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一章 後ろ向きのアンドロイド

十二

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「ヴァーチン博士?」
「……」
 エメレオは傍らのワイングラスをとって、じっと深紅の水面を眺めた。何か思索にふけっているようだと、μは彼が口を開くのを待った。
「君たち、各国の兵器の情報はどれくらいインプットされている?」
「一通りは――」
「なら、最近この国と同盟国の間で共同開発されている、超大型兵器のことも? α-TX3のナンバリングに聞き覚えは?」
「……いいえ」
 慎重に尋ねる様子に、何か自分に得体の知れないことが起きているのか、とμは緊張する。
「なるほどねぇ……そうか、そういうこともあり得るのか。貴重なデータだな」
「博士?」
「ううん、こっちの話だ、大丈夫」
 エメレオは一気にワインを呷った。
「うん、それは、きっと夢だね。アンドロイドもスリープ中に夢を見れるんだね。いいことを聞いた。でも僕が聞きたかったのは、将来の夢とか、そういう意味合いの夢だな」
「将来の夢……」
「戦闘型アンドロイドも、戦争でもない限りは普段の生活を送ることになるだろう? そういう時にやってみたいこととか、あるかい?」

「……そうですね」
 μは考えた。
「知識としてたくさん情報はありますが、実際に見て、どんなものか知っておきたい景色が、それなりにあります」
「……もしかしてそれ、軍事的な動きに備えてとか、言わないよね? 綺麗な景色が見たいんだよね?」
「え?」
「……うーん、もうちょっと色気のある反応が欲しいな……」
 消化不良のような表情でぼやくエメレオに、μは再度、考え直した。
「――遠くに行ってみたい、です」
 ぽろりと、言葉が出た。
「遠い場所へ。どうやって行くのかとか、どこに行くのかとか、そういう手段や目的はともかく、遠くに行ってみたいんです」
 μがそう言うと、エメレオは驚いたのか、目を丸くしていた。
「それは、旅をしたい、ってことかい?」
「うーん、どう、なんでしょう? でもきっと、そういうことですよね」
 きっと、その希望は叶わないけれど、とμは言葉に出さずに心の中で呟いた。準戦略兵器級の存在が国境を超えるなんてこと、できるわけがない。ましてや、国内であっても、自由に動き回るなんて。
 そんなことが起きてはならない。アンドロイドにセットされた安全規定セーフコードは絶対だ。

『人間を害してはならない、脅かしてはならない、不安にさせてはならない』

裏返せば、人間は、こちらの暴走を常に恐れている。常に未来の可能性を見渡し、自分より強く脅威になり得るものを恐れる生き物だ。
自分はどこにも行くことはできない。こうしてエメレオの身辺警護をするために、外に出ていることが特例なのだ。 

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