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本編
14、頭の中を覗けたら(ジークレイン視点)
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第一印象は、よくわからない子供だった。異世界の人間だからか、雰囲気というか気配が不思議で。周りに一線引いて気配を薄くしているそれは、しかし周りの気配には疎いのか俺が近づいても気づくのが遅かった。
ショックで声が出ないとは聞いていたが、本当に出ないのか喉をひきつらせていた。
後から出るようになっていたと知ったときは、少しぐらい声を出せと思った。紛らわしい。
ソイツは騎士団の訓練場に遊びにくるようになり、暇な騎士に稽古をつけて貰っていた。実年齢は従妹から聞いていたが、何度見ても子供にしか見えない。
怪我をする前に止めさせようと思ったが、スキル任せとは言え中々やる。仕方ないので許可をしてやった。一人でやって怪我をされても困るからな。
身体強化の使い方がイマイチ分かっていなかったので教えてやれば、薄く笑ってお礼を言ってきた。
…最近、心臓の辺りが可笑しい。ルーファス辺りに病気を治す回復魔法をかけて貰うことにしよう。
三ヶ月も経ったが、俺は未だに彼奴の考えが分からない。侍女の真似事をしたり、騎士団の下っ端たちの手伝いをしたり。稽古もきちんとやっているし、よくもまぁ働くものだ。
最近は庭師たちと庭の管理をしているらしく、裏の畑に最近出る畑荒らしの捕獲まで始めたようだ。
小さくすばしっこい動物を捕まえるのは騎士に向いておらず、同じく小さくてすばしっこい彼奴なら捕まえることも可能だろう。
しかし、裏の畑の近くには魔物が出る森がある。畑荒らしが魔物だった場合、怪我だけでは済まない可能性もある。
一人でやるなと注意するため、小屋で庭師と帰りを待っていれば既に遅かったらしい。戻ってきた彼奴は、子供とはいえやはり魔物だった畑荒らしを抱えていた。案の定、顔や腕を怪我している。
見た目は可愛らしい黒猫だが、大人になれば危険な魔物だ。いくらそんなに嬉しそうに撫でていたとしても、森に帰す必要がある。子供だとしても魔物の侵入を許した警備態勢も見直さねばならない。
子供の魔物を掴んで小屋を出ようとすれば、怒ったような彼奴に魔物を引ったくられる。まさかと思えば、飼うと言い出した。説得しようとした矢先、思ってもみなかったことを言われた。
「いくら王国騎士団副団長なんて肩書きがあっても、いつでもこの国を出ていける俺には関係ないので!!権力を使った命令は意味無いことを先に言っといてやるよ!!」
そのまま後ろを向いて椅子へと座った背中に、無意識に手を伸ばすが途中で止める。咄嗟に声が出なかった。石化魔法でも食らったかのように、体が動かない。
ここを出ていく?何故?庭師と彼奴が話している。出ていかない理由がない?理由があるなら、出ていかないのか?
何故こんなに必死なのか、自分でもよく分からなかった。ずっと王宮で暮らしていく何て言うのは、確かに俺が勝手に思っていたことだ。コイツが言った訳じゃない。
そう理解していても、何でこんなに苦しいんだ…?
どれだけ条件を出しても、旅がしてみたいんだと聞かない。分かっている。別に不満とか、そういう問題じゃないことぐらい。
死ぬ可能性があると脅しても「それでもいい」なんて。まるで「死にたい」と言ってるみたいじゃないか。
「やりたいことやってて死ぬなら自業自得だし、俺は別にいいかな。結局何処に行ったって死ぬんだし。一緒だろ」
やめてくれ。そんなこと言わないでくれ。何でそんなことを言うんだ?なんで…
何も言えないまま、自分の膝の上に乗っている魔物を見下ろした彼奴を見つめる。何を思って、何を考えての発言だったのか。全く理解ができない。
膝に魔物が乗っているにも関わらず、急に立ち上がった彼奴はそのまま小屋を飛び出した。突然のことに反応が遅れる。
「あっ、おい!待て!!」
身体強化でも使ったのか、物凄いスピードで離れていく。向かった方は──森だ。
「っ!今すぐ騎士団に連絡を!!召喚人が森へ向かった!!俺はこのまま追いかける!!」
「は、はい!」
庭師の老人に指示を出し、俺は身体強化と風魔法を使い追いかける。スピードはこちらの方が上だが、既に結構な距離を開けられただろう。
雨が降ってきてしまった森の中はいつもより暗く、足元も見えにくい。目に魔力を集中させ、彼奴の魔力の足跡を辿る。
かなり奥に来たところで、魔物の気配を感じる。しかも、彼奴がいると思われる方向からだ。
嫌な予感がしてスピードをあげれば、見えたのは狼型の魔物が数匹と、地面に倒れている彼奴の姿。
頭の中が赤く染まった気がした。
