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33. 二人の登山
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(二人の登山)
二人が雪渓の横の秋道を歩くころには、太陽は高く登っていた。
雪渓は夏の盛りを過ぎるころ、大部分の雪渓の上は歩けなくなる。
雪渓が緩んでクレパスができたり、緩んだ雪の上を石が転がったりして危険だからだ。
そのため雪渓の横の尾根沿いに、階段状に整備された道が秋道と言われている。
「わたし、秋道、嫌いなのよー」
雪渓よりも一段高い尾根沿いを行くので、階段は急勾配で険しい。
その上、険しさを緩くするために、幾重にもジグザクに折り返して階段は連なっている。
「確か、十五年前もそう言っていたよね……」
「あーあー、ひとこと言ってくれたら、雪渓の秋道はやめなさいって、言えたのに……」
「……、そうだねー」
誠は加代のつまらない話にも頷いた。
「今ごろ、真理子だって、秋道の厳しさに音を上げながら、後悔しているわよ!」
「……、そうだねー」
誠は、もう一度、頷いた。
「……、ここ、見晴らしがいいから、少し休んでいこうー」
誠は振り返って後ろを眺めた。
「そうね、いつもここだったわね……」
加代も、振り返って絶景を眺めた。
青空が、白い雪渓を眩しく照り返している。
下を見ると、V字にえぐられている景色が遠くまで見える。
「リュック、下ろしてもいいよ。小休止だ……」
「……、あー、嬉しいー」
加代はリュックを下ろすと、大きく背伸びをして、リュックから水筒とチョコレートを出した。
「でも、加代さん、いつでも山に行けるように準備はしてあったんだねー」
「……、そうね、昔からの癖かな、準備がしてあると、いつでも山に行けると思って、心が落ち着けるのよ。山とわたしの絆みたいなものね。非常持ち出し袋にもなるしね……」
「山、ほんとうに好きだったんだねー」
「……、三人で、ずうっと一日中、一緒にいられるのが嬉しかったのよ。満天の星を見て、コーヒー飲んで、ソーセージ焼いて、楽しかったわねー」
加代は、遠くを見ながら思い出して微笑んでいた。
「満月の山、散歩したり……」
誠は、満月に照らされていた、いつもよりも大人に見えた加代の嬉しそうな笑顔を思い出していた。
「そう、今日、そろそろ満月じゃないかしら……? また、光る山、見たいわー」
そう言ってはしゃぐ、加代の笑顔の横顔が、眩しい……
「頂上でも晴れているといいわねー」
「きっと晴れているよ!」と、誠はペットボトルのお茶を飲んだ。
「でも、どうして、今になって、あの子たち山に行ったのかしら……?」
加代は、また眼下の絶景を眺めながら言った。
「関係あるかどうかは知らないけど、雪子ちゃんが、もうじきいなくなるそうだよ……」
誠は、言った先から、言ってはいけない事かもしれないと、思い返していた。
「ほんと、それは一大事ね……」
加代は急に振り返り、もう一度、誠を見た。
「それで僕たちを早く、くっつけたかったんじゃないかな……? ふたりのロッテのように……」
誠は、もう一口お茶を飲みながら、眼下に広がる雪渓と山々を眺めた。
「……、そのことを真理子は知っているのー?」
「いや、知らないと思う。だから、僕に知らせに来たんだと思うから……」
「誰に訊いたの?」
「牡丹雪の雪女、お雪さん……」
「あなたを吹雪の中から助けたという人……?」
「そうだけど、その話、誰から訊いた……?」
「……、真理子」
「雪女に逢った話を、他の人に言ってはいけないんだ。命を吸い取りに来るから……」
「真理子もそう言って、話していたわ……」
「それは、ぜんぜん秘密になっていないねー」
「でも、あなたも今、話したじゃない。牡丹雪のお雪さん……」
「……、ほんとうだ!」
二人は、顔を合わせて笑った。
「でも、わたしも逢ってみたいな、綺麗な人なんでしょう……?」
加代は、チョコレートを一つ口に入れた。
