暗闇の灯

兎都ひなた

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#18

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言葉が詰まる。次の言葉が出てこない。
「あ、返事は一旦落ち着いて、まとまってからでいい。今すぐ出して欲しい訳じゃないから。」
瀬津の困った顔を見て、逃げるように亮は走っていった。初めての経験に、なんて答えていいか、まるでわからない。
午後の授業を上の空のまま、聞き流してしまった。先生が何を言っていたのか、思い出そうとしても、思い出せない。自分のノートは無意識に写していた黒板の板書だけ。いつも書き足していた、先生の言葉のメモや、教科書の重要点など何もわからなかった。
気がつけば咲夜の家の前にいた。いつの間に帰ってきたのだろう...。家の中に入ると、咲夜はまだ帰っていなかった。由比も今日は講義があるらしく、珍しくいない。
無意識の内に、お昼の亮の言葉を頭の中で何度も何度も反芻していた。授業の復習をする気にもなれず、咲夜のベッドを背に座り、床を一心に見つめていた。遠くで「ただいま。」と咲夜の声が聞こえた気がするが、それに反応する気力さえなかった。
「...瀬津、帰ってたんだ。ただいま。......どうした?顔、赤いぞ。」
咲夜が部屋に入ってきてすぐに、瀬津の姿を見つけ、鞄を置く。咲夜が近付いて来ていたことに気が付かなかった。
コツンッと、咲夜が瀬津のでこと自分のでこを合わせる。
「大丈夫か?瀬津。」
「...ひゃっ!!!」
瀬津が聞いたことの無い、小さな、妙な声の悲鳴を漏らす。驚きと共にビクンッと動く肩。しかし、その瀬津の反応にお構い無しに、咲夜は距離を保ったまま、瀬津の顔を覗き込んだ。
俺、亮に余計な事言っちゃったかな。多分、亮の事だから告白した...よな?この瀬津の反応。告白しちゃえばいいと、本気で思っていた。亮は良い奴だし、裏切るような人間でないことは、幼馴染の自分がよく知っていた。
なのに、瀬津に告白したかも、と考え出したら止まらなくなり、胸がズキッと痛む。ドクドクと嫌な音を立てる心音に、心臓を鷲掴みにされたような痛み。
瀬津を好きなのは亮だ。...なんで、俺の胸が痛むんだ。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ。おかえり、咲夜。...ねぇ、咲夜は告白された時どうしてた?」
急な瀬津の質問に、さっきまで不確定だった事実が、確信に変わる。あぁ、やっぱり亮のやつ、告白したんだな...。
「俺は、全部断ってる。別に好きでもねぇやつと付き合う気なんてないし。付き合うんなら本当に好きになったやつと付き合いたいし。それに、俺に告白してくる奴らは、対して俺と話したことない人ばっかりなんだ。参考にならないかもよ。」
「そっか...。」
咲夜の答えに、瀬津は顔を曇らせた。何人の人が咲夜に告白して、フラれてしまったんだろう。咲夜の人気は、話したことがなかった頃から、知っていた。取り巻きの1人が、咲夜のクラスにいたのだ。クラスの人間はもちろん、2年に進級してからは、1年の時に同じクラスだった子達からも噂は広がり、学年中が知ることとなった。
そんな人気のある咲夜に、今まで虐められることしかなかった私が相談するなんて...立場が違いすぎる。
どうしたらいいんだろう...。亮のことは好きだけど...一緒にいてドキドキするわけではない。付き合って、これから何かが進展するというのも、特に頭に思い浮かばない。
「なぁ、瀬津は亮のこと...好き?」
顔をギリギリまで近付け、咲夜が聞く。その距離に、ドキドキした。高鳴る心臓は、全身に血液を巡らせ、赤くて心配された頬をさらに赤く染める。
「...好きだよ。でも...ドキドキしない。恋愛感情を持てるって自信があるような好きじゃない。分けわかんないの。自分の気持ち。私も、付き合えるんなら、本当に好きな人と付き合いたいから。中途半端に答え出すのは不誠実かなって思ってて...。」
だんだんと瀬津の目線が下がっていく。自信なさげに俯いてしまう。自分で聞いておきながら、自分が一番自分のことをわかっていないなんて。こんなに動揺してしまうなんて、思わなかった。咲夜の目を見ることが出来ない。
一方咲夜は、亮のことを好きだと答える瀬津に、また一瞬、嫌な動悸がした。幼馴染の好きな相手が、幼馴染のことを好きだと答えてるのは、悪いことではない。寧ろ喜ぶべきところなのに...素直に喜べない自分がいる。...自分に嫌悪感を抱き、だんだんと悔しくなってきてしまった。
「ねぇ、俺は?俺の事は...?」
咲夜は自分を指さす。自分で自分を指しておいて、胸が高鳴る。嫌な動悸ではない。ドキドキとうるさく動く心臓は、このまま飛び出してしまうのではないかと錯覚した。
今...やっと分かった。俺もだったんだ。俺も瀬津のことが好きだったんだ。だから、亮を好きだと、答えたことに喜べなかった。悔しくなって...嫉妬した。
勝手だな、と少しだけ自分の自己中心さ加減に悲しくなる。自分で告白をけしかけたくせに。
長い沈黙が続く。何も答えのない時間。下を向く瀬津の顔が、目の前にある。離れるタイミングを失い、その距離のまま、何も手を出せないのがもどかしい。
「わかんない。でも、たまに胸が締め付けられそうなくらい苦しくなるの。何も考えられなくなっちゃうくらい。」
ドキドキが止まらない。咲夜のこと考えると、苦しくなる。でも...その苦しみが、嫌じゃない。締め付けらる痛みが苦痛ではない。恋するって、よくわからない。こういうものなの?今まで、誰も好きになったことがなかった。
両親が生きていた頃、まだ明るかった性格の頃、好きな人はいなかった。中学生。周りの男の子たちはみんなみんな、子供っぽく見えてしまい、全然恋愛対象にならなかった。友達の言う、好きな子への気持ちがよくわからないまま、愛想良く相槌を打っていたのを覚えている。
両親が死んでしまった後はずっと、迷惑をかけないようにと、暗闇に閉じこもっていたから、恋愛なんて縁のないものだった。
「そっか。...悪かったな、変な事聞いて。」
咲夜が謝り、瀬津に近付けていた顔を引いた。立ち上がり、部屋の入口まで歩いていくと「俺ちょっと出てくるわ。」と、聞き取れないくらい小さな声で呟き、出ていった。
何か言わなきゃ、と思いつつも声をかけられないまま咲夜の背中を見送る。
亮にちゃんと断らなきゃ。こんな気持ちのままフラフラしてちゃダメだ。明日...言えるかな。
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