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33. 家事労働の刑が終わるとき
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(家事労働の刑が終わるとき)
気がつくと良一が湯川家に来てから1ヵ月になろうとしていた。
この家にも、この家の家事にも、すっかり慣れてきたが、やはりどこかお客さん的な肩苦しさを感じていたのは、ごく自然な事なのかも知れない。
しかし、一人子の良一が二人の姉妹と一緒に、一つ屋根の下に暮らせたことは、幼いときに体験済みとはいえ、思春期の良一には新鮮で、それも年頃の子とあっては、性的欲求と好奇心が騒がないわけがなかった。
紗恵子の湯上り姿にも、妙子の寝起き姿にも、洗濯物のパンツやブラジャーでさえ、胸ときめかしていた。
クラスの男子全員が誰も知らないことを良一は独り占めしていることに優越感を持っていた。
しかし、こんなバラ色の生活が続くことはないと思いながらも、いつまででも続いてほしいと願っていた。
そして、今日が湯川家での最後の夕食の仕度だと思と、寂しいような嬉しいような妙な気分になっていた。
まだ紗恵子の生乳を見てないし、妙子のヌードも見ていない。
もう少しここにいられれば、そのうち何にかの拍子でポロっと見られるのではないかと期待していたのは事実だった。
「良一、嬉しそうねー!」
妙子にとっても家族でもない、それも男良一がいなくなることは正直言ってほっとする。
いつものようにソファーに寝転がり大股広げて背もたれまで足を上げてテレビを見ていても平気だ。
時には風呂上りに裸で廊下に出てもかまわない。
しかし、この寂しさは何だろうと考えていた。
人一倍寂しがりやなせいなのか。
それとも良一を独占できていたものを手放さなければならない悲しさなのか。
妙子は遠く後ろの方から名残惜しそうに良一を見ていた。
良一は買ってきた食材の中から、すぐには使わないものを冷蔵庫の中にしまいながら答えた。
「そ、そんなことないけど……」
「嬉しそうよ! 顔に書いてあるわー!」
思わず手で顔をさわりながら、笑顔をこらえるように妙子の方を見た。
「そうかな……、でも、もうここにいられないと思うと、ちょっと寂しい気がするよ」
良一は再び冷蔵庫の中に顔を入れるようにして、今から調理する常備野菜を捜した。
「それなら、もっとここにいればいいじゃないの?」
妙子の複雑な気持ちの中で今一番言いにくいことを口に出した。
やはり、家の中に他人の男がいては気ままな生活ができない。
それと良一にとっても嫌がる話であると思っていた。
ちょっとした意地悪心が働いた。
「それはあまりにも皆さんにご迷惑だから……」
そう言いながら良一は、ふっと冷蔵庫の中か顔を上げると、裏目しそうな顔をした妙子がすぐそばまで近づいてきていた。
「本当は帰りたいんでしょう?」
覗き込むように良一の顔を見る妙子に少し驚きながら、良一は妙子の目線から逃げるようにして、野菜を抱えながらキチンの洗い場に向かった。
「それに、いつまでもここにいれば、そのうちクラスの誰かに一緒に暮らしていることが、ばれないとも限らないし……」
良一は振り返りながら妙子の姿を捜した。
妙子はテーブルの前の椅子に座りながら良一を見つめていた。
「そうねー! 一緒に暮らしているなんて、結婚しているわけじゃないのに、本当に大変なことよねー」
妙子にもそれは十分わかっていた。
それよりも妙子自身の口から「結婚」という言葉が出たことに驚いていた。
「結婚、……」
もし良一と結婚したら家事はやっぱり良一がせっせと手際よくやるのかなと、良一の家事姿を見ると、時々思い浮かべていたことだった。
でも、今口に出してしまった、この瞬間から結婚という二文字が急に現実味を帯びて、今こうして向き合う二人の間に収まった。
