婚約破棄のにガッツポーズして「お幸せに!」と爆走退場する。

ちゃっぴー

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「……信じられませんわ。これが、王宮の昼食だなんて!」

 シャルロットは、目の前に並べられた豪華(そうな)皿をフォークで突き刺し、絶望的な声を上げました。
 そこにあるのは、最高級の白身魚のポワレ、そして季節の野菜を添えたクリームスープ。
 かつての彼女なら、目を輝かせて飛びついたであろう「贅の極み」です。

 しかし、一口食べた彼女の顔は、砂を噛んだかのように歪みました。

「味が……味がいたしませんわ! ボヤけていて、何を食べているのかさっぱり分かりません! これなら、裏庭の雑草を齧っている方がまだ刺激がありますわ!」

「シャルロット、我慢してくれ。……今、王宮の料理人たちは、テリーヌが残した『呪いのレシピ』の解読に追われていて、まともな調理ができないんだ」

 向かいに座るジュリアン殿下も、げっそりと頬を扱けさせて答えます。
 彼の目の前には、修正が終わらない書類の山が、食事のテーブルにまで進出してきていました。

「呪いのレシピって、なんですの?」

「テリーヌが密かに厨房へ配っていた、独自の調味料リストだ。……彼女がいなくなってから、料理人たちがそのリストの通りに味を整えようとしたのだが、誰も分量を測れない。一滴間違えるだけで、食べる者が悶絶する『毒』に変わるからな」

「毒でもいいですわ! この、お湯に浮いた魚のような料理よりはマシです!」

 シャルロットは、怒りのあまりテーブルを叩きました。
 彼女は平民出身の「聖女」として、美味しいものをたくさん食べさせてもらえるという甘い言葉に誘われて、テリーヌを追い出す手伝いをしたのです。

 ですが、現実はどうでしょう。
 テリーヌがいなくなった瞬間、王宮の「食」も「事務」も、そして「ジュリアン殿下の余裕」も、すべて消え失せてしまいました。

「ジュリアン様……私、決めましたわ」

「……何をだ?」

「テリーヌ様のところへ行きます! あの方が持っていったという『隣国のスパイス』を、私が回収してまいりますわ!」

「……えっ? お前、あんな恐ろしい女のところへ一人で行くというのか?」

 ジュリアンが驚愕の声を上げますが、シャルロットの食欲……いえ、決意は固いものでした。

「ええ! あの方は確か、隣国のアリスティア公爵のところにいるのでしょう? あんな味覚のない公爵様に、テリーヌ様の美味しい……刺激的な料理を独占させるなんて、不公平ですわ!」

(……こいつ、さてはただの食いしん坊だな?)

 ジュリアンは一瞬そう思いましたが、それを口に出す余裕はありませんでした。
 むしろ、シャルロットがテリーヌを連れ戻すきっかけを作ってくれるなら、それはそれで好都合だと考えたのです。

「分かった。ならば、お前を『親善大使』として隣国へ送り込もう。……いいか、シャルロット。何としてでもテリーヌを……いや、彼女の持つ『事務処理能力』と『スパイス』を奪還するんだ」

「お任せください、ジュリアン様! 私の美貌と、聖女としての(自称)微笑みで、テリーヌ様をメロメロにして差し上げますわ!」

 こうして、計算高いのか天然なのかよく分からない聖女シャルロットの、無謀な隣国入りが決まりました。

 一方、その頃。
 隣国のスパイス公爵邸では、平和(?)な光景が広がっていました。

「テリーヌ嬢、この……『ドラゴン・ブレス・カレー』とやらは、本当に人間が食べて良いものなのか?」

 アリスティア様が、ゴーグルを装着した状態で、ぐつぐつと煮える紫色の鍋を見つめていました。

「失礼ね、公爵様! これは私の自信作ですわ。一口食べれば、過去の辛い思い出も、未来への不安も、すべて熱さで吹き飛びますのよ!」

「……私の不安は、今まさに目の前の鍋から上がっている、毒々しい色の煙にあるのだが」

「あら、それは私の情熱が可視化されただけですわ。ほら、あーんしてくださいまし!」

 私は、お玉ですくった「何か」を、容赦なくアリスティア様の口元へ運びました。
 彼は覚悟を決めたように目をつむり、それを飲み込みます。

「…………ッッ!!」

 数秒の沈黙の後。
 アリスティア様の全身から、ボッ!と音が聞こえそうなほどの蒸気が立ち上りました。

「……あ、熱い……! だが、美味い! 脳の奥底で、何かが……何かが弾けたぞ、テリーヌ!」

「おほほほ! そうでしょ、そうでしょ! これぞ美食の暴力、刺激の極致ですわ!」

 私たちは、厨房の真ん中で手を取り合って喜び合いました。
 周囲で防護服を着て倒れている料理人たちのことは、あえて視界に入れないようにして。

「……テリーヌ。やはり君を離さない。君のこの破壊的なまでの才能を、誰にも渡したくないんだ」

「あら、嬉しいですわ。ではお給料(ジョロキア)の増額をお願いしますわね!」

 そんな私たちの元へ、まもなく「かつての宿敵」がやってくるとは、この時の私は露ほども思っていなかったのでした。
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