を作ってもらえることは幸せなことなんだなとわたしは頬を緩ませた。

  しばらくそんな幸せにわたしは浸っていたのだけど……。

  突然アザミの花が頭の中に思い浮かんでしまった。もう、わたしの幸せな気持ちを邪魔しないでよ。




  アザミの葉は深い切れ込みがありトゲがある。花の根元部分にもトゲがあるらしいのでちょっと怖い花だ。

  佐和が高校時代の夏祭りで着ていた浴衣。その浴衣は赤色の大きなアザミが目立つ花柄だった。

  そんなアザミの花の赤色が血の色に見え、わたしはゾクッとした。

「ああ、もう、どうしておでんのじゃがいもを思い浮かべていたのにアザミの花が邪魔をするのよ」

  わたしは思わず声を上げて叫んでしまった。

  アザミの花を打ち消そうとしてもう一度ホクホクのじゃがいもを思い浮かべてみる。

  そう、おでんの汁がホクホクのじゃがいもに染み込んでほっこり美味しい。家族の笑顔と湯気の立ったおでん。

  うん、幸せだ。それと、熱々の巾着餅の油揚げにおでんの汁がじゅわじゅわと染み込み美味しくて柔らかくなった餅も最高だ。

  わたしは、美味しくて幸せな世界に包まれた。 

  あたたかい食卓と家族の笑顔。アザミの恐ろしい花を打ち消すことに成功したわたしは、にっこりと微笑みを浮かべた。

  おでんを思い浮かべていると早く家に帰りたくなった。
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