妙子は言い知れぬ緊張に襲われながらも、それでも良一をまっすぐに見詰めていた。
「そうだろう僕なんか、いつ見つかるんじゃないかと思って、毎日冷や汗のかきどうしだったよ。いつまでもこんなにうまくいくわけがないからね。そのうち大きなしっぺ返しがくるよ」
妙子の耳には良一がまったく「結婚」という言葉に動揺しなかったことに、自分への関心のなさと判断して少しむくれた。
しかし、良一にとっては、それを考えない日はなかった。
これこそまさに、この状態が結婚だとは言えなかった。
「誰か好きな人いるの?」
妙子が突然小声で呟いた。
「い、い、いないよ。何でそんなこと……?」
とっひょうしのない妙子の言葉に、良一はようやく動揺しながらも振り返った。
「私のことが嫌いみたいだから。私と一緒にいたくないんでしょう?」
妙子は俯きながら両手で顔を覆い泣く真似を見せた。
良一が妙子に関心を見せなかったことが、妙子の揺らぐ思いを追い詰めていった。
「違うよー! そうじゃないって……」
良一は、それが妙子のいつものウソ泣きとわかってはいたが、このウソ泣きを放っておくと、本当に泣き出してしまい、最後には怒り散らかして収拾がつかなくなることを、幼い時の経験から知っていた。
「そんなー、泣かなくても週末にはまた、お泊まりで遊びに来るからー」
良一は困った顔をして、タオルで濡れた手をふきながら、どうやって機嫌をとろうかと妙子に歩み寄った。
「うそよ! 私のことが嫌いだから早く出て行きたいのよ!」
「だから、そうじゃないってっ!」
「じゃ、私のこと好き……?」
「もちろん好きだよ!」
良一は、しまったと思った。
妙子のウソ泣きとこのセリフの組み立て、小さい頃、何度も経験した妙子の策略だった。
そしてこの後は、私のことが好きだったら、あれやって、これやってと妙子の注文ばかりが続くことになる。
「好きだからこそ、ここにはいられない。湯川さんには、いやな思いはさせられないっ!」
良一は、妙子が次の注文を言う前に先手を取った。
好きだから湯川さんのためと言われては、良一がもしここにい続ければ、妙子を好きでないことになる。
妙子は、そこまで言い放つ良一を、これ以上、ここにとどめおく言葉が見つからなかった。
「好き、……」
妙子は良一が、はっきりと好きだと、何度も言ってることに気が付いた。
好き、好き、妙子は顔を上げながら良一の方を見た。
良一は、いたって真面目な顔で妙子を見ていた。
決してハンサムでもない。たくましくもない。
取り柄のない普通の顔。幼馴染でなかったら絶対相手にしない男。
妙子はそう考えながら、それとは逆に、ほーと心の中に灯がともり、それが徐々に顔のほてりとなって顔を赤く染めた。
それと同時に妙子は、いつもの考えが頭をよぎった。
男なんていつも口先だけ、その場しのぎの言い訳ばっかりと、これは妙子の父だった。
良一も同じような者。本当に好きかどうかはわからない。
「本当に私のこと好き……?」
妙子はテーブルから立ち上がると、良一の正面に向かった。
「もちろだよ。嫌いなわけないじゃないか……」
「それなら私の胸を触って……。前にお姉ちゃんの胸、触ったでしょう……」
さすがに良一の顔を見れずに、妙子は俯いて言った。
「えっ! ……」
良一はその言葉で、体が硬直した。
「証拠を見せてよ!」
妙子は視線を反らし目をつぶって上を見て、胸を前に突き出すようにして小さく一歩進んで良一との間合いを詰めた。
妙子の突然の挑発は良一の胸を高鳴らせ、頭の中を妙子のおっぱいおっぱいで、いっぱいになった。
思わず腕を伸ばして抱き付きたい衝動にかられた。
しかし、目を閉じて顔を上げながら胸を突き出して立っている妙子を見て、これは罠だと言うことは間違いなかった。