剣を振り抜き、一閃して全ての魔物を片付ける。急いで倒れている彼奴を確認すれば、体が恐ろしく冷たかった。一瞬血の気が引いたが、どうやらただ気絶しているだけのようだ。冷たいのは雨に打たれたからだろう。
冷たい体を抱え、どこか雨をしのげる場所を探す。幸い、近くに小さな洞穴を見つけられた。土魔法で少しだけ広くし、空気穴を残して入り口を塞ぐ。これでしばらく安全だろう。
俺もコイツもびしょ濡れだ。水魔法で余計な水分を全て落とし、火魔法で乾かす。いつもより小さな体は、どうやら魔法が解けていつぞやに見た姿に戻っているようだ。
というか、コイツ森を走ったせいで怪我が増えているじゃないか。主に足の怪我が酷いので治しておく。先程の魔物に噛まれた跡もあった。完璧に消しておこう。
やはり寒いのか、小さな体は震えていた。この狭さじゃ下手に焚き火を作ることも出来ないので、仕方なしに抱えたまま座る。ついでに上着を掛けてやるが、体の震えは止まらなかった。
どうやら、なにか悪い夢でも見ているらしい。酷く魘されていた。だんだんと険しくなっていく顔に、何か出来ないかと考えるが、悪夢の対処法など知るわけもない。
次第に呻き声は酷くなっていく。起こした方がいいのではと思うも、いくら揺すろうと起きない。
「………ぃ……」
「!起きて…ないな。おい、起きろ!」
「……っ……ぁ……」
閉じられた目から涙が流れ出した。そんなに酷い夢なのだろうか。涙を拭ってやっていれば、次に聞こえた声に身を凍らせる。堪らなく叫んだ。
「おい、起きろ!リンドウ!!」
その声にようやく目を開けた。しかし、まだ寝惚けているのか暴れだした。どうにか押さえ、声を掛ければ抵抗を止めた。ゆっくりとこちらを確認した目は、焦点が定まっていなかった。
暗くて見えないだろうと明かりをつければ、返ってきた言葉はこうだ。
「……赤目の騎士さん」
「まて、なんだその呼び方」
まさか名前を覚えられていないとは思わなかったし、魔法が解けていることに気付かずにこのまま寝るとも思わなかった。
相変わらず、何を考えているのかわからない。
もし、コイツの頭の中を覗けたら。そしたら、何を思って何を考えているのか理解できるだろうか。どんな夢を見ていたのか分かるだろうか。
『もう、死んでしまいたい』
そんなことを言わせた原因を、知ることが出来るだろうか。
ショックで声が出ないとは聞いていたが、本当に出ないのか喉をひきつらせていた。
後から出るようになっていたと知ったときは、少しぐらい声を出せと思った。紛らわしい。
ソイツは騎士団の訓練場に遊びにくるようになり、暇な騎士に稽古をつけて貰っていた。実年齢は従妹から聞いていたが、何度見ても子供にしか見えない。
怪我をする前に止めさせようと思ったが、スキル任せとは言え中々やる。仕方ないので許可をしてやった。一人でやって怪我をされても困るからな。
身体強化の使い方がイマイチ分かっていなかったので教えてやれば、薄く笑ってお礼を言ってきた。
…最近、心臓の辺りが可笑しい。ルーファス辺りに病気を治す回復魔法をかけて貰うことにしよう。
三ヶ月も経ったが、俺は未だに彼奴の考えが分からない。侍女の真似事をしたり、騎士団の下っ端たちの手伝いをしたり。稽古もきちんとやっているし、よくもまぁ働くものだ。
最近は庭師たちと庭の管理をしているらしく、裏の畑に最近出る畑荒らしの捕獲まで始めたようだ。
小さくすばしっこい動物を捕まえるのは騎士に向いておらず、同じく小さくてすばしっこい彼奴なら捕まえることも可能だろう。
しかし、裏の畑の近くには魔物が出る森がある。畑荒らしが魔物だった場合、怪我だけでは済まない可能性もある。
一人でやるなと注意するため、小屋で庭師と帰りを待っていれば既に遅かったらしい。戻ってきた彼奴は、子供とはいえやはり魔物だった畑荒らしを抱えていた。案の定、顔や腕を怪我している。
見た目は可愛らしい黒猫だが、大人になれば危険な魔物だ。いくらそんなに嬉しそうに撫でていたとしても、森に帰す必要がある。子供だとしても魔物の侵入を許した警備態勢も見直さねばならない。
子供の魔物を掴んで小屋を出ようとすれば、怒ったような彼奴に魔物を引ったくられる。まさかと思えば、飼うと言い出した。説得しようとした矢先、思ってもみなかったことを言われた。
「いくら王国騎士団副団長なんて肩書きがあっても、いつでもこの国を出ていける俺には関係ないので!!権力を使った命令は意味無いことを先に言っといてやるよ!!」
そのまま後ろを向いて椅子へと座った背中に、無意識に手を伸ばすが途中で止める。咄嗟に声が出なかった。石化魔法でも食らったかのように、体が動かない。
ここを出ていく?何故?庭師と彼奴が話している。出ていかない理由がない?理由があるなら、出ていかないのか?
