悪役令嬢として婚約破棄され、地獄の追放先へ。

ちゃっぴー

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「……素晴らしい。ですが、足りませんわ。圧倒的に、決定的に、『潤い』を伴う温もりが足りなくてよ!」

王子の視察を乗り越え、完全なる自由を手に入れたネイビーは、離宮のテラス(当然、熱風のバリアで外気を遮断済み)で叫びました。

隣で氷水を一気に飲み干していたイグニスが、重い溜息をつきます。

「……ネイビー、いい加減にしろ。今のこの宮殿、外から見れば常に陽炎が立っているほどの異常気象だぞ。これ以上何を望むんだ」

「決まっていますわ、温泉です! イグニス様、床暖房は確かに文明の利器ですが、それは乾燥を招きます。乙女の肌には、しっとりとまとわりつく熱湯……そう、温泉が必要不可欠なのですわ!」

ネイビーは扇子を力強く叩きつけ、宮殿の地下深くを指さしました。

「この地の下には、あの氷竜さんが抱きしめている巨大な地熱源があります。そこを少しだけ刺激して、温泉を地上へ噴出させるのです! 名付けて『離宮・大露天風呂化計画』ですわ!」

「……おい、寝ている竜をこれ以上いじるのは危険だって言っただろう。もし刺激しすぎて噴火でもしたらどうする」

「大丈夫ですわ、イグニス様の炎魔法で圧力を調整すればいいのです。それに、温泉が湧けばあなたも毎日、極上の湯船でリラックスできますのよ? ……想像してみてください、雪景色を眺めながら、首まで浸かる熱々のお湯を……」

ネイビーの誘惑的な(本人はそのつもり)囁きに、イグニスは一瞬、想像してしまいました。
連日の「人間ストーブ」任務で凝り固まった筋肉が、温泉で解きほぐされる光景を。

「……っ。……確かに、悪くないかもしれないが」

「決まりですわね! セバス、すぐに掘削チームを招集してちょうだい! 掘る場所は、竜さんの寝返りが一番激しいあそこの岩盤よ!」

数日後、離宮の裏庭では、耳を劈くような掘削音が響き渡っていました。
村人たちも「聖女様が、今度は村にお湯を授けてくださるらしいぞ!」と、お祭り騒ぎで手伝いに集まっています。

「いいですか、皆様! 冷たい水など、この世から一滴も残さないくらいの気概で掘りなさい! お湯を掘り当てるまで、私はここを動きませんわ!」

ネイビーは断熱素材でできた特製の日傘を差し、イグニスの隣に陣取って指揮を執りました。

そして作業開始から数時間。
地面が大きく揺れ、イグニスが反射的にネイビーを抱き寄せた、その瞬間でした。

ドォォォォン!!

という轟音と共に、地中から純白の湯気が天高く舞い上がりました。
それはただの湯気ではありません。氷竜の魔力を含んだ、七色に輝く奇跡の温泉でした。

「……湧いたわ。湧きましたわ! 見て、イグニス様! あれこそが、私の求める『永遠の入浴権』ですわ!」

「すごい熱量だ……。おい、これ、普通の人間が浸かったら茹で上がるぞ。……って、ネイビー!? どこへ行く!」

ネイビーは歓喜のあまり、まだ整備も終わっていない泉源へと駆け寄りました。
彼女は、噴き出すお湯が飛沫となって自分に降り注ぐのを、全身で受け止めました。

「あああ……。熱い……! 熱いけれど、最高ですわ……! 細胞のひとつひとつが、お湯と対話しているのを感じます……!」

「……お前、本当に令嬢か? 完全に野生の何かになってるぞ」

呆れ果てるイグニスでしたが、ネイビーに無理やり手を引かれ、湧き出したばかりの熱い湯溜まりに指を浸しました。
すると、身体の芯に残っていた冷気の残滓が、一瞬で溶けていくような感覚に襲われました。

「……ふん、悪くない。……いや、最高だな」

「でしょう!? さあ、イグニス様。今すぐここに、二人だけの専用浴場を作りましょう! 村の皆様にも開放して、この北国を『世界一のスパリゾート』に変えてやるのですわ!」

ネイビーの野望は、ついに領地経営の枠を超え、娯楽の殿堂へと向かい始めました。

しかし、この「黄金の湯」の噂は、思わぬところにも届いていました。
かつてネイビーを「冷酷」と評していた王都の貴族たちが、その美容効果と温もりを求めて、こぞって北国への「巡礼」を希望し始めたのです。
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