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「……太陽。ああ、太陽がここにありましたわ……」
ネイビーはうっとりとした表情で、イグニスの手を取りました。
イグニスの放つ圧倒的な熱量は、冷え切った彼女の指先を瞬時に解かしていきます。
辺境守備隊の若き隊長であるイグニスは、突然のことに端正な顔を強張らせました。
彼は戦場での経験は豊富ですが、公爵令嬢に熱烈な視線を向けられた経験はありません。
「な、何を言っているんだ。手を離せ。……というか、君の手はなぜこんなに冷たいんだ? まるで死人のようじゃないか」
「死にかけていたのですわ! ですが、あなたの隣にいるだけで、私の凍てついた魂が……いえ、細胞のひとつひとつが再起動していくのがわかります!」
ネイビーは必死でした。
(離さないわ。この人を離したら、私はまたあの極寒の絶望に逆戻りだもの。この熱、この温度……彼こそが私の生存戦略の鍵よ!)
二人の様子を、アレン王子が苦々しい顔で見ていました。
「おい、イグニス。その女に関わるな。ネイビーは今、リリィを魔法瓶の熱湯で暗殺しようとしたところだぞ」
「……暗殺? この震えている令嬢がか?」
イグニスは、ネイビーの顔をじっと見つめました。
寒さで潤んだ瞳、真っ青な唇、そして自分に縋り付く細い指。
彼には、彼女が他人を攻撃する余裕があるようには見えませんでした。
「殿下、失礼ながら彼女は暗殺どころか、立っているのが精一杯に見えます。顔色が尋常ではありません」
「それは、彼女が冷酷な悪女だからだ! 心が冷え切っているから、見た目もそうなっているのだ!」
アレン王子の無茶苦茶な論理に、ネイビーは心の中で(そんなわけあるか!)とツッコミを入れました。
しかし、ここで反論しては好感度が下がります。
「殿下……おっしゃる通りですわ。私の心は、あまりに冷え切っておりました。……ですが、イグニス様の温もりに触れ、ようやく気づいたのです。人の温かさが、どれほど尊いものかを」
ネイビーはイグニスの腕を、より一層強く抱きしめました。
(ああ、筋肉が熱い。この人の上着、中はどうなっているのかしら。カイロが百個くらい詰まっているんじゃないかしら……!)
イグニスは、耳まで真っ赤にして顔を背けました。
「くっ……。君という人は、初対面の男に対して、あまりに……あまりに無防備ではないか」
「無防備でも何でも構いません! 私、あなたの側にいられるなら、どんな過酷な修行(薪割り)でも耐えてみせますわ!」
(体を動かせば体温も上がりますし、一石二鳥ですわ!)
ネイビーの切実な言葉は、周囲の生徒たちの耳には「一目惚れの愛の告白」として届きました。
昨日の今日で別の男に乗り換えたのか、と呆れる声もありましたが、それ以上に彼女の必死な様子が「真実の愛」に見えてしまったのです。
「……ふん、好きにするがいい。イグニス、その女の監視は任せたぞ。どうせ一週間後には、あいつは北の最果てに行く身だ」
アレン王子はリリィを連れて、不機嫌そうに去っていきました。
教室に残されたのは、困惑する生徒たちと、イグニス、そして彼にぴったりと張り付いているネイビーです。
「……おい。殿下はいなくなった。もう離したらどうだ」
「いいえ、まだ私の体温が適正温度に達しておりません。あと五分……いえ、授業が始まるまでこのままでいさせてください」
「君な……」
イグニスは溜息をつきましたが、ネイビーのあまりの震えっぷりに毒気を抜かれたのか、それ以上彼女を突き放そうとはしませんでした。
「そんなに寒いなら、これを着ていろ。……軍用品だが、生地だけは厚い」
イグニスは無造作に、自分の赤い外套を脱いでネイビーの肩にかけました。
それは、彼自身の熱をたっぷりと含んだ、最高に贅沢な「防寒着」でした。
「ああ……幸せ……」
ネイビーは外套に顔を埋め、深い溜息をつきました。
周囲からは「なんて献身的なカップルなの!」という勘違いの歓声が上がります。
(これでいいわ。イグニス様という『暖房器具』……いえ、『恩人』を味方につければ、私の追放生活も少しはマシになるかもしれない。……待って、彼って辺境守備隊長よね? もしかして、彼について行けば、常に温かい生活が送れるのでは?)
ネイビーの脳内に、新たな生存ルートが浮かび上がりました。
王子の寵愛を取り戻すよりも、この「歩く太陽」を攻略する方が、よほど生存率が高いのではないか。
「イグニス様。私、決めたわ。……あなたのお役に立てるよう、今日から心を入れ替えて、この学園で最も徳の高い令嬢になってみせます!」
「……勝手にするがいい。だが、風邪だけは引かないようにしろ。そんな顔色で死なれたら、俺の寝覚めが悪い」
不器用な優しさを見せるイグニスに、ネイビーは確信しました。
(この人は、私が凍えないために神様が遣わしてくれた天使だわ!)
