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#06
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ユノの成績は学年でもトップクラスだ。そのユノが、こんな大事なことを忘れているというのが、どうしても腑に落ちない。
「あー…俺、入学するのに精一杯で、入学してから最初の数週間、ほとんど寝ちゃってたんだよね。」
ハハッと乾いたような笑いを零しながら、ユノは軽く言う。ほとんど寝てて、学年トップクラスの成績へと上り詰めたということか。寝ていたという衝撃よりも、その努力の方が僕の心には響いた。
(ユノの家は学校へ入学することすら反対してたんだっけ…。)
入学するのに精一杯、という言葉で、ユノが話してくれた家のことを思い出した。魔法学校を嫌う両親、親に順従な兄。制服すら揃えるのが大変だったと、言っていた。ユノがあまりにも軽く、笑い飛ばしながら言うもんだから、すっかり記憶に埋もれてしまっていた。
門を通ると、入る時と同じようにほうきと自分自身をセンサーにかけられた。入っていった人物と同一人物であるかを確認しているのだ。また、同様の独特な機械音で名前を読み上げられる。
門から一歩、外に出て、ほうきに跨り、思いっきり地面を蹴った。ふわりと宙に浮く感覚を肌に感じる。この感覚を掴もうと、この夏休み期間にどれだけ練習をしたことか。
「先に行くねー!!」
入ってきた時とは違い、この空間、つまり学校の敷地外へ出る時は壁ではなく、崖下に向かって一気に下る。
リリーは躊躇なく、垂直に学校の塀の周りに出来た崖下目掛けて飛んで行った。正確には、落ちて行ったと言う方が正しいのかもしれない。何故この学校は、崖下へ飛んで行く恐怖に打ち勝たなければ帰ることも出来ないのか。入学当初からの疑問であり、入学当初から受け入れ難い事実である。
「アル、どうする?先に行こうか??」
入る時と同様、なかなか進めないでいる僕の顔をユノが覗き込む。ユノが先に行ってしまったら、僕はこの薄暗い敷地内に1人になってしまう。今でさえ、恐怖で足が竦む思いなのに、ユノまで居なくなってしまえば、今日は家に帰ることが出来ないだろう。
「…待たせてごめん。先に行かせて欲しい。」
「わかった。俺もすぐに追いかけるから。安心して真っ直ぐ進むんだぞ。」
ユノの言葉に無言で頷き、ぎゅっとほうきを握り直す。意を決して垂直落下の体制に入る。そのまま勢いを落とすことなく、真っ直ぐにほうきを飛ばす。ユノがついてる。大丈夫だ。何度も何度も、心の中で唱え続けた。僕はユノが居てくれるだけでどれほど救われているか、わからない。
恐怖に思わず目を瞑った。暗闇をどんどん抜ける。目を閉じていても感じる、外の光を肌に感じ、ゆっくりと目を開ける。目の前に、何が楽しかったのか、満面の笑みでほうきに跨るリリーが飛び込んできた。
出てきたのは、学校へ入っていく崖の目の前だった。ルートは全然違うはずなのに、元の場所へ戻ってくる。このルートを結んでから、全く知らない道に出ないというだけでも、行方不明者は格段に減ったらしい。中には飛ぶ勢いが足りず、崖に閉じ込められた者や、そもそも崖下に飛び込めず、学校の敷地内から出て来れなくなってしまった者もいる。それが、学校を支える幹の更に下に出来た集落の存在を生み出した。
もう何年も前からあるらしい、あの集落にどんな人達が住んでいるのか、僕達は何も知らない。
「アル、おかえり!」
ニッと笑うリリーに強ばっていた心が解れるのを感じた。「ただいま。」と、笑ってみせる。
「俺もいるぞ。」
後ろからする声に振り返ると、ユノがいた。僕が飛び込んですぐ、ユノも崖下に向かったらしい。相変わらずユノは飛ぶのが早い。
「ユノもおかえり。」
「おかえりー!」
口々に言う僕たちを見て、ユノはクスッと微笑んだ。ほうきをふわっと動かし、近付いてくる。
