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王宮から公爵家の馬車に揺られ、屋敷に帰り着いたネイビーを待っていたのは、重苦しい沈黙でした。
婚約破棄の報は、魔導通信によってすでに実家へと届いていたようです。
玄関ホールでは、執事や侍女たちが一列に並び、まるでお通夜のような顔でネイビーを迎えます。
誰もが「お嬢様が発狂して暴れ出すに違いない」と身構えていました。
しかし、馬車から降りてきたネイビーの第一声は、予想に反したものでした。
「マ……マ……」
「お、お嬢様? やはりお怒りですよね? アレン殿下があんな泥棒猫のような女を選ぶなんて、我々も信じられま――」
「マフラーを! 今すぐ、首に巻けるものなら何でもいいから持ってきてちょうだい! あと、暖炉の火を最大出力にして! この屋敷、いつから氷点下になったの!?」
ネイビーは怒り狂うどころか、生まれたての小鹿のように膝をガクガクと震わせていました。
執事のセバスは目を白黒させながら、慌てて執務室からカシミアのストールを持ってこさせます。
「あ、暖まりましたか、お嬢様?」
「……ふぅ。……九死に一生を得たわ。セバス、よく聞きなさい。私は一週間後、北の果てにある『氷晶の離宮』へ追放されることになったわ」
その言葉を聞いた瞬間、使用人たちの間に悲鳴のような溜息が漏れました。
北の果てといえば、流刑地の中でも最も過酷な場所です。
「そんな……あまりに酷な。お嬢様、やはり王太后様に異議申し立てを――」
「いいえ、それよりも重要なことがあるわ。今すぐ、屋敷にある毛皮、ストール、魔石式の携帯ヒーター、それから厚手の靴下をすべて私の部屋に集めてちょうだい。一兵卒も残さず、よ!」
ネイビーの頭の中は、今や「いかにして凍死を避けるか」という生存本能で埋め尽くされていました。
しかし、部屋に戻る途中、彼女はふと立ち止まります。
(待って……ただ防寒具を集めるだけじゃダメだわ。王子の側近が言っていたじゃない。『高慢な令嬢が惨めに果てるのが最高の娯楽』だって。つまり、私が『高慢な悪役』のままだから、そんな酷い場所に送られるのよ)
ネイビーは震える手で、自分の頬をペチリと叩きました。
(今からでも遅くない。私は今日から、誰もが追放を反対するような『慈愛の天使』……いいえ、せめて『普通にいい人』にならなきゃいけないんだわ!)
その時、廊下を掃除していた一人の若い侍女が、寒さで鼻を赤くしてくしゃみをしているのが目に入りました。
彼女はネイビーの嫌がらせを恐れ、慌てて床に膝をつきます。
「も、申し訳ございません、お嬢様! すぐにあちらへ行きますので!」
普段のネイビーなら「汚らしい声を出すな」と一蹴していたでしょう。
しかし、今のネイビーは違います。
「……あなた、名前は?」
「ア、アリスと申します……!」
「アリス。あなた、そんな薄着で風邪を引いたらどうするの。……これを使いなさい」
ネイビーは、先ほどセバスに持ってこさせたばかりの最高級カシミアストールを、惜しげもなくアリスの首に巻き付けました。
「えっ……? お、お嬢様? これは、その、王家からの賜り物では……」
「いいのよ。今の私には、あなたの震える肩の方がずっと気になるわ(私が北国へ行った時に、替えのストールを持ってきてくれる味方を増やさなきゃ!)。……風邪を引かないようにね」
ネイビーは必死で口角を上げ、不自然なほど優しい笑みを浮かべました。
寒さで引きつった笑顔でしたが、アリスの目には、それが聖母の微笑みに見えたようです。
「お、お嬢様……! 私、お嬢様のことを『氷の心を持つ女帝』なんて呼んでいた自分を呪いたいです! なんてお優しい……!」
「……えっ、そんなあだ名だったの?」
ショックを受けつつも、ネイビーは手応えを感じました。
(これよ! これだわ! 物を配れば、みんなが私を『いい人』だと勘違いしてくれる。そうすれば、追放先の変更を願う嘆願書にサインしてくれる人が増えるはず!)
その後、ネイビーは部屋に閉じこもるどころか、屋敷中を駆け回りました。
「セバス、この年代物のワインは料理番の皆で飲みなさい。体が温まるわ!」
「庭師のトム、この防寒用の魔導具をあげるわ。外仕事は寒いですものね!」
高価な宝飾品やドレスを、次々と「防寒」や「健康」を理由に使用人たちに配り歩くネイビー。
屋敷内は、かつてないほどの困惑と、そして奇妙な感動に包まれ始めていました。
「お嬢様が、あんなに必死な顔をして我々の体を気遣ってくださるなんて……」
「婚約破棄のショックで、本当の慈愛に目覚められたのだわ!」
使用人たちが涙ぐむ中、ネイビーは自室のクローゼットの奥で、自分用の「最強の毛皮コート」を抱きしめて震えていました。
(ふふふ……順調だわ。明日は学園へ行って、あのリリィとかいう男爵令嬢に『暖かい紅茶』でも差し入れしてあげましょう。……もちろん、私の好感度を上げるための、最高に熱いやつをね!)
