カタリーナのお店の人々

マッシ

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28. キー子の母、夏子の旅立ち

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(キー子の母、夏子の旅立ちと『銀河鉄道の夜』)

 金曜日……、朝から雨が降っていた。
 夜、遅くになって、キー子から電話があった。
 朝、救急車で病院に運ばれて、夜、今さっき、夏子さんが、旅立ったという……
 キー子は、泣いていなかった。とても、静かな旅立ちだったという……

 土曜日の朝、……
 私は、母に頼んで、勉が来る朝の間だけ、店を開けることにしてもらった。
 豪華ランチはなしで、午前十一時には閉店する。
 そして、今日の午後と明日と月曜日は臨時休業になった。
 母とお姉さんは、朝早くからキー子の家に行った。
 勉はいつもの通り、やって来た。
「……、キー子のお母さん、昨日の夜、亡くなったの……」
「……、ホンと、……、残念だったね……」
「それで、私のお母さんも、お姉さんも、お手伝いでキー子の所に行っているのよ……、だから、月曜日まで臨時休業……」
 私は、勉が店に来ると、お姉さんが用意してくれた『ご不幸のため月曜日まで臨時休業』の張り紙を入り口に張った。
「僕がまだいていいの……?」
「いいわよ、本当は十一時まで開いていることになっているから、でも貴方とちょっとお話ししたいから……、もう、閉店にしたのよ……」
 私は、コーヒーとサンドイッチを作りにキッチンに戻った。
 勉しかいない店、二人っきりなんて、ちょっと緊張するな……
 二階に誘ってしまいそうな自分を抑えて、コーヒーとサンドイッチをテーブルに持っていった。
 持っていくと、勉の視線に驚いた……
「……、あれー、お姉さんの裸婦、まだ掛かっていたのね……」
「……、いい絵だねー、ハナちゃんとお姉さん、……、とても楽しそうだ……」
「……、えー、お姉さんはともかく、何でハナちゃんを知っているの……?」
「君が、ハナちゃんとお姉さんが愛し合っていたって言っていたよ……、でも、お姉さんの裸婦は、初めて見た……」
「お姉さんの方は、ハナちゃんが描いたのよ」
「そうー、凄いね……、二人の気持ちが一つになっているように見える……、熟年夫婦のあうんの呼吸かな……、愛し合っていたことが良く分かるよ」
「……、それなら、ちょうど良かったわ……、訊きたいことって言ったのは、ハナちゃんのことなの……」
 私は、持ってきた二人分のコーヒーとサンドイッチをテーブルに置いてから、勉の前に座った。
 私は、何から話そうか迷っていた。
 それよりも、話していいことなのか、それすら迷っていた。
 迷いながら、ケチャップたっぷりの卵焼きサンドを一つ取った。
 勉も卵焼きサンドを一つ取った。
「……、私、ハナちゃんに、先々週、ハナちゃんの絵をここに掛けたときに、逢っているのよ。それで、ちゃんとこの絵を飾っていいのか許可も得ているのよ……」
「……、そう、こんな素晴らし絵が見られてよかったよ。前にハナちゃんの絵が寂しそうって言ったけど、お姉さんの絵と並べると、ハナちゃんもお姉さんも生き生きしていて、これから楽しいことが始まる予感が伝わってくるよ……」
「でも、……、でも、ハナちゃん、三年前に死んでいるのよ……、私、逢えるわけ、ないじゃない……」
「……、そうなんだ……」
「……、これって、どういうこと……、私、夢でも見ていたの……?」
「……、『銀河鉄道の夜』って知っている……?」
「……、本で読んだことはないけど、テレビや、映画で良く知っているわ……」
「ジョバンニとカンパネルラ、きっと君はジョバンニなんだ……」
「どう言うこと……」
「……、この店が、銀河鉄道なんだ……」
「……、だから、どう言うこと……?」
「……、銀河鉄道の客車の中だよ……」
「……、分からないわ……?」
「……、きっと、元刑事のお爺さんは、鳥を捕まえて売る商売の人だよ。化石を掘っている大学教授もいるよ。そして、蠍の話をする少女……、きっとハナちゃんは、カンパネルラだよ……」
「だから、みんな死んでいるの……? 死んでいても、このカタリーナの中では、……、逢えるというの……?」
「……、そう、死んでいても、人生は続くんだ……、みんな、この生きていた世界に思いを残した人ばかりだ……、それで、カタリーナと言う銀河鉄道に乗って揺られながら、これか何処に行くのか、何をしたいのか、繰り返し、繰り返し、考えているんだ……」
「じゃー、貴方は、銀河鉄道の誰なの……?」
「……、僕は、蠍の話をした少女だよ……」
「……、可笑しいわ、貴方、男じゃない……」
「……、蠍の話をした少女は、死んでも、人の幸いのために生きる道をジョバンニに語ったんだ……、僕が、君に話したように……、僕は、男だけどね……」
「えー、……、私、まだ貴方から、蠍の話を聞いていないわ……?」
「君は、もう知っているよ……、人の幸いのために生きることを……」
「違うわー、かいかぶりよー、私は蠍になって生きていない……」
「……、ハナちゃんが言っていた。君が欲しいって……、君は、お姉さんに負けないくらい、優しい心を持っているんだね……、それに、優しさは、強さなんだ、強くなければ、人に優しくできない……、君はやっぱり、蠍なんだ……」
「ハナちゃんに逢ったの……?」
「昨日、君たちが裸でいた頃、ハナちゃんは、ここにいたんだよ……」
「あ、あ、あなた……、ここにいて、私の裸を見ていたの……?」
「……、いや、……、その……、ちょっとだけだよ……」
「……、うそー、しっかり見ていたんでしょうー、ずーっと見ていたんでしょうー」
「……、いや、その……、ごめん……、黙って見ていたけど……、でも、それで、僕は決心がついたんだ……、サザンクロスで銀河鉄道を降りるよ……」
「……、降りるって、どう言うことなの……?」
「サザンクロスは、天国の入り口じゃないんだよ。また、この世界に生まれ変わるための入り口なんだ。それで、僕は、君のお腹の中から生まれ変わる。それで、君のおっぱいを吸って大きくなるんだ……」
「あ、あなた、……、私のおっぱいが目当てなのねー」
「……、いや、そうかもしれないけど……、絵だけを見ていては分からない、本物を触らないと駄目だとハナちゃんに言われたんだ……」
「何よー、そんなの……、サザンクロスで降りなくても、おっぱいくらい私が吸わせてあげるわよー」
「……、いや、まだ、小さいから……」
「小さいって言ったわねー、でも人参くらい入るわよー」
「すー、凄いねー、でも、僕は降りるよ……、今日、君に逢えて、お話しできてよかったよ。これ、宮沢賢治の全集、君にあげるよ……」
 勉は、全集をテーブルの上に置くと、その上にコーヒーとサンドイッチ代を乗せてから、立ち上がって、入り口に向かおうとした。
「もう、帰っちゃうの……? 私の胸、触らなくてもいいの……?」
「……、君のお腹の中から生まれた時のお楽しみに取っておくよ……」
「カタリーナの怪談物語はどうなるのよ……?」
「……、それは、これから君が、体験することだよ……、『銀河鉄道の夜』も、未定稿で終わっているんだ……」
 それだけ言うと、勉は店を出て行った。
「……、バカねー、……、今日なら、二階で、一緒に寝てあげてもよかったのに……」

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