何故こんなに必死なのか、自分でもよく分からなかった。ずっと王宮で暮らしていく何て言うのは、確かに俺が勝手に思っていたことだ。コイツが言った訳じゃない。
そう理解していても、何でこんなに苦しいんだ…?
どれだけ条件を出しても、旅がしてみたいんだと聞かない。分かっている。別に不満とか、そういう問題じゃないことぐらい。
死ぬ可能性があると脅しても「それでもいい」なんて。まるで「死にたい」と言ってるみたいじゃないか。
「やりたいことやってて死ぬなら自業自得だし、俺は別にいいかな。結局何処に行ったって死ぬんだし。一緒だろ」
やめてくれ。そんなこと言わないでくれ。何でそんなことを言うんだ?なんで…
何も言えないまま、自分の膝の上に乗っている魔物を見下ろした彼奴を見つめる。何を思って、何を考えての発言だったのか。全く理解ができない。
膝に魔物が乗っているにも関わらず、急に立ち上がった彼奴はそのまま小屋を飛び出した。突然のことに反応が遅れる。
「あっ、おい!待て!!」
身体強化でも使ったのか、物凄いスピードで離れていく。向かった方は──森だ。
「っ!今すぐ騎士団に連絡を!!召喚人が森へ向かった!!俺はこのまま追いかける!!」
「は、はい!」
庭師の老人に指示を出し、俺は身体強化と風魔法を使い追いかける。スピードはこちらの方が上だが、既に結構な距離を開けられただろう。
雨が降ってきてしまった森の中はいつもより暗く、足元も見えにくい。目に魔力を集中させ、彼奴の魔力の足跡を辿る。
かなり奥に来たところで、魔物の気配を感じる。しかも、彼奴がいると思われる方向からだ。
嫌な予感がしてスピードをあげれば、見えたのは狼型の魔物が数匹と、地面に倒れている彼奴の姿。
頭の中が赤く染まった気がした。
剣を振り抜き、一閃して全ての魔物を片付ける。急いで倒れている彼奴を確認すれば、体が恐ろしく冷たかった。一瞬血の気が引いたが、どうやらただ気絶しているだけのようだ。冷たいのは雨に打たれたからだろう。
冷たい体を抱え、どこか雨をしのげる場所を探す。幸い、近くに小さな洞穴を見つけられた。土魔法で少しだけ広くし、空気穴を残して入り口を塞ぐ。これでしばらく安全だろう。
俺もコイツもびしょ濡れだ。水魔法で余計な水分を全て落とし、火魔法で乾かす。いつもより小さな体は、どうやら魔法が解けていつぞやに見た姿に戻っているようだ。
というか、コイツ森を走ったせいで怪我が増えているじゃないか。主に足の怪我が酷いので治しておく。先程の魔物に噛まれた跡もあった。完璧に消しておこう。
やはり寒いのか、小さな体は震えていた。この狭さじゃ下手に焚き火を作ることも出来ないので、仕方なしに抱えたまま座る。ついでに上着を掛けてやるが、体の震えは止まらなかった。
どうやら、なにか悪い夢でも見ているらしい。酷く魘されていた。だんだんと険しくなっていく顔に、何か出来ないかと考えるが、悪夢の対処法など知るわけもない。
次第に呻き声は酷くなっていく。起こした方がいいのではと思うも、いくら揺すろうと起きない。
「………ぃ……」
「!起きて…ないな。おい、起きろ!」
「……っ……ぁ……」
閉じられた目から涙が流れ出した。そんなに酷い夢なのだろうか。涙を拭ってやっていれば、次に聞こえた声に身を凍らせる。堪らなく叫んだ。
「おい、起きろ!リンドウ!!」
その声にようやく目を開けた。しかし、まだ寝惚けているのか暴れだした。どうにか押さえ、声を掛ければ抵抗を止めた。ゆっくりとこちらを確認した目は、焦点が定まっていなかった。
暗くて見えないだろうと明かりをつければ、返ってきた言葉はこうだ。
「……赤目の騎士さん」
「まて、なんだその呼び方」
まさか名前を覚えられていないとは思わなかったし、魔法が解けていることに気付かずにこのまま寝るとも思わなかった。
相変わらず、何を考えているのかわからない。
もし、コイツの頭の中を覗けたら。そしたら、何を思って何を考えているのか理解できるだろうか。どんな夢を見ていたのか分かるだろうか。
『もう、死んでしまいたい』
そんなことを言わせた原因を、知ることが出来るだろうか。
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