悪役令嬢として婚約破棄され、地獄の追放先へ。

ちゃっぴー

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「……あつ、い。幸せ。ここは、南国……? それとも、オーブンの中心部かしら……」

ネイビーが意識を取り戻した時、最初に感じたのは、人生で最高クラスの「熱」でした。
視界が開けると、そこは学園の保健室でしたが、ベッドの周囲には十数枚もの毛布が積み上げられ、さながら布の要塞と化しています。

そして、その要塞の核となっていたのは、ネイビーを背後から力強く抱きしめているイグニスの体温でした。

「気がついたか。……ったく、どれだけ冷えれば気が済むんだ、お前は」

耳元で響く低い声に、ネイビーは心臓が跳ね上がりました。
しかし、羞恥心よりも先に「この熱を手放したくない」という生存本能が勝利します。

「イグニス様……。あと五分、いえ、あと五時間はこのままで……。あなたの体温、最高出力の暖炉を独り占めしている気分ですわ」

「……寝言はそれくらいにしろ。これでも手加減しているんだ。本気で魔力を流せば、ベッドごと消し炭になるぞ」

イグニスは呆れたように言いながらも、腕の力を緩めようとはしませんでした。
彼の顔は、ネイビーからは見えませんでしたが、熟したリンゴのように真っ赤に染まっていました。

「それで……あいつはどうなったのかしら。私を冷凍庫に閉じ込めた、あの冷徹な眼鏡男は」

ネイビーの言葉に、イグニスの周囲の空気が一瞬で熱を帯びました。怒りの熱です。

「ゼノビスなら、今ごろ騎士団の取調室だ。学園の備品を悪用し、公爵令嬢を殺害しようとした罪は重い。殿下もかばいきれんだろうな」

「まあ、当然ですわね。ですが、ただ牢屋に入れるだけでは私の気が済みませんわ。……イグニス様、私にいい考えがありますの」

ネイビーは毛布の隙間から、ひょっこりと顔を出しました。
その瞳には、かつての悪役令嬢らしい「邪悪」な……もとい、「熱い」光が宿っています。

「あいつの心は冷え切っています。だから、あんな冷たい罠を思いつくのです。ならば、私が『慈愛の令嬢』として、最高に温かい洗礼を授けてあげなければ」

「……嫌な予感しかしないな。何をするつもりだ」

「ふふふ、見ていらして。……さあ、セバスを呼んでちょうだい。特注の『超極暖・全身拘束スーツ』を発注しますわ!」

数日後。
学園の広場には、アレン王子とリリィ、そして謹慎処分を受けたゼノビスが呼び出されていました。
そこへ、イグニスの外套を羽織った(そして中にはカイロを仕込んだ)ネイビーが、聖女のような微笑みを浮かべて現れます。

「ゼノビス様。あなたが私をあの冷たい場所に閉じ込めたのは、きっと、寒さの辛さを知らなかったから……愛が足りなかったからですわね?」

「……何を、馬鹿なことを。私はただ、殿下の邪魔になるあなたを――」

「いいえ、言い訳は無用ですわ! 私はあなたを許します。そして、私の慈悲を物理的に分かち合って差し上げます!」

ネイビーが合図を送ると、屈強な使用人たちが巨大な包みを運び込んできました。
それは、最高級の羊毛を十重に重ね、さらに熱を逃がさない特殊な魔導加工を施した、異様なまでに分厚い「全身タイツ型の防寒着」でした。

「さあ、それをお召しになって! 今日から一週間、一瞬たりとも脱いではいけませんわ。食事の時も、寝る時も、日差しの強い昼下がりも、ずっとです!」

「な……!? この季節にこんなものを着たら、蒸れて死ぬぞ!」

「死にませんわ、私が保証します! これぞ、ネイビー流・熱血改心プログラム! さあ、殿下の前で、私への感謝を述べながら着用なさい!」

ゼノビスは青ざめましたが、アレン王子も「ネイビーが許すと言っているのだ、温情だと思え」と、なぜか感動した面持ちで頷いています。

無理やり「超極暖スーツ」を着せられたゼノビスは、ものの数分で滝のような汗を流し始めました。
その暑苦しい姿を見ながら、ネイビーは優雅に温かい紅茶を啜ります。

「ああ、いい眺めですわ。……誰かを温めるって、こんなに素晴らしいことだったのね」

「……お前の復讐心、別のベクトルで恐ろしいな」

隣で見守っていたイグニスが、引き気味に呟きました。
しかし、ネイビーは満足げに彼に寄り添います。

「あら、私は本気で彼の心を温めようとしているのですわよ? これで彼も、二度と私を寒い場所へ送ろうなんて思わなくなるはずですもの」

ネイビーの評価は、この一件で「罪を許すだけでなく、犯人の健康(?)まで気遣う慈愛の塊」として、さらなる高みへと爆上がりしたのでした。

しかし、追放の日限は刻一刻と近づいていました。
北国行きの決定を覆すためには、さらなる「熱狂的」な支持が必要なのです。
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