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~9. 暗闇と光~
帰国の決意
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それから三年間、僕はセントレア帝国軍に所属し、騎士見習いとして訓練を積んだ。
入団試験の段階から、僕の存在は指導官達をざわつかせていたらしい。自分では無意識だったが、剣を持ったときの動きが騎士団にいた頃のアレクとそっくりなようで、アレクを知る彼らは、僕がクレディア公爵家の者だと微塵も疑わなかった。
アレクが言った通り、帝国軍の騎士団に所属することは、得るものが多かった。アレクに鍛えられた剣の腕。広い知識と深い思考力。それをさらなる高みへと昇らせるために充分な環境が揃っていた。
厳しい鍛錬に打ち込む日々。アレクも辿った道なのだと思ったら、苦しいことは何もなかった。自分に起きたことも自分が何者なのかも振り返ることなく、ただ前を向いて強くなることに集中した。
◇
外出が許される半年に一度、アレクの屋敷に向かうために王城の門を出るときが、張り詰めていた気持ちを、唯一、緩められる時だった。
アレクに会える喜び。それと同時に、また彼女の姿を見られるだろうかとそわそわと期待している自分がいて、淡い想いがしっかりと心にあることに気付かされた。
「サイラス! 元気にしていたか?」
「はい。充実した日々を送っています」
「はは。一丁前に敬語なんて使うようになりやがって」
アレクはいつも温かく僕を迎えてくれた。窓の外には、初めて姿を見た時と同じ場所に彼女が見える。また綺麗になった。可愛らしい印象だった彼女は、姿を見るたび、美しさが増していた。
あの場所は、彼女のお気に入りのようだった。ある時は静かに本を読み、ある時は楽しそうにメイドと話す。傍らに咲く白い薔薇の花に顔を近づけ、その匂いに微笑む姿を見た時は、こんなに美しいものがこの世にあるのかと見惚れた。
この感情がなんなのか、とっくに気付いていた。想いを寄せたところで届かないことは理解していたが、他とは比べようもない愛しさが、静かに心に積み重なっていった。
◇
18歳を迎えた春。帝国軍の騎士の試験に首席で受かり、騎士見習いを卒業した僕は、アレクの屋敷を訪ねた。
「今日はお願いがあって来ました」
ここに来るのはこれが最後だと覚悟していた。成人の儀を終え、これからは騎士として帝国軍に正式に所属することになる。さすがに、これ以上この国にいるべきではないだろうと心を決めた。
「僕は騎士にはならず、レリック公国に帰ろうと思っています。その手助けをアレクに…、いや、クレディア公爵に頼みたいのです」
畏まってそう言った僕に、アレクが静かに頷いて微笑む。いつの間にか僕の身体は、アレクよりも逞しく、大きくなっていた。
「そう言うと思っていた。任せておけ」
そう言ったアレクの言葉に安堵しつつ、どこか寂しさを感じる。絶望の淵から僕を救い上げ、ここまで導いてくれたアレク。別れの時が近づいている。
入団試験の段階から、僕の存在は指導官達をざわつかせていたらしい。自分では無意識だったが、剣を持ったときの動きが騎士団にいた頃のアレクとそっくりなようで、アレクを知る彼らは、僕がクレディア公爵家の者だと微塵も疑わなかった。
アレクが言った通り、帝国軍の騎士団に所属することは、得るものが多かった。アレクに鍛えられた剣の腕。広い知識と深い思考力。それをさらなる高みへと昇らせるために充分な環境が揃っていた。
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