「ただいま。行こうか、ルクランへ。」
ユノの声に、リリーは大きく頷き、ほうきを急回転させ、大きく円を書いたと思うとルクランのある方へ、飛んで行った。ルクランにはよく行くのに、何度行っても嬉しそうでいつも新鮮な気持ちで向かうリリーが、僕は可愛いと思った。
「リリーはすごいよなー…。」
僕の気持ちを読まれたかと思う、ユノの言葉にハッとする。慌ててユノの方を向くと、ユノはリリーの飛んで行った方を見ていた。
「どうして?」
(可愛いと思ったことがバレた?…いや、顔には出してないはず。大丈夫。誤魔化せる。)
僕は、なんのことか分からないと言ったふうに、わざと聞いてみた。もしかしたら、ユノには不自然なその態度により、変に誤魔化したことを気付かれてしまうかもしれないが、なんとなく、この気持ちを知られるのは気まずかった。
「俺ら、夏休みの間はやることなくて、ほとんどルクランに入り浸ってたろ?なのに、嫌な顔も退屈な顔もせずに、いつもいーっつも嬉しそうにほうき飛ばしてさ。リリーが楽しそうにしてるから、あいつの周りはいつも笑顔なんだよな。」
(やることがないと言いつつ、ギリギリまで課題に手をつけなかったのはお互い様なので黙っておこう。)
僕はひっそりと、また気持ちを隠した。それよりも、本当にリリーは良く笑う上に、男女平等に分け隔てなく周りと接している。休みの間は幼馴染ということもあり、僕やユノと過ごすことが格段に多いが、学校が始まってしまえば、また他の子と行動することも増えるだろう。
「うん。すごいよね、リリー。」
僕が呟くと、ユノはクスッと笑った。同じことしか言っていないのはわかっているが、それ以外に言いようがなかったのだ。他愛もない反応だとはわかっているが、笑われたことにモヤッとしてしまい、少しだけ、ムッとしてしまう。
「早く行こうぜ。リリーが待ってる。」
ユノはそんな僕に気付かないのか、はたまた気付かないふりをしているのか、リリーの飛んで行った方へ、顎を動かし、ほうきを進めた。慌ててユノを追いかける。それほど早いスピードとは言えないが、急な発進に思わずバランスを崩してしまう。
ヨタヨタと後ろを飛ぶ僕に気付いたユノは、速度を落とし、隣を並ぶように飛んだ。僕からしたら、周りに人が集まるリリーも、周りを良く見ていて少しの変化に気付くユノも同じくらい、すごい存在だ。ユノは大袈裟だと笑うが、感謝してもしきれない。
「ねえ、ユノ。」
「どうした?」
「ユノはさ、どうして僕と居てくれるの?」
魔法のまともに使えない僕は、学校内でも落ちこぼれだ。それに引き替えユノは、見たものをそのまま魔法として使える言わばエリートコースを歩ける逸材。やる気が出るまでが遅く、いつも飄々としているが、実力は申し分ないほど持っていることを知っている。そんなユノがどうして僕なんかと一緒に居てくれるのか、いつも疑問と不安が心の片隅にいる。
「アルが好きだからかなー。」
空を見上げて呟く、ユノの姿にドキッとした。後ろにハーフアップでまとめた髪が、風にサラサラと靡く。薄茶色の髪色は陽の光を集めて、とても綺麗だった。
「ほら、同じようなやつと居ても面白くないだろ?アルと居るとさ、自分1人じゃ経験出来ないことでもできる気がするんだよ。」
「…そっか。」
嘘偽りの無い言葉で真っ直ぐ言われ、急に恥ずかしくなった。それと同時に、自分を認めてくれている気がして、嬉しかった。気持ちが跳ね、褒められた訳でもないのに嬉しくて、つい、ほうきをギュッと握った。
すると突然、ほうきは何を思ったのか、ギュンッと風を切るように飛び始めた。「おい!」と、後ろからユノの叫び声がした。制御ができない。
(どうしたどうしたどうした…!? 何で急にスピードが上がったんだ?どうやったら止まる?)
何度考えようとしても、理由が思いつかない。ほうきは止まるどころか、どんどん加速する。
(待って待って!!)
