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「……ハッハッハ! これぞ王家に伝わる秘宝中の秘宝、『絶対零度の涙(グラシアル・ティア)』! いかに氷竜の魔力が強大であろうと、この石が放つ究極の冷気の前には、すべてが無に帰すのだ!」
霧の中から響くボルドー宰相の狂ったような高笑いと共に、戦場の空気が一変しました。
彼が掲げた青黒い魔石から、物理法則を無視した「静かなる冷気」が波のように押し寄せたのです。
それは先ほどまでの、ネイビーが撒いたお湯の熱気を一瞬で凍りつかせ、白い霜に変えていきました。
宮殿の壁を走る熱い魔力ラインが、カチカチと音を立てて消灯していきます。
「……ヒッ!? 寒い、寒い寒い寒い! 何なんですのこの温度! 私の体感温度が、今まさに氷河期に突入しましたわ!」
ネイビーは、足元の床暖房が急速に冷たくなっていくのを感じ、恐怖に顔を引きつらせました。
ドレスの裾は一瞬でバリバリに凍り、吐き出す息は白を通り越して、空中で小さな氷の粒となって落ちていきます。
「お嬢様、いけません! 宮殿のメインボイラー……いえ、魔力炉が凍結を始めました! このままでは全館の温度がマイナス五十度に達します!」
セバスが震える手で温度計を掲げましたが、その計器すらもパリンと割れてしまいました。
「……っ、この野郎。王家の禁忌を持ち出しやがって。……ネイビー、下がっていろ。俺がこの炎で、その石ごと焼き尽くしてやる!」
イグニスが前に出ようとしましたが、その足が凍りついた床に張り付き、動きを止めました。
彼の全身から放たれる炎が、青い冷気に押し負け、次第に小さくなっていくのです。
「くそっ……! 熱気が吸い取られる……!? ボルドー、貴様、自分の命まで削るつもりか!」
「構わん! この地を凍土に戻し、貴様らの慢心ごと氷漬けにしてくれるわ!」
ボルドーの眼鏡が白く凍りつき、その姿は死神のようでした。
ネイビーはガタガタと震えながら、絶望的な光景を見つめていました。
このままではイグニスが凍えてしまう。そして自分も、二度と解けることのない氷像になってしまう。
(嫌よ……。そんなの絶対に嫌ですわ! 冷たいベッドで一生を終えるなんて、公爵令嬢として、いいえ、世界一の暖房愛好家として屈辱だわ!)
ネイビーの脳内で、何かが弾けました。
彼女は震える足を無理やり動かし、消え入りそうな炎の中で苦しむイグニスの背中に、全力で飛びつきました。
「イグニス様! 何をしてますの! あなたの情熱は、そんな石ころ一つに負けるほど安いものだったのかしら!」
「……ネ、ネイビー!? 来るな、お前まで凍りつくぞ!」
「いいえ、離しませんわ! いいですか、よく聞いてちょうだい。……私の身体は今、寒さへの恐怖で極限までアドレナリンが出ていますわ! この心臓の鼓動、この必死な体温……すべてを、あなたの『薪』として差し上げます!」
ネイビーは、イグニスの首筋に腕を回し、顔を強く押し当てました。
それは令嬢としての恥じらいを捨てた、生存のための「究極の密着」でした。
「さあ、私の魔力も、私の想いも、全部持っていきなさい! そして今すぐ、この世界を……私を! 百二十度くらいに熱くしてちょうだい!!」
「……っ、ああ、分かった。……お前のその、暑苦しいほどの執念……確かに受け取ったぜ!」
ネイビーから流れ込んでくる、凄まじい「熱意」。
それは単なる魔力の譲渡ではなく、彼女の生存への渇望が、イグニスの炎を爆発的に増幅させる触媒となったのです。
ドォォォォォン!!
イグニスの身体から、真紅を通り越して「純白」に輝く炎が噴き出しました。
それはもはや物理的な火ではなく、概念としての『熱』。
押し寄せていた絶対零度の波動を、圧倒的な熱量で押し戻し、ボルドーの持つ魔石を真っ赤に焼き始めたのです。
「な、なんだと……!? あり得ん、人間の、それも女一人と合わさった程度で、王家の遺物を凌駕するなど……!」
「愛を……いえ、暖房への執着を舐めないでくださいまし!」
ネイビーが叫んだ瞬間、イグニスの放った熱波がボルドーを直撃しました。
ピキィィィィン……という悲鳴のような音と共に、絶対零度の魔石に無数の亀裂が入り、最後には粉々に砕け散りました。
「……はぁ、はぁ。……勝ったのか?」
イグニスが膝をつきました。
周囲は、先ほどの熱波で雪が一瞬にして蒸発し、一面が真っ白な蒸気で覆われています。
「……勝ちましたわ。……見てください、イグニス様。……私の、私の離宮に……温もりが戻ってきましたわ……」
ネイビーは、イグニスの胸の中で、今度は安心感と微かな熱気(のぼせ)によって、意識を失いそうになりました。
霧の向こうでは、魔石を失い、全身を蒸気で蒸されたボルドーが、無様に地面を這っていました。
「おのれ……ネイビー・アルスター……。だが……これで終わりだと思うなよ……」
「セバス、あの方を捕らえて。……あ、牢屋にはしっかり暖房を入れてあげてちょうだいね。……私、あの方に、一生かけて『正しい温度』を教えて差し上げますわ」
ネイビーは、勝ち誇ったように微笑みました。
絶対零度の脅威すらも「愛(執念)の熱」で溶かしてしまった彼女。