妙子は胸を触らすことで、好きだという証拠と、もう一度家事労働の刑を良一にやらせる口実にするつもりだ。
しかし、もし良一が妙子の胸を触らなければ、良一が妙子のことを嫌いだということになる。
そんなことになれば、もう二度と口をきいてもらえなくなると良一は思った。
「早く、どうするのよ!」
妙子のせかす声が、思案に暮れている良一の右手を少しだけ前に押し出した。
どちらにしても妙子の捨て身の罠からは逃げられない。
それなら家事労働の刑であろうと、何であろうとかまわないから、妙子の胸をおもいっきり触りたい。
徐々に伸びていく手は、あと1センチというところまで迫っていた。
「ただいまー!」
その時、突然玄関のドアの開く音がした。
妙子は、慌てて良一の伸びた手を掴み自分の胸に押し当てた。
「キャー!」と、声より先に胸をかばうようにして一歩その場から飛びのいた。
良一も慌てて腕を引っ込めて妙子から目線をそらした。
間もなく紗恵子が入ってくると……
「お姉ちゃん、良一が私の胸を触った!」
良一は事実と違う報告に驚いて……
「僕はまだ触ってないよ!」
「触ったじゃない!」
「あれは、妙ちゃんが無理矢理手で押し付けたから……、事故だよ!」
「事故でも何でも触ったことは、触ったことよ!」
そのふたりのやり取りに紗恵子も呆れて……
「何やってんの? 楽しそうねー!」と、言いながら冷蔵庫からウーロン茶を取り出した。
妙子は、何の動揺も見せない紗恵子にいらだちながらも、なおも訴えかけて同情を求めた。
良一は、妙子にはかなわないと思いながらも一瞬ではあったが、幼児期とは違う妙子の柔らかな胸の感触を思い出していた。
「いいっ! これで家事労働の刑は今日から、もう1ヵ月間延長だからね!」
妙子は、良一に面と向かって言い放った。
「妙子、良一君の刑は2ヵ月よ! 夜這いの次の夜も私の胸を触ったから……」
「うそっ! 私、訊いてない! どういうことよ! 良一?」
「いや……、あれは事故で……」
良一自身そのことを忘れていた。
忘れていたというよりも、あれは紗恵子との二人の秘密で、秘密といっても勝手に良一が思い込んでいただけであって、今暴露されるとは思ってもみなかった。
「また、事故なのー! そんな言い訳、通じるわけないでしょうっ! 他にどんなことしたのよ。全部話しなさいよ!」
「他にも何も、ちょっと触れただけだよー」
「うそ!どこまでやったのよ?」
「本当だよっ! どこも何もやってないから……」
追い詰められていく良一が少し可哀想になったのか紗恵子はかばうように言った。
「何いってるのー! 妙子だって今やったじゃない。私は妙子のためを思って触らせてあげたのよ」
「私は、そんなつもりじゃないわよっ! もういい、じゃ良一、これで家事労働の刑は後2ヵ月やってもらうからね!」
「ええ、鬼っ! でも……、何かそういうのいやだな、援助交際みたいで……」
妙子の一方的な攻撃に対抗して、良一も少し反撃しようと思って、衝撃的な言い難いことを口にした。
「失礼ねっ! こんなこと良一でなければやらないわよっ!」
そう言って妙子は階段を駆け上がり自分の部屋に消えていった。
突然の妙子の捨てセリフは、良一には理解できなかったようであったが、紗恵子はそれを見逃さなかった。
「どうやら、妙子も良一君のことが好きになったようね。手ごわいライバルだ……」
「そうですか? 僕には家事がしたくないだけのように見えますが……」
「でも、それだけで体まで許さないでしょう……」
「その言い方も引っかかりますが、ちょっと胸を触っただけですよー!」
「私も言わせてもらいますけどねー! 好きな男でなかったら、手でも胸でも触らせないわよ!」
その言葉が紗恵子の告白になった。
しかし、哀れなことに良一はまたも聞き流してしまった。
良一は返す言葉も見当たらず、長い出口の見えないトンネルの中に居る気分だった。
五月の風に吹かれて、散歩道
