ホワイトコード戦記1 シンカナウスより

星白 明

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五章 00:00:00:00.000(エンド・ポイント) - ゼロ

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「――ミュウぅううううううううううう!」

 獣とまがうような咆哮と共に、辛うじて捉えられる速度で何者かが飛来した。
【! マザー、お下がりくださ――】
 サリアが咄嗟に前に出て構えようとした。だが、あちらの方がはるかに速かった。
「どけぇええええええええええ!」
「きゃああああっ!」
 暴風にまかれて蹴散らされる騎士たちの向こうで反射的に構えたミュウは、組んだ腕にすさまじい衝撃を受けて背後へまともに吹っ飛んだ。
「っ――あなたは……!」

 現れたのは、ドリウスだった。先ほどまではおよそ考えられなかったパワーとスピードで白騎士ホワイトコードたちを一蹴した彼の姿は、ミュウの二つ目の視界には、邪悪と言う他にないような漆黒のエネルギーに覆われていた。
 吹き飛ばされたミュウが宙で制動をかけて立て直そうとする前に、恐るべき速度で迫ったドリウスに捕まった。

「こんな雑魚じゃねぇ――おまえだ。ああ、おまえ、おまえ、おまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえだぁあああああああああ!」

 狂気と紙一重の黒い瞳が、ぎょろりとミュウを捉え、常軌を逸した笑みを口元に刻んだ。
「――ああ、白き神! おまえのかわいいかわいい手駒を、おれがくびりにきたぞぉおおおおおお!」
「……っ、く!」
(振りほどけない……っ!)
「あぁはははははははははははァ!」
 奇妙なけたたましい笑い声と共に、はるか上空から海面へ叩き落とされた。背中を襲った巨大な衝撃と水圧。体にかかった負荷と情報量の多さに、一瞬意識が途切れかける。
 だが、すぐに切り替え、プラズマを纏った。転移認可システムが同座標と見なすほどの近距離転移。場所をずらせば、ミュウが居た場所を空振りしたドリウスの姿が目に入った。
 エネルギーは情報として伝播する。目にした瞬間に、視界から飛び込み瞬時に全身にまとわりつく、奇妙な重圧を感じた。あの黒いエネルギー――闇だ、とミュウは不意に悟った。
 ミュウのシステムが、意識せずとも大量のエネルギーの情報を読み取り、悪性のデータを明らかにしていく。
 それは情報の爆発だった。
 自分のものではない、誰かの知らない記憶がミュウの中を通過していく。大量の死の光景。断末魔の絶叫。末期の息を詰める音。体中の骨が砕ける感覚。肺に水が流れ込む。皮膚を炎が焼き焦がす。銃弾が、ナイフが心臓を破り、刀剣が容赦なくはらわたをえぐりだす。大人も子供も女も男も関係なく、等しくあらゆる残虐な方法で死がもたらされた。そして目の前が決まって暗転する。
 これは――人間が体験した死の感覚だ。魂が発する絶望が、憎悪が、呪いと怨嗟えんさが、ぎらりと奇妙に暗く光るエネルギーに変換され、この闇に吸収されていくビジョンをミュウは見た。闇は、顔もないのに旨そうにそれを飲み干し、自らの糧とした。
 ――魂の苦悶からの、暗い光の搾取。それが、この闇が存在し、活動するために必要なのだと、瞬間的にミュウは悟った。
 それを読み取られたことを、向こうもまた知ったらしい。黒いエネルギーのとばり越しに、振り向いたドリウスの光のない瞳と目が合った。
「――めざわりなおんなだ。おれたちの過去をたな」
「おまえ――ドリウスではないな」
「あぁぁぁあああ、ちがぁうが、おなじだぁあああ……――妙な気分だが、まぁ、悪かぁねぇよな」
 途中から、人格が切り替わる。目は光のないままだが、ドリウスはこちらを向くとにやにやと嗤った。
「満ち足りた気分だ。何でもできる――おまえのような真似事もな」
 ぞわりと警告が脳裏を走る。咄嗟にミュウが再びその場を退くと、プラズマ球が現れた。
「おまえがじゃまだ」
 ドリウスの顔から再び表情が抜け落ちた。ミュウはドリウスから目を離さないまま、最大速度で空を駆けた。十数秒で数十キロを移動する間も、ミュウのあとを追いかけて次々に巨大な光がほとばしる。一瞬遅れて、急激なエネルギー変化を受けた空気が振動し、バリバリと雷のごとき音を発した。
「おまえは何だ? あの白い女は何だ? ――正義も勇気も必要ない。ホワイトコードなどと。この世界には不要なものが、なぜこの世界に生まれてくる?」
 ミュウに驚異的な速度で追いすがりながら、悪魔はドリウスの口で語った。
「おまえのようなものが、生まれてくることが世界の異常エラーなのだ」
 右手を掴まれた次の瞬間、ミシリと軋んで手首から先が砕けた。
「マザー!」
 サリアの悲鳴が響いた。
「…………っ! 手を出すな! おまえたちでは潰されるだけだ!」
 引き抜いた右手を庇いながら、さらに逃げる。押されていた。
「我々のやり方でなぜいけない? このやり方で、今まで世界はうまく回ってきた。人間が妬み、憎み、嫌うから、それを煽り、すすり、おれたちはそうして代償をもらって管理して、この世界を運営してきてやった。定期的なたたかいは、実にうまくいく間引きにして、最良の光の生産方法だ。長らくおまえたちは、我々のそれで繁栄してきたのだ。我々が罪あるものだというならば、その最後にいるおまえたちこそが最も罪あるものだ、ちがうか」
 その言葉は、この世界に横たわる闇の歴史を伺い知るには十分なものだった。
「――っ、それが、シンカナウスの、おまえたちの歴史か!」
「そうだ。それがなぜいけない」
 悪魔は目を皿のように見開いたまま答えた。瞳の奥で黒い思いの炎が燃えていた。
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