もはや、この北国に彼女を凍えさせることができるものは、何一つ存在しないかのように見えました。
霧の中から響くボルドー宰相の狂ったような高笑いと共に、戦場の空気が一変しました。
彼が掲げた青黒い魔石から、物理法則を無視した「静かなる冷気」が波のように押し寄せたのです。
それは先ほどまでの、ネイビーが撒いたお湯の熱気を一瞬で凍りつかせ、白い霜に変えていきました。
宮殿の壁を走る熱い魔力ラインが、カチカチと音を立てて消灯していきます。
「……ヒッ!? 寒い、寒い寒い寒い! 何なんですのこの温度! 私の体感温度が、今まさに氷河期に突入しましたわ!」
ネイビーは、足元の床暖房が急速に冷たくなっていくのを感じ、恐怖に顔を引きつらせました。
ドレスの裾は一瞬でバリバリに凍り、吐き出す息は白を通り越して、空中で小さな氷の粒となって落ちていきます。
「お嬢様、いけません! 宮殿のメインボイラー……いえ、魔力炉が凍結を始めました! このままでは全館の温度がマイナス五十度に達します!」
セバスが震える手で温度計を掲げましたが、その計器すらもパリンと割れてしまいました。
「……っ、この野郎。王家の禁忌を持ち出しやがって。……ネイビー、下がっていろ。俺がこの炎で、その石ごと焼き尽くしてやる!」
イグニスが前に出ようとしましたが、その足が凍りついた床に張り付き、動きを止めました。
彼の全身から放たれる炎が、青い冷気に押し負け、次第に小さくなっていくのです。
「くそっ……! 熱気が吸い取られる……!? ボルドー、貴様、自分の命まで削るつもりか!」
「構わん! この地を凍土に戻し、貴様らの慢心ごと氷漬けにしてくれるわ!」
ボルドーの眼鏡が白く凍りつき、その姿は死神のようでした。
ネイビーはガタガタと震えながら、絶望的な光景を見つめていました。
このままではイグニスが凍えてしまう。そして自分も、二度と解けることのない氷像になってしまう。
(嫌よ……。そんなの絶対に嫌ですわ! 冷たいベッドで一生を終えるなんて、公爵令嬢として、いいえ、世界一の暖房愛好家として屈辱だわ!)
ネイビーの脳内で、何かが弾けました。
彼女は震える足を無理やり動かし、消え入りそうな炎の中で苦しむイグニスの背中に、全力で飛びつきました。
「イグニス様! 何をしてますの! あなたの情熱は、そんな石ころ一つに負けるほど安いものだったのかしら!」
「……ネ、ネイビー!? 来るな、お前まで凍りつくぞ!」
「いいえ、離しませんわ! いいですか、よく聞いてちょうだい。……私の身体は今、寒さへの恐怖で極限までアドレナリンが出ていますわ! この心臓の鼓動、この必死な体温……すべてを、あなたの『薪』として差し上げます!」
ネイビーは、イグニスの首筋に腕を回し、顔を強く押し当てました。
それは令嬢としての恥じらいを捨てた、生存のための「究極の密着」でした。
「さあ、私の魔力も、私の想いも、全部持っていきなさい! そして今すぐ、この世界を……私を! 百二十度くらいに熱くしてちょうだい!!」
「……っ、ああ、分かった。……お前のその、暑苦しいほどの執念……確かに受け取ったぜ!」
ネイビーから流れ込んでくる、凄まじい「熱意」。
それは単なる魔力の譲渡ではなく、彼女の生存への渇望が、イグニスの炎を爆発的に増幅させる触媒となったのです。
ドォォォォォン!!
イグニスの身体から、真紅を通り越して「純白」に輝く炎が噴き出しました。
それはもはや物理的な火ではなく、概念としての『熱』。
押し寄せていた絶対零度の波動を、圧倒的な熱量で押し戻し、ボルドーの持つ魔石を真っ赤に焼き始めたのです。
「な、なんだと……!? あり得ん、人間の、それも女一人と合わさった程度で、王家の遺物を凌駕するなど……!」
「愛を……いえ、暖房への執着を舐めないでくださいまし!」
ネイビーが叫んだ瞬間、イグニスの放った熱波がボルドーを直撃しました。
ピキィィィィン……という悲鳴のような音と共に、絶対零度の魔石に無数の亀裂が入り、最後には粉々に砕け散りました。
「……はぁ、はぁ。……勝ったのか?」
イグニスが膝をつきました。
周囲は、先ほどの熱波で雪が一瞬にして蒸発し、一面が真っ白な蒸気で覆われています。
「……勝ちましたわ。……見てください、イグニス様。……私の、私の離宮に……温もりが戻ってきましたわ……」
ネイビーは、イグニスの胸の中で、今度は安心感と微かな熱気(のぼせ)によって、意識を失いそうになりました。
霧の向こうでは、魔石を失い、全身を蒸気で蒸されたボルドーが、無様に地面を這っていました。
「おのれ……ネイビー・アルスター……。だが……これで終わりだと思うなよ……」
「セバス、あの方を捕らえて。……あ、牢屋にはしっかり暖房を入れてあげてちょうだいね。……私、あの方に、一生かけて『正しい温度』を教えて差し上げますわ」
ネイビーは、勝ち誇ったように微笑みました。
絶対零度の脅威すらも「愛(執念)の熱」で溶かしてしまった彼女。
もはや、この北国に彼女を凍えさせることができるものは、何一つ存在しないかのように見えました。
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