五月の風に揺れて一凛の花
赤いバラの綺麗な花
そっと摘まんで持ち帰りましょう
いえいえ、それはできません
バラの棘には、恋に落ちるという
魔法の薬が仕込まれているから……
気がつくと良一が湯川家に来てから1ヵ月になろうとしていた。
この家にも、この家の家事にも、すっかり慣れてきたが、やはりどこかお客さん的な肩苦しさを感じていたのは、ごく自然な事なのかも知れない。
しかし、一人子の良一が二人の姉妹と一緒に、一つ屋根の下に暮らせたことは、幼いときに体験済みとはいえ、思春期の良一には新鮮で、それも年頃の子とあっては、性的欲求と好奇心が騒がないわけがなかった。
紗恵子の湯上り姿にも、妙子の寝起き姿にも、洗濯物のパンツやブラジャーでさえ、胸ときめかしていた。
クラスの男子全員が誰も知らないことを良一は独り占めしていることに優越感を持っていた。
しかし、こんなバラ色の生活が続くことはないと思いながらも、いつまででも続いてほしいと願っていた。
そして、今日が湯川家での最後の夕食の仕度だと思と、寂しいような嬉しいような妙な気分になっていた。
まだ紗恵子の生乳を見てないし、妙子のヌードも見ていない。
もう少しここにいられれば、そのうち何にかの拍子でポロっと見られるのではないかと期待していたのは事実だった。
「良一、嬉しそうねー!」
妙子にとっても家族でもない、それも男良一がいなくなることは正直言ってほっとする。
いつものようにソファーに寝転がり大股広げて背もたれまで足を上げてテレビを見ていても平気だ。
時には風呂上りに裸で廊下に出てもかまわない。
しかし、この寂しさは何だろうと考えていた。
人一倍寂しがりやなせいなのか。
それとも良一を独占できていたものを手放さなければならない悲しさなのか。
妙子は遠く後ろの方から名残惜しそうに良一を見ていた。
良一は買ってきた食材の中から、すぐには使わないものを冷蔵庫の中にしまいながら答えた。
「そ、そんなことないけど……」
「嬉しそうよ! 顔に書いてあるわー!」
思わず手で顔をさわりながら、笑顔をこらえるように妙子の方を見た。
「そうかな……、でも、もうここにいられないと思うと、ちょっと寂しい気がするよ」
良一は再び冷蔵庫の中に顔を入れるようにして、今から調理する常備野菜を捜した。
「それなら、もっとここにいればいいじゃないの?」
妙子の複雑な気持ちの中で今一番言いにくいことを口に出した。
やはり、家の中に他人の男がいては気ままな生活ができない。
それと良一にとっても嫌がる話であると思っていた。
ちょっとした意地悪心が働いた。
「それはあまりにも皆さんにご迷惑だから……」
そう言いながら良一は、ふっと冷蔵庫の中か顔を上げると、裏目しそうな顔をした妙子がすぐそばまで近づいてきていた。
「本当は帰りたいんでしょう?」
覗き込むように良一の顔を見る妙子に少し驚きながら、良一は妙子の目線から逃げるようにして、野菜を抱えながらキチンの洗い場に向かった。
「それに、いつまでもここにいれば、そのうちクラスの誰かに一緒に暮らしていることが、ばれないとも限らないし……」
良一は振り返りながら妙子の姿を捜した。
妙子はテーブルの前の椅子に座りながら良一を見つめていた。
「そうねー! 一緒に暮らしているなんて、結婚しているわけじゃないのに、本当に大変なことよねー」
妙子にもそれは十分わかっていた。
それよりも妙子自身の口から「結婚」という言葉が出たことに驚いていた。
「結婚、……」
もし良一と結婚したら家事はやっぱり良一がせっせと手際よくやるのかなと、良一の家事姿を見ると、時々思い浮かべていたことだった。
でも、今口に出してしまった、この瞬間から結婚という二文字が急に現実味を帯びて、今こうして向き合う二人の間に収まった。
妙子は言い知れぬ緊張に襲われながらも、それでも良一をまっすぐに見詰めていた。
