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三章 人形部隊(ドールズ)

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「――博士!」
 あとでMOTHERに聞いてみようかな、と、少し悩んでいる科学者の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
 顔を上げると、二体のアンドロイドが宙を飛んでいる。

「λ(ラムダ)! と――μ(ミュウ)!? 君、どれだけボロボロにされたんだい!?」

 λの後ろで目立たないようにしていたものの、明らかに変形しているμの胸部を目にして、エメレオは愕然とした。同じように憮然としていたμは半眼でエメレオの肩口の傷を見据えている。こっちが必死に守ったのに何をうっかり怪我しているんですか、とでも言いたそうに。
(確か、戦闘型アンドロイドの外郭強度だと、壊すには最低でも数トンから数十トン級の衝撃が必要で――え? 何? あの機械人間、どんな化け物みたいな改造が施してあったの?)
 咄嗟に天才頭脳が強度計算を弾き出したものの、必要出力の数値のでたらめさに自身の脳を疑って計算し直し、やっぱり間違っていないと気づいて青ざめた。
「――あのシステム、実装しておいて正解だったなぁ……」
 そして、「お試し体験だ」と戯れ言のように起動して、彼女を応援しておいて本当に良かった。
 対ドリウス戦のあらましの報告を簡易に聞いて、さらに確信を深める。
 ――おそらく、λの介入だけでは、ドリウスとやらをこれほど早く追い払えなかっただろう。
 MOTHERの動作支援を受けた『だけ』のλでは捉え切れていなかったのだから、相手は機械化された体を扱い慣れた、相当な手練れのはずだった。

「――ともあれ、これで動かぬ証拠が揃った」

 路上に散らばったヘリの残骸から、εがエントのものだとエメレオが断言した武装の破片を拾い上げる。

「MOTHER」
『確認しました。――これより、エントは我が国の敵対国と認定されます。政府は戦争の宣言をするため、急いで準備をしています』
「「!」」
 μとλの顔が強張った。エメレオも静かに目を伏せた。
(ああ――やはり、こうなるか)
 そしてそれが、おそらくMOTHERが予想していたエント側のタイムリミット。技術者、科学者として、厄介かつ高い能力を有するエメレオ・ヴァーチンを、戦争が始まる前、まだシンカナウスが警戒の薄いうちに排除しようとした。
 予感はあった。μが、『燃える都市の中に立つ巨大な人型兵器』の夢を見た、と言った時から。
 アンドロイドが、あり得ぬはずの夢を見る。遠くどこからかの情報入力を受ける。
 それは、魂の定着の証だ。
 夢の内容は、おそらく『予告』だろう。その時に対峙するのはμだという、エメレオにしか分からない指名の知らせ。

 ――時は満ちた。
 エメレオ・ヴァーチンは役割を果たした。

(あとは――どうするか)
 静かにエメレオは思案する。

「……場所を変えたいね。ここでは目立ちすぎる」
 εが周りに目線を走らせながら呟いた。
「でも、どこに?」次の疑問を提起したのはλだ。「施設(ホーム)は研究所だから民間人もいる。何度も狙われた博士がいると、他の人間を巻き込むかも……」
「可能なら、一般人が少なくて、戦力が集まっていて、攻撃にも転じられる場所……軍事基地?」
 μの言葉に、εは悩む。
「確かに僕らは一応、陸軍特殊部隊所属になる予定だけど……まだ正式配属されてないのに、入れてもらえるとは思えないね……」
 アンドロイドたちの会話に、エメレオは顔を上げる。
「MOTHER。出撃後のアンドロイドの帰投場所は変更可能かい? ――関係各所とルプシー司令に許可はとれるかな?」
 ややあって、彼女から応えがあった。
『――本来の予定を前倒しする形で、既に調整は進めてあります。今し方、確認がとれました。こちらの場所へ向かってください。先方に連絡は入れておきます』
「さすがだね」
 MOTHERからの通信を手持ちの端末で受ける。地名を確認して、エメレオは頷いた。

「決まりだ。サエレ基地に向かおう」


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