顔に当たる風が痛い。声を出そうにも、風圧に負けてしまう。何度も心の中で、「止まれ!」と願うが、加速するほうきに気持ちはどんどん焦り、言うことを聞いてくれない。
(ユノはなんて言ってた?…ユノは。)
こんな時に咄嗟に出てくるのはやっぱりユノだ。ユノの言葉に間違いはないという、揺るがない信頼がある。それだけの実力を、ユノは持っている。
(ユノは…そうだ。気の持ちようだと、笑ってた。)
学校に入る時に。壁に向かって突っ込む時に。気の持ちよう…。焦っているのがいけないのか。でも…この状況、どうやって落ち着けっていうんだ。
チラッと薄目で見ただけだが、とっくにルクランは通り過ぎてしまった。賑やかな声も、一瞬、耳に届いただけ。このままだと、ローレイの森に突っ込んで行ってしまう。
不意に、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。何を言っているかは全く聞き取れず、声がしたと思うのも、気のせいかもしれない。何しろ、この風圧の中、振り落とされないようにしがみついているだけでも精一杯なのだから。この突風の中、声が後ろから聞こえるだなんて、現実的にありえない。
(現に、このほうきが暴走するという、非日常的な光景は変わら…ない?あれ??)
先程までの暴風が嘘のように、撫でるような風が肌に当たった。突風にぎゅっと固く握った目を、開く。姿勢を正し、ほうきを強く握った手を徐々に解く。ほうきは速度を落とし、地面にゆっくりと近付いた。先程まで言うことを聞かなかったのが嘘のようだ。
地面に足をつき、辺りを見渡す。目に付くのは、遠くにあるルクラン。そして、入口まであと数メートルまで迫ったローレイの森。この森には、使い魔になる前の野生動物がたくさんいるらしい。不用意に近づいたり、中の生物と目が合えば殺されかねないと、学校で先生に目一杯脅された。
(それよりも…さっきの声はやっぱり聞き間違いか……?)
周りに人はいない。上を見ても、飛んでいる魔法使いは見えなかった。ローレイの森のそばだ。何かよっぽどの用事がない限り、この森へは誰も近付かない。
(僕もここから離れよう…。)
ほうきに乗るか、迷ったが、また暴走されては困る。僕はほうきを持ったままルクラン目指して歩き始めた。先生たちがあれだけ脅す森。それだけでとにかくローレイの森からは離れておきたかった。
「あー…俺、入学するのに精一杯で、入学してから最初の数週間、ほとんど寝ちゃってたんだよね。」
ハハッと乾いたような笑いを零しながら、ユノは軽く言う。ほとんど寝てて、学年トップクラスの成績へと上り詰めたということか。寝ていたという衝撃よりも、その努力の方が僕の心には響いた。
(ユノの家は学校へ入学することすら反対してたんだっけ…。)
入学するのに精一杯、という言葉で、ユノが話してくれた家のことを思い出した。魔法学校を嫌う両親、親に順従な兄。制服すら揃えるのが大変だったと、言っていた。ユノがあまりにも軽く、笑い飛ばしながら言うもんだから、すっかり記憶に埋もれてしまっていた。
門を通ると、入る時と同じようにほうきと自分自身をセンサーにかけられた。入っていった人物と同一人物であるかを確認しているのだ。また、同様の独特な機械音で名前を読み上げられる。
門から一歩、外に出て、ほうきに跨り、思いっきり地面を蹴った。ふわりと宙に浮く感覚を肌に感じる。この感覚を掴もうと、この夏休み期間にどれだけ練習をしたことか。
「先に行くねー!!」
入ってきた時とは違い、この空間、つまり学校の敷地外へ出る時は壁ではなく、崖下に向かって一気に下る。
リリーは躊躇なく、垂直に学校の塀の周りに出来た崖下目掛けて飛んで行った。正確には、落ちて行ったと言う方が正しいのかもしれない。何故この学校は、崖下へ飛んで行く恐怖に打ち勝たなければ帰ることも出来ないのか。入学当初からの疑問であり、入学当初から受け入れ難い事実である。
「アル、どうする?先に行こうか??」