「そうだろう僕なんか、いつ見つかるんじゃないかと思って、毎日冷や汗のかきどうしだったよ。いつまでもこんなにうまくいくわけがないからね。そのうち大きなしっぺ返しがくるよ」
妙子の耳には良一がまったく「結婚」という言葉に動揺しなかったことに、自分への関心のなさと判断して少しむくれた。
しかし、良一にとっては、それを考えない日はなかった。
これこそまさに、この状態が結婚だとは言えなかった。
「誰か好きな人いるの?」
妙子が突然小声で呟いた。
「い、い、いないよ。何でそんなこと……?」
とっひょうしのない妙子の言葉に、良一はようやく動揺しながらも振り返った。
「私のことが嫌いみたいだから。私と一緒にいたくないんでしょう?」
妙子は俯きながら両手で顔を覆い泣く真似を見せた。
良一が妙子に関心を見せなかったことが、妙子の揺らぐ思いを追い詰めていった。
「違うよー! そうじゃないって……」
良一は、それが妙子のいつものウソ泣きとわかってはいたが、このウソ泣きを放っておくと、本当に泣き出してしまい、最後には怒り散らかして収拾がつかなくなることを、幼い時の経験から知っていた。
「そんなー、泣かなくても週末にはまた、お泊まりで遊びに来るからー」
良一は困った顔をして、タオルで濡れた手をふきながら、どうやって機嫌をとろうかと妙子に歩み寄った。
「うそよ! 私のことが嫌いだから早く出て行きたいのよ!」
「だから、そうじゃないってっ!」
「じゃ、私のこと好き……?」
「もちろん好きだよ!」
良一は、しまったと思った。
妙子のウソ泣きとこのセリフの組み立て、小さい頃、何度も経験した妙子の策略だった。
そしてこの後は、私のことが好きだったら、あれやって、これやってと妙子の注文ばかりが続くことになる。
「好きだからこそ、ここにはいられない。湯川さんには、いやな思いはさせられないっ!」
良一は、妙子が次の注文を言う前に先手を取った。
好きだから湯川さんのためと言われては、良一がもしここにい続ければ、妙子を好きでないことになる。
妙子は、そこまで言い放つ良一を、これ以上、ここにとどめおく言葉が見つからなかった。
「好き、……」
妙子は良一が、はっきりと好きだと、何度も言ってることに気が付いた。
好き、好き、妙子は顔を上げながら良一の方を見た。
良一は、いたって真面目な顔で妙子を見ていた。
決してハンサムでもない。たくましくもない。
取り柄のない普通の顔。幼馴染でなかったら絶対相手にしない男。
妙子はそう考えながら、それとは逆に、ほーと心の中に灯がともり、それが徐々に顔のほてりとなって顔を赤く染めた。
それと同時に妙子は、いつもの考えが頭をよぎった。
男なんていつも口先だけ、その場しのぎの言い訳ばっかりと、これは妙子の父だった。
良一も同じような者。本当に好きかどうかはわからない。
「本当に私のこと好き……?」
妙子はテーブルから立ち上がると、良一の正面に向かった。
「もちろだよ。嫌いなわけないじゃないか……」
「それなら私の胸を触って……。前にお姉ちゃんの胸、触ったでしょう……」
さすがに良一の顔を見れずに、妙子は俯いて言った。
「えっ! ……」
良一はその言葉で、体が硬直した。
「証拠を見せてよ!」
妙子は視線を反らし目をつぶって上を見て、胸を前に突き出すようにして小さく一歩進んで良一との間合いを詰めた。
妙子の突然の挑発は良一の胸を高鳴らせ、頭の中を妙子のおっぱいおっぱいで、いっぱいになった。
思わず腕を伸ばして抱き付きたい衝動にかられた。
しかし、目を閉じて顔を上げながら胸を突き出して立っている妙子を見て、これは罠だと言うことは間違いなかった。
妙子は胸を触らすことで、好きだという証拠と、もう一度家事労働の刑を良一にやらせる口実にするつもりだ。
