カタリーナのお店の人々

マッシ

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36. 勉の母とカタリーナ

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(勉の母とカタリーナ)

 土曜日……、残暑厳しく、今日も、暑い……
 今日も、暇な店に、ぼーっと立っていると、細身の美しいご婦人が私の所にやって来た。
「小百合さん、……、勉がいつもお世話になっています……」
「えー、勉君のお母さん……?」
 彼女は、にこにこ美しい笑顔で、話していた。
 でも、私は何から話していいのか分からず、笑顔を返しながら黙っていた。
「……、ケーキの注文て、できますか……?」
「……、ケーキと言っても、気まぐれケーキで、その日に作ったロールケーキ一種類しかないんですよ……」
「そうなんですね……、明日、できたらフルーツロールケーキが欲しいんですけど、どれだけでも、かまわないのですが……、勉が好きだったので……」
「最近、見かけませんが、元気ですか……?」
「……、勉は、卒業した春休みの時に、亡くなりました……、もともと心臓に病気を持っていたので……」
 彼女の笑顔が消えた……
 私も、分かってはいたが、もしかすると、勝手な想像だったかもしれないと思って、疑って否定して希望を持っていたことも事実だった。
 でも、今、お母さんの口から真実を聞いて、砕かれた希望に未練はなかった。
「そうなんですね……、前は、良く店に来ていたんですよ……」
 私は、涙が出そうになって、慌てて、お母さんの前から、いつも勉が座っていた場所まで移動した。
「いつも、ここに座って、宮沢賢治の本を読んでいたんでよ……」
 棚に置いてあった本を手に取って、お母さんに向けて見せた。
 お母さんは、私の所まで来てくれて、その本を手に取って見た。
「……、ここにあったんですね……、宮沢賢治全集の第六巻、探していたんです……」
「えー、そうだったんですね……、すみません……、私にくれるとか言って、置いていったから、でも、また店に来たら、読んでもらおうと思って、ここに置いていたんです……」
「いえ、そうだったんですね……、去年の勉の誕生日に買ってあげたものなんです……」
「……、そうだったんですね……、どうぞ、持って行ってください」
「いえ、勉が、貴女にあげたものなら、ここに置いてやってください……」
「いいんですか……? 探していたのに……」
「いえ、勉が欲しがっていたので、私もどんな本かと思って、勉の部屋で一巻から、ずーっと読んでいたんです。でも、六巻がなくって、何処にやってしまったのか探していただけですから、……、勉がここに持ってきて読んでいたんですね……」
 お母さんは、勉がいつも座っていた椅子に座って、全集をペラペラ捲って見ていた。
 きっと、勉の気持ちを感じたかったように見えた……
 そして、不意に顔を上げて……
「奇麗な絵ですね……」
「……、ここのオーナーの私の叔母さんが描いた絵ばかりなんですよ……、勉君はこの席が好きだったみたいで、いつもここの席に座って、本を読んでいました……」
「……、そうなんですね、私も分かる気がします……、いつも何を注文していたんですか?」
「……、いつもコーヒーとミックスサンドイッチでした……」
「……、私もコーヒーとミックスサンドイッチ、もらえますか……?」
「はい、今すぐにお持ちします……」
 私は、アイスコーヒーを出そうと思ったが、勉がいつも飲んでいたホットコーヒーとミックスサンドイッチを持って行った。
「……、これを飲みながら、食べながら、本を読んでいました……」
 お母さんは、卵焼きサンドを一つ取った……
「私も、時々、一緒に座って、勉君の作ったお話を聞いていたんですよ」
「……、勉の作ったお話……? よかったら、一緒に座らない……?」
 私は、お母さんの前の席に座った。勉がいた時と同じように……
「子熊と少年が仲良くなって、でも、子熊も大人になって、少年も青年になって、それでも仲良く遊んでいて、ある時、猟師に青年に襲い掛かっている熊と間違われて撃たれて殺されてしまうんです……」
「……、私、その話を知っているわ……、勉の部屋を見ていたとき、宮沢賢治全集の横にプリントして綴じられた本があったの……、でも、表紙も題もなかったのよ……、書きかけだったのかな……」
「……、彼、余りにも悲しい結末で、書くのがいやになったそうです……、私に言ってました」
「……、そうだったんですね……」
「……、それなら、熊は撃たれても死なずに、それからも仲良く過ごしましたって、幸せな結末にすればよかったのにね……」
「そうね……、でも、きっと熊は、勉自身だったのよ……、いつか病気に殺されるって、思っていたのかもしれないわ……」
 お母さんは、涙をハンカチで拭いた……
「ごめんなさい……、まだ慣れなくて……、勉がいない生活に……、一人っ子だったから、よけいに寂しくて……」
「……、そう、ですよね……、私もなんです……、私、勉君、好きでした……」
「中学校で、同じクラスで、でも、中学校では、あまり話したことなかったんですよ。でも、店に来るようになって、この席で一緒に座って、宮沢賢治の話なんかよく聞いて、いつの間にか好きになっていました……、お店以外では会ったことないんですよ。カタリーナだけの付き合いでした……」
「……、勉、そんなに良く来ていたのね……?」
「はい、私の家……、この店の前なんです。この店の駐車場の横が私の家で、家にいるよりもこの店にいる方が多いくらいです。私の母もこの店を手伝っていますし……、ここは母の実家でもあるんです……」
「そうなの……、勉も貴女のことが好きだったみたいね……」
「……、えー、そうですか……?」
 それは、知っていたこと……、でも、お母さんには、驚いて見せた……
「勉の部屋に、大きな縫いぐるみのお人形が置いてあったのよ……、女の子で髪が、今の小百合さんのような感じなのよ。それで自分で作ったみたいなの……、女の子みたいなことをしてって、思っていたけど……、小百合さんに逢って分かったわ……、あのお人形は、小百合さんなのね……、きっと一緒にいるつもりで、お話していたと思うわ……」
「そうなんですか……? そんなことは訊いていなかったですけど……」
「でもね……、今、あの子の部屋に入ると、誰もいない寂しい部屋なのに、お人形が一人いるだけで、寂しい気持ちを和ましてくれるの……、大きくて可愛いお人形なのよ……」
「……、勉君、ロボットを作るのが夢だったそうです。きっと、寂しい気持ちを和ましてくれるロボットを作りたかったんでしょうね……」
「……、そうね……、……」
 お母さんは、また涙ぐんでしまった。
「……、そうそう、それで、明日、勉の誕生日なんです……、それで、フルーツロールケーキを食べさせたいと思いまして……、亡くなる少し前の日に、フルーツロールケーキが無かったって言って帰って来たことがありまして……、何故か思い出してしまいました……」
「そんなことが、あったんですね……」
「……、ロールケーキ、私も作れるんですよ……、明日、私が作って、お届けします……、私も勉君に逢いたいので……」
「……、そうですか……、お手数をおかけします……」
「それで、時間を明日の朝の九時にしてもらっていいですか? 朝早いですが、勉君が、いつも店に来ていた時間なんです……」
「えー、えー、いつでもかまいませんよ……」
「家って、何処ですか……?」
「そんなに遠くなく、中学校の傍なんですよ……」
「……、そうだったんですね……」
「では、明日、お届けします……」
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