「そう、綺麗な人、でも逢わなくてもいいよ。鏡を見れば……」
「……、何で鏡……?」
「加代さんにそっくりだから、それで、髪は黒く胸まであって、サラサラで、雰囲気はちょっと怖いけどね……」
「綺麗な人、わたし、ありがとう……」
加代は、誠にもチョコレートを袋さら渡した。
「でも、本当にそっくりなんだ……」
誠は、チョコレートを一つ取って、残りを加代に渡した。
「そう言えば、真理子と雪子ちゃんも顔立ち、よく似ているわねー」
「ほんとうに……」
誠は、頷いて笑って見せた。
「わたしの先祖、雪女だったかも……? だから、山が恋しくなるのよねー」
加代は、また遠い山をを見下ろした。
「そうかもね……」
誠は、一言いっただけだった。
「それで、彼女には、みんなお見通しなのねー」
「多分、雪子ちゃんがいなくなった後の、真理子ちゃんの助けになってほしいと知らせに来たんだと思うよ。僕たちに……」
「……、誠さん、ひとつ謝らなければならないことがあるわー」
加代は、誠を見ずに俯いて言った。
「……、何?」
「わたしね、真理子から聞いていたの。誠さんがわたしのことを好きでいることを……」
「え、どうして真理子ちゃんが……?」
「雪子ちゃんから訊いたって言っていたわ。あなた、雪の中で叫んだでしょう……」
「いや、叫ばないけど、これで死ぬのかなって思ったとき、あの時のキャンプの君の白いパンツを思い出したんだ……」
「も―うー、誠さんて、そんなとこしか見ていないのねー」
加代は、視線を拳に変えて、誠にぶつけた。
「いや、今日はパンツもはいてなかったし……」
加代は、手を拳に変えて、腕を振って誠にぶつけた。
「……、だから私、誠さんの気持ち知っていたの。だから、もう一度やり直せると思った……」
加代は、話の終わりに、誠を見た。
「僕も加代さんの気持ち、知っていたよ……」
「……、雪子ちゃんから訊いたのー?」
「いや、あの晩のホテルで、君が、僕の前で急に服を脱いだとき、僕を好きでいてくれると思った……」
「……、あたりね!」
二人、顔を見合わせて、微笑んだ。
二人が雪渓の横の秋道を歩くころには、太陽は高く登っていた。
雪渓は夏の盛りを過ぎるころ、大部分の雪渓の上は歩けなくなる。
雪渓が緩んでクレパスができたり、緩んだ雪の上を石が転がったりして危険だからだ。
そのため雪渓の横の尾根沿いに、階段状に整備された道が秋道と言われている。
「わたし、秋道、嫌いなのよー」
雪渓よりも一段高い尾根沿いを行くので、階段は急勾配で険しい。
その上、険しさを緩くするために、幾重にもジグザクに折り返して階段は連なっている。
「確か、十五年前もそう言っていたよね……」
「あーあー、ひとこと言ってくれたら、雪渓の秋道はやめなさいって、言えたのに……」
「……、そうだねー」
誠は加代のつまらない話にも頷いた。
「今ごろ、真理子だって、秋道の厳しさに音を上げながら、後悔しているわよ!」
「……、そうだねー」
誠は、もう一度、頷いた。
「……、ここ、見晴らしがいいから、少し休んでいこうー」
誠は振り返って後ろを眺めた。
「そうね、いつもここだったわね……」
加代も、振り返って絶景を眺めた。
青空が、白い雪渓を眩しく照り返している。
下を見ると、V字にえぐられている景色が遠くまで見える。
「リュック、下ろしてもいいよ。小休止だ……」
「……、あー、嬉しいー」
加代はリュックを下ろすと、大きく背伸びをして、リュックから水筒とチョコレートを出した。
「でも、加代さん、いつでも山に行けるように準備はしてあったんだねー」
「……、そうね、昔からの癖かな、準備がしてあると、いつでも山に行けると思って、心が落ち着けるのよ。山とわたしの絆みたいなものね。非常持ち出し袋にもなるしね……」
「山、ほんとうに好きだったんだねー」
「……、三人で、ずうっと一日中、一緒にいられるのが嬉しかったのよ。満天の星を見て、コーヒー飲んで、ソーセージ焼いて、楽しかったわねー」
加代は、遠くを見ながら思い出して微笑んでいた。