入る時と同様、なかなか進めないでいる僕の顔をユノが覗き込む。ユノが先に行ってしまったら、僕はこの薄暗い敷地内に1人になってしまう。今でさえ、恐怖で足が竦む思いなのに、ユノまで居なくなってしまえば、今日は家に帰ることが出来ないだろう。
「…待たせてごめん。先に行かせて欲しい。」
「わかった。俺もすぐに追いかけるから。安心して真っ直ぐ進むんだぞ。」
ユノの言葉に無言で頷き、ぎゅっとほうきを握り直す。意を決して垂直落下の体制に入る。そのまま勢いを落とすことなく、真っ直ぐにほうきを飛ばす。ユノがついてる。大丈夫だ。何度も何度も、心の中で唱え続けた。僕はユノが居てくれるだけでどれほど救われているか、わからない。
恐怖に思わず目を瞑った。暗闇をどんどん抜ける。目を閉じていても感じる、外の光を肌に感じ、ゆっくりと目を開ける。目の前に、何が楽しかったのか、満面の笑みでほうきに跨るリリーが飛び込んできた。
出てきたのは、学校へ入っていく崖の目の前だった。ルートは全然違うはずなのに、元の場所へ戻ってくる。このルートを結んでから、全く知らない道に出ないというだけでも、行方不明者は格段に減ったらしい。中には飛ぶ勢いが足りず、崖に閉じ込められた者や、そもそも崖下に飛び込めず、学校の敷地内から出て来れなくなってしまった者もいる。それが、学校を支える幹の更に下に出来た集落の存在を生み出した。
もう何年も前からあるらしい、あの集落にどんな人達が住んでいるのか、僕達は何も知らない。
「アル、おかえり!」
ニッと笑うリリーに強ばっていた心が解れるのを感じた。「ただいま。」と、笑ってみせる。
「俺もいるぞ。」
後ろからする声に振り返ると、ユノがいた。僕が飛び込んですぐ、ユノも崖下に向かったらしい。相変わらずユノは飛ぶのが早い。
「ユノもおかえり。」
「おかえりー!」
口々に言う僕たちを見て、ユノはクスッと微笑んだ。ほうきをふわっと動かし、近付いてくる。
「ただいま。行こうか、ルクランへ。」
ユノの声に、リリーは大きく頷き、ほうきを急回転させ、大きく円を書いたと思うとルクランのある方へ、飛んで行った。ルクランにはよく行くのに、何度行っても嬉しそうでいつも新鮮な気持ちで向かうリリーが、僕は可愛いと思った。
「リリーはすごいよなー…。」
僕の気持ちを読まれたかと思う、ユノの言葉にハッとする。慌ててユノの方を向くと、ユノはリリーの飛んで行った方を見ていた。
「どうして?」
(可愛いと思ったことがバレた?…いや、顔には出してないはず。大丈夫。誤魔化せる。)
僕は、なんのことか分からないと言ったふうに、わざと聞いてみた。もしかしたら、ユノには不自然なその態度により、変に誤魔化したことを気付かれてしまうかもしれないが、なんとなく、この気持ちを知られるのは気まずかった。
「俺ら、夏休みの間はやることなくて、ほとんどルクランに入り浸ってたろ?なのに、嫌な顔も退屈な顔もせずに、いつもいーっつも嬉しそうにほうき飛ばしてさ。リリーが楽しそうにしてるから、あいつの周りはいつも笑顔なんだよな。」
(やることがないと言いつつ、ギリギリまで課題に手をつけなかったのはお互い様なので黙っておこう。)
僕はひっそりと、また気持ちを隠した。それよりも、本当にリリーは良く笑う上に、男女平等に分け隔てなく周りと接している。休みの間は幼馴染ということもあり、僕やユノと過ごすことが格段に多いが、学校が始まってしまえば、また他の子と行動することも増えるだろう。
「うん。すごいよね、リリー。」
僕が呟くと、ユノはクスッと笑った。同じことしか言っていないのはわかっているが、それ以外に言いようがなかったのだ。他愛もない反応だとはわかっているが、笑われたことにモヤッとしてしまい、少しだけ、ムッとしてしまう。
「早く行こうぜ。リリーが待ってる。」
ユノはそんな僕に気付かないのか、はたまた気付かないふりをしているのか、リリーの飛んで行った方へ、顎を動かし、ほうきを進めた。慌ててユノを追いかける。それほど早いスピードとは言えないが、急な発進に思わずバランスを崩してしまう。
ヨタヨタと後ろを飛ぶ僕に気付いたユノは、速度を落とし、隣を並ぶように飛んだ。僕からしたら、周りに人が集まるリリーも、周りを良く見ていて少しの変化に気付くユノも同じくらい、すごい存在だ。ユノは大袈裟だと笑うが、感謝してもしきれない。
