ホワイトコード戦記1 シンカナウスより

星白 明

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一章 後ろ向きのアンドロイド

十一

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 そして、恐るべきことに、新理論によるシステムは他のμのシステムと競合を起こすこともなく、きちんと噛み合うように実装された。あとは起動符牒キックコードをμが実行すればいいだけのはずだが……。
「何で、肝心の起動符牒キックコードがブラックボックスなんですか」
「あはは……いやぁ、うんうん……」
 睨みつけた先の科学者はにこにこしながら頬を掻いている。
「新システムの起動符牒キックコードは普通、アンドロイドが読み取りできるようにアクセス権限が設定されてるはずですよね……?」
「工場内の実装ルールはそうなんだけどね。せっかくだからこう、サプライズ起動とかカッコいいかなーって」
「誰の得になるんですか、それ。事前にテストパイロットもなし、ぶっつけ本番の起動なんて誰が喜ぶんですか? 全く納得できません」
「男の子の夢が詰まってるじゃん。ほら、新しい機能が土壇場になって発動してカッコよく逆転したら最高に気持ちいいじゃん」
「あなたを信じてはいけないということがよく分かりました。もう金輪際触らせません」
「メンテナンスコードの監修するのも僕だよ?」
 μは押し黙った。今まで何とも思わずに更新作業や修正プログラムの適用を受けてきたが、この男の適当な即興コードが一体いくらそこに混じっていたのか。後生なので品質チェック部隊の仕事は確かなものであって欲しいと願うばかりである。仲間たちのために。
「ところで僕、お腹すいたなあ。何か作ってくれない? 女の子にご飯作ってもらうの、一回やってみたかったんだ」
「……」
 新しく追加されたデータの中に、家政婦ロボからコピーしてきたとしか思えない料理レシピ集が入っていたのは気のせいではなかったようだ。
 思い切り白い目で眺めたあと、μはキッチンに立つことにした。


 *


「久しぶりだ、誰かとこうしてゆっくり食事をとるなんて」
 皿の上の料理を機嫌よくつつきながら、エメレオははにかんだ。ワインもたっぷり飲んだあとなので、顔はほのかに紅潮している。
「……よかったですね」
 μミュウは口の中にパンの欠片を押し込んだ。
 食物からのエネルギー摂取は、できなくはない。本来は人類とのコミュニケーション手段として実装されたが、せっかくなので有効活用しよう、というどこかの鬼才の提案で、バイオ燃料に変換されて普段のエネルギー活動の足しにされている。ちなみに、戦闘モードの駆動にはまた別のエネルギー系統が使われているので、本当に生活用である。
「ねぇμ」
 壁掛けに映った夜景に目をやりながら、エメレオはぽつりと呟いた。
「アンドロイドとして生まれてきて、君は夢を見ることができたかい?」
「夢、ですか?」
 エメレオの言葉の意味が分からず、μは首を傾げた。
 夢。
人類が見るもの。視覚的な電気信号、知っているものを元に作り出され想起される、見たことのないイメージ、幻想の姿。寝ても覚めても、人が抱き続けるもの。希望、または野望、欲望のこと。
 そういう知識が頭脳には格納されているけれども、μは実際には、夢がどんなものかは知らない。そんな感覚を知る教育訓練なんて、製造されてからこの方、与えられたことなどないのだから。
 そう伝えると、エメレオは苦笑する。
「確かにそうだね。夢を見るなんてのんびりしたテストは、確認項目の中には入っていないよね。でも理論的には、アンドロイドの思考や情報整理の機構には人間の頭脳と同じようなパターンを組み込んであるから、アンドロイドも夢を――希望や願いを持つはずなんだ。人間と同じように、寝ている間に不可思議なイメージだって抱くこともあるだろう」
 寝ている間のイメージ、と言われて、はた、とμは思い当たった。
「……スリープモードの時に出てきたあの映像は、もしかすると夢ですか?」
スリープモード時にインプットされる内容にしては、荒唐無稽な舞台設定だと思ったのだ。
「え? 夢を見たの? もしかして寝ている間に夢を見たのかい? どんな夢?」
「炎に包まれた都市の中に立つ、巨大な人型の兵器です」
 告げると、自らが開発したアンドロイドの挙動に浮かれていたエメレオの顔からは、見る間に表情が抜け落ちた。
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