こうして、ネイビーの改心(という名の生存戦略)は、あらぬ方向へと加速していくのでした。
ネイビーはうっとりとした表情で、イグニスの手を取りました。
イグニスの放つ圧倒的な熱量は、冷え切った彼女の指先を瞬時に解かしていきます。
辺境守備隊の若き隊長であるイグニスは、突然のことに端正な顔を強張らせました。
彼は戦場での経験は豊富ですが、公爵令嬢に熱烈な視線を向けられた経験はありません。
「な、何を言っているんだ。手を離せ。……というか、君の手はなぜこんなに冷たいんだ? まるで死人のようじゃないか」
「死にかけていたのですわ! ですが、あなたの隣にいるだけで、私の凍てついた魂が……いえ、細胞のひとつひとつが再起動していくのがわかります!」
ネイビーは必死でした。
(離さないわ。この人を離したら、私はまたあの極寒の絶望に逆戻りだもの。この熱、この温度……彼こそが私の生存戦略の鍵よ!)
二人の様子を、アレン王子が苦々しい顔で見ていました。
「おい、イグニス。その女に関わるな。ネイビーは今、リリィを魔法瓶の熱湯で暗殺しようとしたところだぞ」
「……暗殺? この震えている令嬢がか?」
イグニスは、ネイビーの顔をじっと見つめました。
寒さで潤んだ瞳、真っ青な唇、そして自分に縋り付く細い指。
彼には、彼女が他人を攻撃する余裕があるようには見えませんでした。
「殿下、失礼ながら彼女は暗殺どころか、立っているのが精一杯に見えます。顔色が尋常ではありません」
「それは、彼女が冷酷な悪女だからだ! 心が冷え切っているから、見た目もそうなっているのだ!」
アレン王子の無茶苦茶な論理に、ネイビーは心の中で(そんなわけあるか!)とツッコミを入れました。
しかし、ここで反論しては好感度が下がります。
「殿下……おっしゃる通りですわ。私の心は、あまりに冷え切っておりました。……ですが、イグニス様の温もりに触れ、ようやく気づいたのです。人の温かさが、どれほど尊いものかを」
ネイビーはイグニスの腕を、より一層強く抱きしめました。
(ああ、筋肉が熱い。この人の上着、中はどうなっているのかしら。カイロが百個くらい詰まっているんじゃないかしら……!)
イグニスは、耳まで真っ赤にして顔を背けました。
「くっ……。君という人は、初対面の男に対して、あまりに……あまりに無防備ではないか」
「無防備でも何でも構いません! 私、あなたの側にいられるなら、どんな過酷な修行(薪割り)でも耐えてみせますわ!」
(体を動かせば体温も上がりますし、一石二鳥ですわ!)
ネイビーの切実な言葉は、周囲の生徒たちの耳には「一目惚れの愛の告白」として届きました。
昨日の今日で別の男に乗り換えたのか、と呆れる声もありましたが、それ以上に彼女の必死な様子が「真実の愛」に見えてしまったのです。
「……ふん、好きにするがいい。イグニス、その女の監視は任せたぞ。どうせ一週間後には、あいつは北の最果てに行く身だ」
アレン王子はリリィを連れて、不機嫌そうに去っていきました。
教室に残されたのは、困惑する生徒たちと、イグニス、そして彼にぴったりと張り付いているネイビーです。
「……おい。殿下はいなくなった。もう離したらどうだ」
「いいえ、まだ私の体温が適正温度に達しておりません。あと五分……いえ、授業が始まるまでこのままでいさせてください」
「君な……」
イグニスは溜息をつきましたが、ネイビーのあまりの震えっぷりに毒気を抜かれたのか、それ以上彼女を突き放そうとはしませんでした。
「そんなに寒いなら、これを着ていろ。……軍用品だが、生地だけは厚い」
イグニスは無造作に、自分の赤い外套を脱いでネイビーの肩にかけました。
それは、彼自身の熱をたっぷりと含んだ、最高に贅沢な「防寒着」でした。
「ああ……幸せ……」
ネイビーは外套に顔を埋め、深い溜息をつきました。
周囲からは「なんて献身的なカップルなの!」という勘違いの歓声が上がります。
(これでいいわ。イグニス様という『暖房器具』……いえ、『恩人』を味方につければ、私の追放生活も少しはマシになるかもしれない。……待って、彼って辺境守備隊長よね? もしかして、彼について行けば、常に温かい生活が送れるのでは?)
ネイビーの脳内に、新たな生存ルートが浮かび上がりました。
王子の寵愛を取り戻すよりも、この「歩く太陽」を攻略する方が、よほど生存率が高いのではないか。
「イグニス様。私、決めたわ。……あなたのお役に立てるよう、今日から心を入れ替えて、この学園で最も徳の高い令嬢になってみせます!」
「……勝手にするがいい。だが、風邪だけは引かないようにしろ。そんな顔色で死なれたら、俺の寝覚めが悪い」
不器用な優しさを見せるイグニスに、ネイビーは確信しました。
(この人は、私が凍えないために神様が遣わしてくれた天使だわ!)
こうして、ネイビーの改心(という名の生存戦略)は、あらぬ方向へと加速していくのでした。
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