婚約破棄の報は、魔導通信によってすでに実家へと届いていたようです。
玄関ホールでは、執事や侍女たちが一列に並び、まるでお通夜のような顔でネイビーを迎えます。
誰もが「お嬢様が発狂して暴れ出すに違いない」と身構えていました。
しかし、馬車から降りてきたネイビーの第一声は、予想に反したものでした。
「マ……マ……」
「お、お嬢様? やはりお怒りですよね? アレン殿下があんな泥棒猫のような女を選ぶなんて、我々も信じられま――」
「マフラーを! 今すぐ、首に巻けるものなら何でもいいから持ってきてちょうだい! あと、暖炉の火を最大出力にして! この屋敷、いつから氷点下になったの!?」
ネイビーは怒り狂うどころか、生まれたての小鹿のように膝をガクガクと震わせていました。
執事のセバスは目を白黒させながら、慌てて執務室からカシミアのストールを持ってこさせます。
「あ、暖まりましたか、お嬢様?」
「……ふぅ。……九死に一生を得たわ。セバス、よく聞きなさい。私は一週間後、北の果てにある『氷晶の離宮』へ追放されることになったわ」
その言葉を聞いた瞬間、使用人たちの間に悲鳴のような溜息が漏れました。
北の果てといえば、流刑地の中でも最も過酷な場所です。
「そんな……あまりに酷な。お嬢様、やはり王太后様に異議申し立てを――」
「いいえ、それよりも重要なことがあるわ。今すぐ、屋敷にある毛皮、ストール、魔石式の携帯ヒーター、それから厚手の靴下をすべて私の部屋に集めてちょうだい。一兵卒も残さず、よ!」
ネイビーの頭の中は、今や「いかにして凍死を避けるか」という生存本能で埋め尽くされていました。
しかし、部屋に戻る途中、彼女はふと立ち止まります。
(待って……ただ防寒具を集めるだけじゃダメだわ。王子の側近が言っていたじゃない。『高慢な令嬢が惨めに果てるのが最高の娯楽』だって。つまり、私が『高慢な悪役』のままだから、そんな酷い場所に送られるのよ)
ネイビーは震える手で、自分の頬をペチリと叩きました。
(今からでも遅くない。私は今日から、誰もが追放を反対するような『慈愛の天使』……いいえ、せめて『普通にいい人』にならなきゃいけないんだわ!)
その時、廊下を掃除していた一人の若い侍女が、寒さで鼻を赤くしてくしゃみをしているのが目に入りました。
彼女はネイビーの嫌がらせを恐れ、慌てて床に膝をつきます。
「も、申し訳ございません、お嬢様! すぐにあちらへ行きますので!」
普段のネイビーなら「汚らしい声を出すな」と一蹴していたでしょう。
しかし、今のネイビーは違います。
「……あなた、名前は?」
「ア、アリスと申します……!」
「アリス。あなた、そんな薄着で風邪を引いたらどうするの。……これを使いなさい」
ネイビーは、先ほどセバスに持ってこさせたばかりの最高級カシミアストールを、惜しげもなくアリスの首に巻き付けました。
「えっ……? お、お嬢様? これは、その、王家からの賜り物では……」
「いいのよ。今の私には、あなたの震える肩の方がずっと気になるわ(私が北国へ行った時に、替えのストールを持ってきてくれる味方を増やさなきゃ!)。……風邪を引かないようにね」
ネイビーは必死で口角を上げ、不自然なほど優しい笑みを浮かべました。
寒さで引きつった笑顔でしたが、アリスの目には、それが聖母の微笑みに見えたようです。
「お、お嬢様……! 私、お嬢様のことを『氷の心を持つ女帝』なんて呼んでいた自分を呪いたいです! なんてお優しい……!」
「……えっ、そんなあだ名だったの?」
ショックを受けつつも、ネイビーは手応えを感じました。
(これよ! これだわ! 物を配れば、みんなが私を『いい人』だと勘違いしてくれる。そうすれば、追放先の変更を願う嘆願書にサインしてくれる人が増えるはず!)
その後、ネイビーは部屋に閉じこもるどころか、屋敷中を駆け回りました。
「セバス、この年代物のワインは料理番の皆で飲みなさい。体が温まるわ!」
「庭師のトム、この防寒用の魔導具をあげるわ。外仕事は寒いですものね!」
高価な宝飾品やドレスを、次々と「防寒」や「健康」を理由に使用人たちに配り歩くネイビー。
屋敷内は、かつてないほどの困惑と、そして奇妙な感動に包まれ始めていました。
「お嬢様が、あんなに必死な顔をして我々の体を気遣ってくださるなんて……」
「婚約破棄のショックで、本当の慈愛に目覚められたのだわ!」
使用人たちが涙ぐむ中、ネイビーは自室のクローゼットの奥で、自分用の「最強の毛皮コート」を抱きしめて震えていました。
(ふふふ……順調だわ。明日は学園へ行って、あのリリィとかいう男爵令嬢に『暖かい紅茶』でも差し入れしてあげましょう。……もちろん、私の好感度を上げるための、最高に熱いやつをね!)
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