16 / 28
16
しおりを挟む
「ハァ、ハァ……。ネイビー、認めよう。この『暖房技術』は、我が国の国力を根底から覆すほどの価値がある……!」
宮殿内で最も「涼しい」とされる、摂氏二十八度に設定された客間。
そこでアレン王子は、シャツのボタンを全開にし、氷水の入った桶に足を突っ込みながら息を弾ませていました。
その向かい側で、ネイビーは涼やかな顔で(実際は背中に氷の魔石を忍ばせて)優雅に紅茶を啜っています。
「あら、ようやくご理解いただけましたの? 殿下、この北国を『不毛の地』と呼んだのは、どこのどなたでしたかしら?」
「ぐっ……。それは、その……。だが、このパイプラインを王都まで引けば、冬の暖房費は激減し、民の生活は豊かになる! ネイビー、この技術を王室に献上しろ。そうすれば、お前の罪を完全に赦免し、王都へ呼び戻してやってもいいぞ」
アレン王子の「恩赦」の言葉。
普通の追放令嬢なら、泣いて喜ぶ展開です。
しかし、ネイビーは扇子をパサリと閉じ、憐れむような視線を王子に向けました。
「殿下、お言葉ですが……お断りいたしますわ」
「なっ……!? なぜだ! 王都へ戻りたくないのか!?」
「嫌ですわ。王都の冬は、私の基準ではまだ『氷河期』に等しいものですもの。それに、このシステムの核は二つ……。一つは、地下でぬくぬくと眠る氷竜さん。もう一つは……」
ネイビーは隣に座るイグニスの腕を、これ見よがしにギュッと抱きしめました。
「私の専用ストーブ……失礼、最愛の婚約者候補であるイグニス様の、一点の曇りもない『情熱』ですわ。彼が王都へ行けば、ここが冷え切ってしまいます。それは私の生存権に関わる大問題ですの!」
「イグニス、お前からも何か言え! これは国家の利益なのだぞ!」
矛先を向けられたイグニスは、ネイビーに腕を絡められたまま、面倒くさそうに鼻を鳴らしました。
「……悪いな、殿下。俺の魔力は、こいつを温めるためだけに最適化されているんだ。王都全体の暖房なんて、出力が分散して効率が悪い。俺は、俺の手の届く範囲……つまり、こいつの隣を温めていられれば、それでいい」
「な……。軍人ともあろう者が、一人の女のために職務を……!」
「いいえ、殿下。これは職務ですわよ。……陛下から言われませんでしたの? 『ネイビーの熱意を監視せよ』と。イグニス様は、私の情熱を物理的に管理してくださっているのですわ」
ネイビーは立ち上がり、交渉の最終案を突きつけました。
「殿下、こうしましょう。技術の一部は提供いたしますわ。ただし、この『氷晶の離宮』とその周辺領地は、私とイグニス様の完全自治領として認めていただきます。そして、王都からは毎年、最高級の茶葉と、断熱材の原料、それから最新の美容品を無償で供給しなさいな。……さもなくば、今すぐこのパイプラインのバルブを閉めて、ここを元の冷凍庫に戻しますけれど?」
「なっ……!? 今ここを冷やされたら、我々は一瞬で凍死するぞ!」
「あら、自業自得ではなくて? さあ、選んでちょうだい。温かな自由か、それとも冷徹なプライドか!」
ネイビーの瞳が、かつての悪役令嬢時代を彷彿とさせる……いえ、それ以上に熱い「強欲」な光を放ちました。
アレン王子は、リリィの「もう暑くて無理ですぅ……」という泣き言と、ネイビーの冷酷な(でも体温は高い)微笑みに挟まれ、ついに力なくうなだれました。
「……分かった。認めよう。……お前の勝ちだ、ネイビー。……ただし、イグニス。その女に火傷させられないよう、せいぜい気をつけるんだな」
「……ああ、心配ない。慣れているからな」
イグニスは不敵に笑うと、ネイビーの腰を引き寄せました。
こうして、ネイビー・アルスターは、史上初、そして唯一の「冬を知らない北国の領主」としての地位を手に入れたのでした。
王子の馬車が(冷房代わりの魔石を大量に積み込んで)這々の体で王都へと去っていくのを、ネイビーは晴れやかな顔で見送りました。
「……終わりましたわね、イグニス様。これで誰にも邪魔されず、最高の越冬生活が送れますわ!」
「……越冬っていうか、お前の場合は一年中、常夏生活だけどな。……さて、仕事が終わったなら、少し休憩させてもらうぞ。……お前のせいで、俺の魔力も空っぽだ」
「あら、大変! すぐに私の部屋へいらして! お礼に、とっておきの『最高級・羽毛布団』の中へご招待しますわ!」
「……それは、お前が温まりたいだけだろうが」
文句を言いながらも、イグニスの顔には隠しきれない笑みが浮かんでいました。
宮殿内で最も「涼しい」とされる、摂氏二十八度に設定された客間。
そこでアレン王子は、シャツのボタンを全開にし、氷水の入った桶に足を突っ込みながら息を弾ませていました。
その向かい側で、ネイビーは涼やかな顔で(実際は背中に氷の魔石を忍ばせて)優雅に紅茶を啜っています。
「あら、ようやくご理解いただけましたの? 殿下、この北国を『不毛の地』と呼んだのは、どこのどなたでしたかしら?」