「ねえ、ユノ。」
「どうした?」
「ユノはさ、どうして僕と居てくれるの?」
魔法のまともに使えない僕は、学校内でも落ちこぼれだ。それに引き替えユノは、見たものをそのまま魔法として使える言わばエリートコースを歩ける逸材。やる気が出るまでが遅く、いつも飄々としているが、実力は申し分ないほど持っていることを知っている。そんなユノがどうして僕なんかと一緒に居てくれるのか、いつも疑問と不安が心の片隅にいる。
「アルが好きだからかなー。」
空を見上げて呟く、ユノの姿にドキッとした。後ろにハーフアップでまとめた髪が、風にサラサラと靡く。薄茶色の髪色は陽の光を集めて、とても綺麗だった。
「ほら、同じようなやつと居ても面白くないだろ?アルと居るとさ、自分1人じゃ経験出来ないことでもできる気がするんだよ。」
「…そっか。」
嘘偽りの無い言葉で真っ直ぐ言われ、急に恥ずかしくなった。それと同時に、自分を認めてくれている気がして、嬉しかった。気持ちが跳ね、褒められた訳でもないのに嬉しくて、つい、ほうきをギュッと握った。
すると突然、ほうきは何を思ったのか、ギュンッと風を切るように飛び始めた。「おい!」と、後ろからユノの叫び声がした。制御ができない。
(どうしたどうしたどうした…!? 何で急にスピードが上がったんだ?どうやったら止まる?)
何度考えようとしても、理由が思いつかない。ほうきは止まるどころか、どんどん加速する。
(待って待って!!)
顔に当たる風が痛い。声を出そうにも、風圧に負けてしまう。何度も心の中で、「止まれ!」と願うが、加速するほうきに気持ちはどんどん焦り、言うことを聞いてくれない。
(ユノはなんて言ってた?…ユノは。)
こんな時に咄嗟に出てくるのはやっぱりユノだ。ユノの言葉に間違いはないという、揺るがない信頼がある。それだけの実力を、ユノは持っている。
(ユノは…そうだ。気の持ちようだと、笑ってた。)
学校に入る時に。壁に向かって突っ込む時に。気の持ちよう…。焦っているのがいけないのか。でも…この状況、どうやって落ち着けっていうんだ。
チラッと薄目で見ただけだが、とっくにルクランは通り過ぎてしまった。賑やかな声も、一瞬、耳に届いただけ。このままだと、ローレイの森に突っ込んで行ってしまう。
不意に、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。何を言っているかは全く聞き取れず、声がしたと思うのも、気のせいかもしれない。何しろ、この風圧の中、振り落とされないようにしがみついているだけでも精一杯なのだから。この突風の中、声が後ろから聞こえるだなんて、現実的にありえない。
(現に、このほうきが暴走するという、非日常的な光景は変わら…ない?あれ??)
先程までの暴風が嘘のように、撫でるような風が肌に当たった。突風にぎゅっと固く握った目を、開く。姿勢を正し、ほうきを強く握った手を徐々に解く。ほうきは速度を落とし、地面にゆっくりと近付いた。先程まで言うことを聞かなかったのが嘘のようだ。
地面に足をつき、辺りを見渡す。目に付くのは、遠くにあるルクラン。そして、入口まであと数メートルまで迫ったローレイの森。この森には、使い魔になる前の野生動物がたくさんいるらしい。不用意に近づいたり、中の生物と目が合えば殺されかねないと、学校で先生に目一杯脅された。
(それよりも…さっきの声はやっぱり聞き間違いか……?)
周りに人はいない。上を見ても、飛んでいる魔法使いは見えなかった。ローレイの森のそばだ。何かよっぽどの用事がない限り、この森へは誰も近付かない。
(僕もここから離れよう…。)
ほうきに乗るか、迷ったが、また暴走されては困る。僕はほうきを持ったままルクラン目指して歩き始めた。先生たちがあれだけ脅す森。それだけでとにかくローレイの森からは離れておきたかった。
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