悪役令嬢として婚約破棄され、地獄の追放先へ。

ちゃっぴー

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「……ああ、極楽。極楽ですわ……」

北の最果て、かつては流氷がひしめき合っていた海域。
そこに浮かぶ火山島は、今や世界中の人々が憧れる「常夏の楽園」へと変貌を遂げていました。

島の中心にそびえ立つ、白亜の「ネイビー・サン宮殿」。
その広大なテラスには、南国から移植されたヤシの木が茂り、色とりどりのハイビスカスが咲き乱れています。
空気は地熱とイグニスの魔力によって常に摂氏二十八度に保たれ、海風すらも心地よい温風となって肌を撫でていました。

ネイビーは、最新の断熱シルクで作られた、風通しの良いドレスに身を包み、長椅子に横たわっていました。

「お嬢様……いえ、奥様。王都からの定期船が到着いたしました。本日のお客様の中には、アレン殿下とリリィ様のお姿もあるようです」

セバスが、冷たい(しかしグラスの表面が結露しないよう魔法がかけられた)ジュースを運びながら報告します。

「あら、あの『お騒がせコンビ』もまた来たの? よっぽど王都の冬がこたえているのかしらね」

「左様でございます。殿下は、ここの『激辛サウナ』の回数券を三冊もまとめ買いされたとのことです」

ネイビーは扇子をパサリと閉じ、不敵な笑みを浮かべました。
かつて自分を追放した人々は、今やネイビーが作り上げた「温もり」がなければ生きていけないほど、彼女の虜になっていたのです。

「いいですわ、しっかり外貨を稼がせていただきましょう。……ところで、私の『専用ヒーター』はどこかしら?」

「……誰がヒーターだ。勝手に人の仕事を決めつけるな」

テラスの入り口から、呆れたような声と共に、逞しい体躯の男が現れました。
イグニスです。
彼は相変わらずシャツのボタンをいくつも外した軽装でしたが、その全身からは、以前よりもさらに洗練された、穏やかで力強い熱気が放たれていました。

「イグニス様! ああ、待っていましたわ。少し……ほんの少しだけ、右肩のあたりが冷えてきたような気がしますの」

「……この気温で冷えるわけないだろう。お前のその『寒がり』は、もう病気の域だな」

文句を言いながらも、イグニスはネイビーの隣に座り、その細い肩をごく自然に抱き寄せました。
触れ合った瞬間に伝わる、世界で一番安心する温度。

「ふふふ、病気でも何でも構いませんわ。……ねえ、イグニス様。覚えていますこと? あの日、私が婚約破棄されて、北国へ送られると知った時のことを」

「……ああ。あの時のお前の顔は、今にも幽霊になりそうなくらい真っ白だったな」

「失礼ね。あれは恐怖ではなく、物理的な温度低下に備えて代謝を下げていただけですわ。……でも、今なら言えますの。あの時、あなたに出会えたからこそ、私はこの『最高の温度』を見つけることができましたわ」

ネイビーは、イグニスの胸元に顔を埋め、深く息を吸い込みました。
かつての悪役令嬢としての高慢さは、温かな愛と地熱によって完全に溶け去り、今の彼女はただ一人の、愛に(と温度に)満たされた幸せな女性でした。

「イグニス様。私、一生あなたを離しませんわよ。あなたが冷めたら私が薪を焚べ、私が凍えたらあなたが私を焼いて……」

「焼くのは勘弁してくれ。……だが、そうだな。……お前が望むなら、この世界が氷河期に包まれたとしても、俺がお前だけの太陽になってやるよ」

イグニスがネイビーの額に、熱い……最高に熱いキスを落としました。

夕暮れ時。
沈みゆく太陽が海をオレンジ色に染め上げる中、島全体が黄金色の湯気に包まれていきます。
それは、寒さを知らない、永遠の春を約束された「ネイビー・ワールド」の夜明けでもありました。

「……セバス、今夜の夕食は『火鍋』にしましょう! 最高に熱くて、汗が止まらないやつを!」

「心得ております、奥様。すでに厨房では、火竜の爪から抽出した特製スパイスを準備させております」

「最高ですわ! さあ、イグニス様。今夜も二人で、熱く盛り上がりましょう!」

「……ああ。お前がのぼせない程度にな」

二人の笑い声が、温かな南風に乗ってどこまでも広がっていきます。
寒がりな悪役令嬢が辿り着いた、氷をも溶かすハッピーエンド。
それは、世界で一番「熱い」愛の物語だったのでした。
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