仮面肉便姫

ぬるでば

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第32話 校則

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 文化祭が終わった。
 瑞希みずきと富永にとっては尋常でない終わり方ではあったが。
 美月みづきの顔と学校がばれたかのようなムーブメントも瑞希がだんまりを決め込むことで、いつしか沈静化した。
 ただ一つ、瑞希にとって気がかりなことは、富永の母親だった。
 富永の家を訪ねた日、母親は、帰り際に瑞希のことを「美月ちゃん」と言った。
 あれは女装がかわいかったから「瑞希ちゃん」と言ったのか、それとも有名男の娘の美月を指していたのか。
「気にしてもしょうがない」
 瑞希は部屋でアナニーに耽りながら自分なりの結論を出した。
 考えても仕方ないことは考えない。
 とりあえず、富永の母親から美月の正体が広まっているようなことはなさそうだ。

「おー、瑞希、お前こっちの方が似合ってるよ」
 クラスの男達が大喜びで瑞希を迎えた。
 文化祭が終わって最初の登校日。
 瑞希は、女子の制服で登校した。
 普段の日なので化粧はしない。
 校則で化粧が禁止されているからだ。
 クラスメイトは瑞希の女装を歓迎してくれた。
 しかし、快く思わない人もいる。
「あのクラスの女装している生徒は、なんなんだ」
 一部の教師や生徒の話を聞いた保護者からクレームが付いた。
 クレームを受けて、瑞希は母親とともに呼び出しを受けた。
 校長室に続く応接室で話し合いという名のガチンコ勝負が開かれた。
 出席者は、瑞希側は本人と母親、学校側は校長、副校長、生徒指導主任の合計5人。
「当校の校則では、男子と女子でそれぞれ決められた制服を着用することになっています。ですから、瑞希君が女子の制服を着用して登校することは校則違反となります」
 生徒指導主任が現状を説明した。
「それはよく分かっています」
 瑞希の母親が応じる。
「では、まず初めに確認したいのですが、男女が別々の制服を着用する理由、そしてそれに固定される理由をお聞かせください」
 母親は、穏やかな笑顔で生徒指導主任に質問を投げかけた。
「男女にはそれぞれ期待される役割というものがあります。それをはっきりさせるためにも男女別々の制服は必要です。そして、男女の制服を混ぜてしまうと、それが曖昧になってしまうから許されないのです」
 生徒指導主任が額に汗を浮かべながら説明した。
「私服の学校もありますよね。そうなると、今のご説明は成り立たなくなりますが」
 母親は、あくまでもにこやかに追い詰める。
「し、私服でも男女にはそれぞれ着るべき服装というものが社会通念として存在します」
「今はユニセックスもののお洋服もずいぶん増えましたよねえ」
「そ、そうですが……」
 生徒指導主任が言葉に詰まった。
「つまりは、明確な理由はないけど、昔からそうだったからそのまま運用しているということですよね?」
「いえ、ですから男女の役割というものが……」
「私にそれを言いますか」
 母親の目が変わった。
「私はトランスジェンダーで生理学的にはオスの身体です。それでも母親として生活しています。ご覧の通り服装も女性のものを着ています。勤務先の大学病院でも女性として認められています。患者さんからも苦情は一切ありません。これでも生理学的な性による役割分担が固定されているとおっしゃいますか?」
「あ、いえ、大変失礼なことを」
 生徒指導主任は色を失っている。
「性別による服装の強制は、時代遅れの感覚ということです。制服を規定するのは結構なことで有意義だと思います。ですが、制服が複数種あるなら、どの制服を着るかは、生徒の自主性に委ねられるべきと考えます」
 母親は、元の穏やかな表情に戻っていた。
「いや、しかし、現状、校則がそうなっている以上、それに従っていただかなくては校内の秩序が乱れます」

「規則が時代にそぐわないなら、変わるべきは生徒ではなく規則でしょう」

 それまでじっと二人のやりとりを見守っていた校長が口を開いた。
「校長、そんなことを言っていたら生徒がわがまま放題に……」
 生徒指導主任が抵抗した。
「生徒指導というお立場にある先生のおっしゃることも分かります。私たち学校側からすれば、その方が生徒を管理しやすい。ですが、性自認や性の自己決定というのは、とても重要なことです。そのことを学校が抑え付けて潰してしまっていいのか。私はずっと悩んでいました。今回の件でようやく自分としての答えが出せたのです」
 校長は誰に話すともなく、独り言のように書棚を見つめながら自分の考えを吐露した。
「瑞希君、ありがとう」
 校長は瑞希と目を合せてにっこりと微笑み、軽く頭を下げた。
「会則に基づき、校長として生徒会総会並びに臨時PTA総会の招集を求めます」
 校長は、副校長にはっきりとした言葉で下命した。

