婚約破棄のにガッツポーズして「お幸せに!」と爆走退場する。

ちゃっぴー

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「見てください、アリスティア様! この生地の輝き! まるで採れたての唐辛子のような、目に刺さるような鮮やかさですわ!」

 公爵邸の広間。
 私は、特注のウェディングドレス用の生地を広げ、恍惚とした表情で叫びました。

 普通、花嫁が選ぶのは純白のシルクやレース。
 ですが、私の手に持たれているのは、特殊な染料……というか、高濃度の唐辛子オイルを混ぜた染料で真っ赤に染め上げられた、狂気を感じさせるほど鮮烈な赤。

「……テリーヌ。確かに美しい赤だが、その生地から微かに『催涙成分』が漂っているのは気のせいだろうか?」

 アリスティア様が、ハンカチで鼻を押さえながら、三メートルほど距離を置いて尋ねてきました。

「気のせいですわ、公爵様! これは私の情熱が、生地から溢れ出しているだけですもの! ほら、デザイナーの方も感動のあまり涙を流していらっしゃいますわ」

「……いや、彼は単に目が痛いだけだと思うぞ。既に三人が失神して運び出された」

 アリスティア様の冷静な指摘をスルーして、私はデザイン画を広げました。
 裾には、金糸ではなく、乾燥させた小さな唐辛子をビーズ代わりに縫い付ける予定です。

「師匠! ハバネロの刺繍も入れましょう! 胸元には、私が魔力で保存加工した『ジョロキアのブローチ』を添えると、より刺激的な花嫁になりますわ!」

 背後で、もはや聖女の威厳が消え失せたシャルロット様が、鼻息荒く提案してきました。
 彼女は最近、私の影響で「赤ければ赤いほど縁起がいい」という謎の価値観に染まっています。

「名案ですわ、シャルロット! では、貴女の参列衣装は、タバスコ色のオレンジにしましょうか」

「最高ですわー!」

 盛り上がる私たちを、アリスティア様が「……やれやれ」といった様子で見守っています。
 ですが、彼の瞳には隠しきれない愛情が溢れていました。

「……テリーヌ。ドレスもいいが、披露宴のメニューの試作も進んでいるのか? シェフたちが『命の危険を感じる』と言って、休暇届を出してきたのだが」

「あら、根性がないですわね。……でもご安心ください、メインのウェディングケーキは、私とシャルロットで完成させましたわ!」

 私が指をパチンと鳴らすと、屈強な下男たちが、真っ赤なクリームに覆われた五段構えの巨大なケーキを運んできました。
 見た目はベリー系の華やかなケーキ。
 しかし、その実体は……。

「名付けて『アルティメット・ボルケーノ・ウェディング・タワー』ですわ!」

「……名前からして不穏だな。中身は?」

「スポンジには細かく刻んだ黒唐辛子を練り込み、クリームには練り梅とデス・ソースを黄金比で配合。そして隠し味に、隣国の火山帯で採取した『燃える黒糖』をふんだんに使っておりますの!」

 私は得意満面で、ケーキを切り分け、アリスティア様の口元へ運びました。

「さあ、公爵様! 私たちの愛の結晶、毒味……いえ、試食をお願いしますわ!」

 アリスティア様は一瞬だけ、走馬灯でも見ているかのように遠い目をしましたが、すぐに覚悟を決めてその一口を頬張りました。

「…………ッッ!!」

 沈黙。
 公爵邸の広間に、シュゥゥゥ……という、何かが焦げるような音が響きました。
 アリスティア様の首筋に血管が浮き上がり、目から青い閃光が放たれたような気がします。

「…………ふぅ」

 彼は深く吐息を漏らしました。
 その吐息は、熱風となって私の前髪を揺らしました。

「……うまい。……だが、テリーヌ。これを食べた参列者の半分は、明日を迎えられないかもしれない」

「おほほほ! それこそが私の狙いですわ! 一生忘れられない、魂に刻まれる式にするのですもの!」

「師匠、私にもください! ……ぱくっ。……あ、あああ! 宇宙が見えますわ! 天国と地獄が同時にやってきましたわーー!!」

 シャルロット様がケーキを頬張って転げ回る中、アリスティア様は私の手を優しく取りました。

「……テリーヌ。君の暴走、私は一生受けて立つと決めた。……このケーキのように、甘みよりも痛みが勝る人生でも、君がいれば私は幸せだ」

「公爵様……。大丈夫ですわ、痛みはやがて快感に変わりますもの!」

「……それは君だけの理論な気がするが。……まあいい。最高の式にしよう」

 私たちは、催涙ガスの充満する広間で、熱烈な(物理的に熱い)抱擁を交わしました。
 結婚式まで、あと数日。
 隣国の歴史上、最も刺激的で、最も「赤い」一日が始まろうとしていました。

 一方、ショコラ王国。

「……おい。隣国から届いた結婚式の招待状……なぜ、封筒から煙が出ているんだ?」

 ジュリアン殿下が、震える手で招待状を見つめていました。
 彼はまだ知らないのです。
 その招待状の紙自体が、テリーヌお手製の「激辛香辛料入りペーパー」であることを。
 触れた瞬間、指先が痺れる呪いのおもてなしであることを。

「……行きたくない。……でも、行かないとまた何をされるか分からない……。……誰か、防護服を用意しろぉぉ!!」

 王太子の悲痛な叫びをよそに、テリーヌの「激辛ウェディング」へのカウントダウンは、着々と進んでいくのでした。
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