婚約破棄のにガッツポーズして「お幸せに!」と爆走退場する。

ちゃっぴー

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「テリーヌ様ぁぁ! どこにいらっしゃいますのー! 出てきてくださいましー!」

 公爵邸の門前で、耳をつんざくような絶叫が響き渡りました。
 私とアリスティア様が、試作中の『火炎麻婆豆腐』を額に汗して突き合っていた時のことです。

「……テリーヌ嬢、今、外で君を呼ぶ下品な声が聞こえた気がするが」

「あら、奇遇ですわね公爵様。私も、かつて私の婚約者を奪った泥棒猫……いえ、聖女様の鳴き声が聞こえた気がしますわ」

 私はレンゲを置き、口元を真っ赤なナプキンで拭いました。
 玄関へ向かうと、そこには泥だらけの馬車と、髪を振り乱したシャルロット様が立っていました。

「……あら、シャルロット様。そんなところで何をしておいでですの? もしかして、王宮の砂糖が全部唐辛子に変わったので、お口直しにでもいらしたかしら?」

「ひどいですわ! あんな嫌がらせ、テリーヌ様にしかできませんわよ! ……でも、そんなことはどうでもいいのです!」

 シャルロット様は私に詰め寄ると、その鼻をくんくんと動かしました。

「……この匂い! この、鼻の粘膜をダイレクトに攻撃してくる凶悪な香ばしさ! テリーヌ様、今、美味しいものを食べていましたわね!?」

「美味しいものではなく、刺激的なものですわ」

「同じことですわ! 私にも食べさせなさい! 王宮のご飯は、もう薄味すぎて味がしないのです! あんなもの、毎日食べていたら私のピチピチした肌がカサカサになってしまいますわ!」

 聖女様、まさかの「食糧難」による亡命希望。
 これには、後ろで見守っていたアリスティア様も眉をひそめました。

「……テリーヌ、この女性は誰だ。君の知り合いにしては、随分と……こう、野生味が強いようだが」

「ご紹介しますわ。こちら、私から婚約者を奪い取って、今まさに自業自得の崖っぷちに立っている聖女シャルロット様ですわ」

「せ、聖女!? この、鼻水を手を拭っている女がか?」

 アリスティア様の冷ややかな視線が突き刺さります。
 シャルロット様は一瞬だけ背筋を伸ばし、聖女らしい微笑みを作ろうとしましたが……。

「……クシュンッ! ……はぁ、ダメですわ。このお屋敷の空気、スパイスが濃すぎて聖女パワーがクシャミに変換されてしまいますの」

「当然ですわ。我が家は空気清浄機(魔道具)の中にまで粉末唐辛子を仕込んでいますもの」

「狂ってますわ! でも、その狂気こそが今の私には必要なの!」

 シャルロット様はアリスティア様の前に跪きました。

「公爵様! 私はジュリアン殿下から『テリーヌを連れ戻せ』という命令を受けて参りました! ですが、そんな命令は無視します! 私を、このお屋敷の食客として置いてくださいまし!」

「……断る。我が家の食卓は、私とテリーヌの『戦場』だ。部外者を混ぜる余裕はない」

「そんなこと言わずに! 私、こう見えて辛いものには強いんですのよ! 実家では毎日、庭に生えていた野良山葵を齧っていましたわ!」

 聖女の意外な過去が判明しましたが、アリスティア様の心は動きません。
 そこで私は、ニヤリと笑って提案しました。

「公爵様、よろしいではありませんか。ちょうど、新メニューの『毒味役』が欲しかったところですの」

「毒味……? ああ、なるほど。君の新作は、時折、私ですら意識を飛ばしそうになるからな」

「そうですわ! シャルロット様、私の『デス・マウンテン・チャーハン』を完食できたら、ここに住むことを許してあげてもよろしいですよ?」

「望むところですわ! 私の胃袋、舐めないでくださいまし!」

 こうして、隣国の公爵邸に、さらなる混沌が招き入れられました。
 テリーヌvsシャルロット。
 かつての恋敵が、今度は「激辛料理」を巡って火花を散らすことになったのです。

 その頃、王宮では……。

「……シャルロットまで戻ってこない。……どうなっているんだ、隣国には令嬢を吸い込むブラックホールでもあるのか!?」

 ジュリアン殿下が、ついに自分一人で書類の計算を始め、数字の羅列に発狂して机を叩き割っていました。
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