しかし、もし良一が妙子の胸を触らなければ、良一が妙子のことを嫌いだということになる。
そんなことになれば、もう二度と口をきいてもらえなくなると良一は思った。
「早く、どうするのよ!」
妙子のせかす声が、思案に暮れている良一の右手を少しだけ前に押し出した。
どちらにしても妙子の捨て身の罠からは逃げられない。
それなら家事労働の刑であろうと、何であろうとかまわないから、妙子の胸をおもいっきり触りたい。
徐々に伸びていく手は、あと1センチというところまで迫っていた。
「ただいまー!」
その時、突然玄関のドアの開く音がした。
妙子は、慌てて良一の伸びた手を掴み自分の胸に押し当てた。
「キャー!」と、声より先に胸をかばうようにして一歩その場から飛びのいた。
良一も慌てて腕を引っ込めて妙子から目線をそらした。
間もなく紗恵子が入ってくると……
「お姉ちゃん、良一が私の胸を触った!」
良一は事実と違う報告に驚いて……
「僕はまだ触ってないよ!」
「触ったじゃない!」
「あれは、妙ちゃんが無理矢理手で押し付けたから……、事故だよ!」
「事故でも何でも触ったことは、触ったことよ!」
そのふたりのやり取りに紗恵子も呆れて……
「何やってんの? 楽しそうねー!」と、言いながら冷蔵庫からウーロン茶を取り出した。
妙子は、何の動揺も見せない紗恵子にいらだちながらも、なおも訴えかけて同情を求めた。
良一は、妙子にはかなわないと思いながらも一瞬ではあったが、幼児期とは違う妙子の柔らかな胸の感触を思い出していた。
「いいっ! これで家事労働の刑は今日から、もう1ヵ月間延長だからね!」
妙子は、良一に面と向かって言い放った。
「妙子、良一君の刑は2ヵ月よ! 夜這いの次の夜も私の胸を触ったから……」
「うそっ! 私、訊いてない! どういうことよ! 良一?」
「いや……、あれは事故で……」
良一自身そのことを忘れていた。
忘れていたというよりも、あれは紗恵子との二人の秘密で、秘密といっても勝手に良一が思い込んでいただけであって、今暴露されるとは思ってもみなかった。
「また、事故なのー! そんな言い訳、通じるわけないでしょうっ! 他にどんなことしたのよ。全部話しなさいよ!」
「他にも何も、ちょっと触れただけだよー」
「うそ!どこまでやったのよ?」
「本当だよっ! どこも何もやってないから……」
追い詰められていく良一が少し可哀想になったのか紗恵子はかばうように言った。
「何いってるのー! 妙子だって今やったじゃない。私は妙子のためを思って触らせてあげたのよ」
「私は、そんなつもりじゃないわよっ! もういい、じゃ良一、これで家事労働の刑は後2ヵ月やってもらうからね!」
「ええ、鬼っ! でも……、何かそういうのいやだな、援助交際みたいで……」
妙子の一方的な攻撃に対抗して、良一も少し反撃しようと思って、衝撃的な言い難いことを口にした。
「失礼ねっ! こんなこと良一でなければやらないわよっ!」
そう言って妙子は階段を駆け上がり自分の部屋に消えていった。
突然の妙子の捨てセリフは、良一には理解できなかったようであったが、紗恵子はそれを見逃さなかった。
「どうやら、妙子も良一君のことが好きになったようね。手ごわいライバルだ……」
「そうですか? 僕には家事がしたくないだけのように見えますが……」
「でも、それだけで体まで許さないでしょう……」
「その言い方も引っかかりますが、ちょっと胸を触っただけですよー!」
「私も言わせてもらいますけどねー! 好きな男でなかったら、手でも胸でも触らせないわよ!」
その言葉が紗恵子の告白になった。
しかし、哀れなことに良一はまたも聞き流してしまった。
良一は返す言葉も見当たらず、長い出口の見えないトンネルの中に居る気分だった。
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