「満月の山、散歩したり……」
誠は、満月に照らされていた、いつもよりも大人に見えた加代の嬉しそうな笑顔を思い出していた。
「そう、今日、そろそろ満月じゃないかしら……? また、光る山、見たいわー」
そう言ってはしゃぐ、加代の笑顔の横顔が、眩しい……
「頂上でも晴れているといいわねー」
「きっと晴れているよ!」と、誠はペットボトルのお茶を飲んだ。
「でも、どうして、今になって、あの子たち山に行ったのかしら……?」
加代は、また眼下の絶景を眺めながら言った。
「関係あるかどうかは知らないけど、雪子ちゃんが、もうじきいなくなるそうだよ……」
誠は、言った先から、言ってはいけない事かもしれないと、思い返していた。
「ほんと、それは一大事ね……」
加代は急に振り返り、もう一度、誠を見た。
「それで僕たちを早く、くっつけたかったんじゃないかな……? ふたりのロッテのように……」
誠は、もう一口お茶を飲みながら、眼下に広がる雪渓と山々を眺めた。
「……、そのことを真理子は知っているのー?」
「いや、知らないと思う。だから、僕に知らせに来たんだと思うから……」
「誰に訊いたの?」
「牡丹雪の雪女、お雪さん……」
「あなたを吹雪の中から助けたという人……?」
「そうだけど、その話、誰から訊いた……?」
「……、真理子」
「雪女に逢った話を、他の人に言ってはいけないんだ。命を吸い取りに来るから……」
「真理子もそう言って、話していたわ……」
「それは、ぜんぜん秘密になっていないねー」
「でも、あなたも今、話したじゃない。牡丹雪のお雪さん……」
「……、ほんとうだ!」
二人は、顔を合わせて笑った。
「でも、わたしも逢ってみたいな、綺麗な人なんでしょう……?」
加代は、チョコレートを一つ口に入れた。
「そう、綺麗な人、でも逢わなくてもいいよ。鏡を見れば……」
「……、何で鏡……?」
「加代さんにそっくりだから、それで、髪は黒く胸まであって、サラサラで、雰囲気はちょっと怖いけどね……」
「綺麗な人、わたし、ありがとう……」
加代は、誠にもチョコレートを袋さら渡した。
「でも、本当にそっくりなんだ……」
誠は、チョコレートを一つ取って、残りを加代に渡した。
「そう言えば、真理子と雪子ちゃんも顔立ち、よく似ているわねー」
「ほんとうに……」
誠は、頷いて笑って見せた。
「わたしの先祖、雪女だったかも……? だから、山が恋しくなるのよねー」
加代は、また遠い山をを見下ろした。
「そうかもね……」
誠は、一言いっただけだった。
「それで、彼女には、みんなお見通しなのねー」
「多分、雪子ちゃんがいなくなった後の、真理子ちゃんの助けになってほしいと知らせに来たんだと思うよ。僕たちに……」
「……、誠さん、ひとつ謝らなければならないことがあるわー」
加代は、誠を見ずに俯いて言った。
「……、何?」
「わたしね、真理子から聞いていたの。誠さんがわたしのことを好きでいることを……」
「え、どうして真理子ちゃんが……?」
「雪子ちゃんから訊いたって言っていたわ。あなた、雪の中で叫んだでしょう……」
「いや、叫ばないけど、これで死ぬのかなって思ったとき、あの時のキャンプの君の白いパンツを思い出したんだ……」
「も―うー、誠さんて、そんなとこしか見ていないのねー」
加代は、視線を拳に変えて、誠にぶつけた。
「いや、今日はパンツもはいてなかったし……」
加代は、手を拳に変えて、腕を振って誠にぶつけた。
「……、だから私、誠さんの気持ち知っていたの。だから、もう一度やり直せると思った……」
加代は、話の終わりに、誠を見た。
「僕も加代さんの気持ち、知っていたよ……」
「……、雪子ちゃんから訊いたのー?」
「いや、あの晩のホテルで、君が、僕の前で急に服を脱いだとき、僕を好きでいてくれると思った……」
「……、あたりね!」
二人、顔を見合わせて、微笑んだ。
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