暗闇の灯

兎都ひなた

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#03

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外の風が気持ちがいい。そんな当たり前のことを考える余裕もなかったことに、今更ながら気付く。自分じゃ何も出来ないんだな...と、何度目かのため息が出る。自分が情けなくて仕方ない。
「あの…そろそろ降ろしてください...。」
周りに人はいない。いつまでも抱きかかえられているのが恥ずかしくなる。気付けば学校で1番大きな桜の木の下に来ていた。ここで告白すると恋が叶うという噂があるらしい。
「あ…わり……。好きでもない奴にこんなんされても迷惑…だよな。」
咲夜が少しだけ、悲しそうな顔をした。その顔がすごく、すごく心苦しくなる。目を伏せ、瀬津を降ろす。
「迷惑なんかじゃないよ!!」
咄嗟に声に出ていた。気付けば咲夜の手を握っていた。自分でも驚くほど、強く。驚き、目を丸くする咲夜に、構わず瀬津は続ける。
「迷惑なんかじゃない。今まで、こんなに構ってくれる人なんかいなかった。助けてくれる人なんていなかった。状況を知ってる人もみんな見てないフリ...竜木くんだけが私に優しくしてくれたんだもん。…本当にありがとう。」
毎日、いじめにあっている。その自覚はあるし、やられて嫌な気持ちはもちろんある。けど、客観的に見てしまい、何処か他人事に感じている自分がいる。やり返すこともしなければ、何か言われて言い返すこともない。そんなことをした所で、虐めている人たちに届くとは思っていない。やるだけ無駄だと、やる前から諦めていた。バカはやりたいことやらせればそれで満足してんだから。そう、相手を心の中では蔑み、じっと耐えていた。
「そんなん気にすんなよ。女子が酷い目に合わされてるのを知ってて、ほっとけないこらさ。」
「ありがと。…でも戻るね。何が出来るかわからないけど。そのまま教室に戻ったら、もっと怒られちゃうから……。」
咲夜の手を離し、瀬津が走り出す。わざわざ戻んなくてもいいのに。せっかく咲夜が助けてくれたんだからわざわざまた、あんなところに行かなくても良いのに。でも逆らうのは怖い。逆らうとまた1人ぼっちになっちゃうから。
助けてくれた。けど、ずっとは一緒に居られない。竜木くんにまで、虐めの被害を広げちゃいけない。私が戻ればそれで済む話だ。
足が重い。多目的教室まで戻るのに、思ったよりも時間がかかってしまった。いつもなら諦めて早く済ませようとするだけなのに。手を差し伸べてくれる人の存在を知ってしまった。
「瀬津、おかえりー。」
恐る恐る多目的教室の扉を開くと、拍子抜けするほど、明るい声がした。怒っているどころか普段より優しい声かもしれない。
何が何だかわからず、思わずその場に立ち尽くした。声が出たのは数秒後。
「……ただ今…戻りました。ご迷惑をおかけして申し訳ございません…。」
俯き、か細い声しか出ない。先程、咲夜に対して必死な声が出たのが嘘のようだ。しかし、そんな瀬津の戸惑いなど関係ないように彼女たちは口々に、何事も無かったかのように言葉を発する。
「いいって、そんな事。」
「それより次の休み時間、女子トイレ来てね。」
「話したいことあるから。」
口調こそ明るいものの、そこに感情はこもっていなかった。瀬津の肩に手を回して、重圧をかける。両サイドを挟み込まれ、前から覗きこまれ、瀬津は頷くしかなかった。
教室へ戻り、それぞれの席へ着く頃、担当教員が入ってくる。バタバタと準備を始める者、教師に目もくれず、携帯を触っている者、チャイムが鳴っているというのに各々、自由だな、と改めて思う。
授業はスムーズに進み、休憩時間になって欲しくないという瀬津の気持ちを無視して、あっという間に終わりのチャイム鳴ってしまった。
教科書を片付け、急いで教室を出る。早く行かなきゃ、何されるか分からない。恐怖と不安で胸が押しつぶされそうだ。廊下は走らないようにしているのに、急げば急ぐほど、逸る気持ちを表すかのように、鼓動がうるさい。
「遅いじゃん瀬津!!」
「何してんだよッ。お前は!!」
「待ちくたびれたよー!!」
女子トイレの前で一息ついてから、中へ入る瀬津に対して、口々に怒声を浴びせる虐めっ子達。彼女達の手には火を起こす為のライター。ホースにバケツ。はさみ…。
何がしたいんだろう…。思わず一歩、後退る。いつもと雰囲気が違う、目が怖い。殺されるのではないかという雰囲気に飲まれる。
「お前さ、いい気になってんの?」
「たかだかクラスの人気者に目ぇつけられたぐらいで。あいつだって忙しいんだよ!何、お前如きで迷惑かけてんの?」
「お前ばっかり構ってらんねぇっての!!」
そんなこと、瀬津が1番わかってる。言われなくても理解はしているし、迷惑だってかけたくない。それを改めて、怒鳴りつけられたことが悲しくて、悔しくて、強く強く拳を握った。「耐えろ」と何度も自分に言い聞かせる。
竜木くんが人気者だってことも、構ってられるほど暇じゃないこともわかってるんだ。私なんか、構ってもらうような相手じゃないってことも…。
「お前、私らに仲間に入れてもらってるってこと、忘れてるんじゃない?」
「…忘れてなんかいません。」
私はこの人たちの道具だから。私が我慢すれば、他の子が虐められることはないだろう。ここでも、クラスでも我が物顔のこの人たちが何考えてるかは知らないけど。
不意に髪を引っ張られる。後ろから上へとまっすぐ、思いっきり。まとめて抜けてしまうのでは無いかと思う。
痛みに思わず顔を顰めた。
ドンッと背中を押され、バランスを崩したと同時に「ジャキンッ」と嫌な音が耳元で聞こえる。音に驚き、目を開けると女子トイレの床に髪の毛が散らばっていた。引っ張られていた痛みがなくなる。
「どうし……て、こんな事…。」
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