 校長の要請により、生徒会総会と臨時PTA総会が同時に開催されることとなった。
 体育館には全校生徒と保護者が集まり、ごった返している。
 校長が壇上に上がり、議題の説明を始めた。
「本日、生徒会とPTAの総会を校長の権限により招集いたしました」
「お集まりいただいたのは、すでに議題としてお知らせしているとおり、制服着用に関する校則の改正についてです」
 校長は、聞き漏らしが出ないよう、言葉を区切りながらゆっくりと説明を続ける。
「現在、我が校は、男女別々の制服を規定し、決められた制服を着用することとなっております」
「今般、男子生徒から女子の制服を着用したい旨の真摯な申し出がありました」
「我が校の制服制度は、長い伝統と歴史を有し、いわば学校の誇りであります」
 この言葉を聞いた瑞希が、はっと顔を上げた。
「伝統と歴史を理由に却下の方向に持って行こうっていうのか」
 面談で自分に頭を下げたのは一時しのぎの演技だったのか。
 瑞希は目の前が暗くなっていくのを感じた。
「しかしながら、長い歴史の流れの中で、社会情勢と国民の意識は大きく変わりました」
「みなさんもご存じのとおり、性の感じ方は千差万別。単純な男女に二分できないものであるというのは、もう常識といっていいでしょう」
「恋愛もまた然りです。男が男を好きになる。けっこうです。女が女を好きになる。いいじゃないですか。身体は男でも自分の性を女だと思う人が男を好きになる、あるいは女を好きになる。それもありうることでしょう。また、この逆も当然にあることです」
 体育館の中がざわついた。
 瑞希も、まさか校長がここまで突っ込んだことを言うとは思っていなかった。
 瑞希の隣に座っている富永も目に涙を浮かべて大きく頷いている。
 校長がアリーナに座る生徒と保護者をぐるっと見回す。
 ざわついていた体育館が、しんと静まりかえった。
 みんな校長の次の言葉を固唾を呑んで見守っている。
「このような社会通念の変化に対応すべく、制服の着用に関する校則を次のように改めることをご提案いたします」
「第10条 服装」
「生徒は、本校指定の制服を着用するものとする。ただし、これによることができない場合は、あらかじめ校長の許可を得て、制服と異なる服装を用いることができる」
 改正案の校則がステージ後方のスクリーンにプロジェクターで大きく映し出された。
「校則の改正後も制服は男女二種類を維持します。ですが、この規則によりどちらの制服を着用するかは、生徒本人の自由となります」
「私からの説明は以上です」
 校長が深々と頭を下げて降壇した。
 瑞希と富永は周りから見えないように固く手を繋いで喜びを分かち合った。
「ただいま校長から説明のあった校則の改正に賛成の方の挙手を求めます」
 司会が決を採った。
「異議なし!」
 真っ先に手を挙げたのは富永の母親だった。
「異議なし!」
 続いて瑞希の母親が手を挙げた。
「異議なし」
「異議なし」
 続々と賛成の手が上がる。
 計数役の先生が挙手の数をカウンターで確認する。
 もっとも、計数するまでもなく圧倒的多数で可決されたことは明らかだった。
「採決の結果、本改正案は可決すべきものと決しました」
 司会者の声が上ずっている。
 体育館の中が歓声と拍手に包まれた。
「以上で生徒会総会並びに臨時PTA総会を散会します」
 晴れて瑞希が女子の制服を着て登校できるようになった。
「よかったね」
 富永と瑞希が抱き合って喜んだ。

 校則による男女による制服の縛りが撤廃された後も、校内には少しも混乱がなかった。
 自分が着たい制服を着る。
 それだけのことで、誰に迷惑をかけることでもないからだ。
 瑞希は、基本的に女子の制服で登校したが、ときどき男子にもなった。
「瑞希は、いいよなあ。男にも女にもなれてさ」
 友達からはうらやましがられる。
「みんなも着てみればいいじゃん」
 瑞希が上目遣いに微笑む。

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