「ぐっ……。それは、その……。だが、このパイプラインを王都まで引けば、冬の暖房費は激減し、民の生活は豊かになる! ネイビー、この技術を王室に献上しろ。そうすれば、お前の罪を完全に赦免し、王都へ呼び戻してやってもいいぞ」
アレン王子の「恩赦」の言葉。
普通の追放令嬢なら、泣いて喜ぶ展開です。
しかし、ネイビーは扇子をパサリと閉じ、憐れむような視線を王子に向けました。
「殿下、お言葉ですが……お断りいたしますわ」
「なっ……!? なぜだ! 王都へ戻りたくないのか!?」
「嫌ですわ。王都の冬は、私の基準ではまだ『氷河期』に等しいものですもの。それに、このシステムの核は二つ……。一つは、地下でぬくぬくと眠る氷竜さん。もう一つは……」
ネイビーは隣に座るイグニスの腕を、これ見よがしにギュッと抱きしめました。
「私の専用ストーブ……失礼、最愛の婚約者候補であるイグニス様の、一点の曇りもない『情熱』ですわ。彼が王都へ行けば、ここが冷え切ってしまいます。それは私の生存権に関わる大問題ですの!」
「イグニス、お前からも何か言え! これは国家の利益なのだぞ!」
矛先を向けられたイグニスは、ネイビーに腕を絡められたまま、面倒くさそうに鼻を鳴らしました。
「……悪いな、殿下。俺の魔力は、こいつを温めるためだけに最適化されているんだ。王都全体の暖房なんて、出力が分散して効率が悪い。俺は、俺の手の届く範囲……つまり、こいつの隣を温めていられれば、それでいい」
「な……。軍人ともあろう者が、一人の女のために職務を……!」
「いいえ、殿下。これは職務ですわよ。……陛下から言われませんでしたの? 『ネイビーの熱意を監視せよ』と。イグニス様は、私の情熱を物理的に管理してくださっているのですわ」
ネイビーは立ち上がり、交渉の最終案を突きつけました。
「殿下、こうしましょう。技術の一部は提供いたしますわ。ただし、この『氷晶の離宮』とその周辺領地は、私とイグニス様の完全自治領として認めていただきます。そして、王都からは毎年、最高級の茶葉と、断熱材の原料、それから最新の美容品を無償で供給しなさいな。……さもなくば、今すぐこのパイプラインのバルブを閉めて、ここを元の冷凍庫に戻しますけれど?」
「なっ……!? 今ここを冷やされたら、我々は一瞬で凍死するぞ!」
「あら、自業自得ではなくて? さあ、選んでちょうだい。温かな自由か、それとも冷徹なプライドか!」
ネイビーの瞳が、かつての悪役令嬢時代を彷彿とさせる……いえ、それ以上に熱い「強欲」な光を放ちました。
アレン王子は、リリィの「もう暑くて無理ですぅ……」という泣き言と、ネイビーの冷酷な(でも体温は高い)微笑みに挟まれ、ついに力なくうなだれました。
「……分かった。認めよう。……お前の勝ちだ、ネイビー。……ただし、イグニス。その女に火傷させられないよう、せいぜい気をつけるんだな」
「……ああ、心配ない。慣れているからな」
イグニスは不敵に笑うと、ネイビーの腰を引き寄せました。
こうして、ネイビー・アルスターは、史上初、そして唯一の「冬を知らない北国の領主」としての地位を手に入れたのでした。
王子の馬車が(冷房代わりの魔石を大量に積み込んで)這々の体で王都へと去っていくのを、ネイビーは晴れやかな顔で見送りました。
「……終わりましたわね、イグニス様。これで誰にも邪魔されず、最高の越冬生活が送れますわ!」
「……越冬っていうか、お前の場合は一年中、常夏生活だけどな。……さて、仕事が終わったなら、少し休憩させてもらうぞ。……お前のせいで、俺の魔力も空っぽだ」
「あら、大変! すぐに私の部屋へいらして! お礼に、とっておきの『最高級・羽毛布団』の中へご招待しますわ!」
「……それは、お前が温まりたいだけだろうが」
文句を言いながらも、イグニスの顔には隠しきれない笑みが浮かんでいました。
0
あなたにおすすめの小説
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
婚約破棄のススメ!王子の「真実の愛」見つけて差し上げます
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢メロア・クレーベルの隣には、非の打ち所がない完璧すぎる婚約者、ジークハルト王子が君臨している。このまま結婚すれば、待っているのは「王妃教育」と「終わらない公務」という名の過労死コース……。
「嫌ですわ! わたくし、絶対に婚約破棄して隠居してみせますわ!」
決意したメロアは、入学したての学園で、王子の「真実の愛の相手(ヒロイン)」を見つけ出し、自分を捨ててもらうという作戦を開始する。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31
*らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる