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「お嬢様! なりませぬ、絶対になりませぬ! それは王室御用達の職人が三ヶ月かけて仕立てた、純白のシルクドレスですわよ!」
自室に戻るなり、私がハサミを手に取ったのを見て、アンナが悲鳴を上げた。
だが、私の決意は固い。このドレスは、私を「美しき人形」として縛り付けてきた鎖の象徴なのだ。
「いいえ、アンナ。これはただの布ではないわ。私の内臓を圧迫し、胃袋のキャパシティを通常の三割に制限する、極悪非道な拘束具よ!」
「拘束具だなんて……。世の令嬢たちは、その細いウエストを手に入れるために血の滲むような努力をしているのです!」
「その努力の結果が、パーティー会場での空腹による立ちくらみだと言うの? 馬鹿げているわ。私はもう、自分の腹筋を信じることに決めたの!」
私は躊躇なく、ドレスの背後に手を回した。
そこには、複雑に編み上げられたシルクの紐が、これでもかとばかりに食い込んでいる。
先ほど会場で数本弾け飛んだとはいえ、依然として私の腹部はガチガチに固められたままだ。
「アンナ、そこを持ちなさい。私が『今だ』と言ったら、一気に切るのよ」
「ひぃっ、お、お嬢様……。後でお旦那様に叱られても知りませんからね!」
アンナがおそるおそるハサミを紐に当てた。
私は大きく息を吸い込み、そして、止めた。
「今よ! 私の胃袋を、解き放ちなさい!」
パチン、パチン、パチン!
小気味よい音と共に、紐が次々と切断されていく。
その瞬間、私の体は劇的な変化を迎えた。
「ふ、はぁぁぁぁぁぁっ……!!」
肺の奥まで空気が入り込む。横隔膜が本来の位置に戻り、縮こまっていた胃が「待ってました」とばかりに膨らむのを感じる。
重力から解放されたかのような浮遊感。これこそが、全人類が等しく享受すべき権利……『呼吸の自由』よ!
「ああ、素晴らしいわ。世界が、世界が輝いて見える……。アンナ、今なら私、牛一頭くらい余裕で飲み込める気がするわ」
「お嬢様、顔が……。悪役令嬢を演じていた時より、今のほうがよっぽど恐ろしい顔をしていますわよ」
アンナは床に散らばったシルクの紐の残骸を見て、力なく肩を落とした。
私は床に脱ぎ捨てられたドレスを見向きもせず、クローゼットの奥から一着の服を取り出した。
それは、以前「視察用」という名目で作らせた、ゆったりとしたシルエットの外出着だ。
「さあ、これに着替えるわ。ウエストがゴム……ではないけれど、少なくとも三倍は膨らんでも大丈夫な設計よ」
「お嬢様、これから厨房へ行かれるのですよね? そんなに張り切らなくても……」
「何を言っているの。これは戦いよ、アンナ。調理長が私の要望に応えようと、今この瞬間も油を熱しているのよ。私が遅れて、油が酸化してしまったらどうするの!」
着替えを終えた私は、鏡の前で自分の姿を確認した。
かつてのトゲトゲしい「悪役令嬢」の面影はない。そこにいるのは、ただただ獲物を狙う野獣の目をした、一人の空腹な令嬢だ。
「よし。完璧だわ。アンナ、あなたも来なさい。今日から私の侍女の仕事には『毒見(という名のお裾分け)』が含まれるわよ」
「えっ、私も食べていいのですか? あんな、高カロリーなものを?」
「当たり前じゃない。一人で太るのは寂しいもの。さあ、行くわよ!」
私たちは嵐のように部屋を飛び出し、再び厨房へと向かった。
廊下を曲がるたびに、香ばしい、暴力的なまでに食欲をそそる香りが強くなっていく。
ニンニク。醤油。そして、高温の油が肉の水分と出会った時に奏でる、あのパチパチという天使の拍手。
「調理長! 待たせたわね!」
厨房の扉を開けると、そこには銀色に輝く大皿が鎮座していた。
山盛りの茶色い宝石。黄金色の衣を纏った、鶏の唐揚げだ。
「お嬢様。まずは小手調べに、我が家秘伝のタレに漬け込んだ『山盛り唐揚げ・マヨネーズの滝を添えて』でございます」
調理長が、恭しく皿を差し出す。
その表面には、たっぷりのマヨネーズが、まるで芸術作品のように美しく波打っていた。
「なんて……なんて破廉恥な料理なの……!」
私は震える手でフォークを手に取った。
これだ。これこそが、私が夢にまで見た「悪役」の晩餐だ。
一口噛み締めれば、熱々の肉汁が飛び出し、濃厚なマヨネーズがそれを優しく、かつ強引に包み込む。
「おいひい……おいひいわ、調理長……!!」
「お嬢様、泣かないでください。まだポテトフライも、チーズ春巻きも控えておりますから」
私は、婚約破棄を宣言したセドリック殿下の顔を思い出した。
今頃、あちらでは上品に味の薄いコンソメスープでも飲んでいるのかしら。
かわいそうに。こんなに素晴らしい世界があることも知らずに。
「いいこと、アンナ。今日から私のモットーは決まったわ」
私は二個目の唐揚げを口に放り込み、高らかに宣言した。
「お作法よりも、お夜食! エレガンスよりも、エナジー! 私は、揚げ物を愛する悪役令嬢として、この新生活を爆走しますわ!」
夜の公爵邸に、私の(咀嚼音に混じった)高笑いが響き渡った。
自室に戻るなり、私がハサミを手に取ったのを見て、アンナが悲鳴を上げた。
だが、私の決意は固い。このドレスは、私を「美しき人形」として縛り付けてきた鎖の象徴なのだ。
「いいえ、アンナ。これはただの布ではないわ。私の内臓を圧迫し、胃袋のキャパシティを通常の三割に制限する、極悪非道な拘束具よ!」
「拘束具だなんて……。世の令嬢たちは、その細いウエストを手に入れるために血の滲むような努力をしているのです!」
「その努力の結果が、パーティー会場での空腹による立ちくらみだと言うの? 馬鹿げているわ。私はもう、自分の腹筋を信じることに決めたの!」
私は躊躇なく、ドレスの背後に手を回した。
そこには、複雑に編み上げられたシルクの紐が、これでもかとばかりに食い込んでいる。
先ほど会場で数本弾け飛んだとはいえ、依然として私の腹部はガチガチに固められたままだ。
「アンナ、そこを持ちなさい。私が『今だ』と言ったら、一気に切るのよ」
「ひぃっ、お、お嬢様……。後でお旦那様に叱られても知りませんからね!」
アンナがおそるおそるハサミを紐に当てた。
私は大きく息を吸い込み、そして、止めた。
「今よ! 私の胃袋を、解き放ちなさい!」
パチン、パチン、パチン!
小気味よい音と共に、紐が次々と切断されていく。
その瞬間、私の体は劇的な変化を迎えた。
「ふ、はぁぁぁぁぁぁっ……!!」
肺の奥まで空気が入り込む。横隔膜が本来の位置に戻り、縮こまっていた胃が「待ってました」とばかりに膨らむのを感じる。
重力から解放されたかのような浮遊感。これこそが、全人類が等しく享受すべき権利……『呼吸の自由』よ!
「ああ、素晴らしいわ。世界が、世界が輝いて見える……。アンナ、今なら私、牛一頭くらい余裕で飲み込める気がするわ」
「お嬢様、顔が……。悪役令嬢を演じていた時より、今のほうがよっぽど恐ろしい顔をしていますわよ」
アンナは床に散らばったシルクの紐の残骸を見て、力なく肩を落とした。
私は床に脱ぎ捨てられたドレスを見向きもせず、クローゼットの奥から一着の服を取り出した。
それは、以前「視察用」という名目で作らせた、ゆったりとしたシルエットの外出着だ。
「さあ、これに着替えるわ。ウエストがゴム……ではないけれど、少なくとも三倍は膨らんでも大丈夫な設計よ」
「お嬢様、これから厨房へ行かれるのですよね? そんなに張り切らなくても……」
「何を言っているの。これは戦いよ、アンナ。調理長が私の要望に応えようと、今この瞬間も油を熱しているのよ。私が遅れて、油が酸化してしまったらどうするの!」
着替えを終えた私は、鏡の前で自分の姿を確認した。
かつてのトゲトゲしい「悪役令嬢」の面影はない。そこにいるのは、ただただ獲物を狙う野獣の目をした、一人の空腹な令嬢だ。
「よし。完璧だわ。アンナ、あなたも来なさい。今日から私の侍女の仕事には『毒見(という名のお裾分け)』が含まれるわよ」
「えっ、私も食べていいのですか? あんな、高カロリーなものを?」
「当たり前じゃない。一人で太るのは寂しいもの。さあ、行くわよ!」
私たちは嵐のように部屋を飛び出し、再び厨房へと向かった。
廊下を曲がるたびに、香ばしい、暴力的なまでに食欲をそそる香りが強くなっていく。
ニンニク。醤油。そして、高温の油が肉の水分と出会った時に奏でる、あのパチパチという天使の拍手。
「調理長! 待たせたわね!」
厨房の扉を開けると、そこには銀色に輝く大皿が鎮座していた。
山盛りの茶色い宝石。黄金色の衣を纏った、鶏の唐揚げだ。
「お嬢様。まずは小手調べに、我が家秘伝のタレに漬け込んだ『山盛り唐揚げ・マヨネーズの滝を添えて』でございます」
調理長が、恭しく皿を差し出す。
その表面には、たっぷりのマヨネーズが、まるで芸術作品のように美しく波打っていた。
「なんて……なんて破廉恥な料理なの……!」
私は震える手でフォークを手に取った。
これだ。これこそが、私が夢にまで見た「悪役」の晩餐だ。
一口噛み締めれば、熱々の肉汁が飛び出し、濃厚なマヨネーズがそれを優しく、かつ強引に包み込む。
「おいひい……おいひいわ、調理長……!!」
「お嬢様、泣かないでください。まだポテトフライも、チーズ春巻きも控えておりますから」
私は、婚約破棄を宣言したセドリック殿下の顔を思い出した。
今頃、あちらでは上品に味の薄いコンソメスープでも飲んでいるのかしら。
かわいそうに。こんなに素晴らしい世界があることも知らずに。
「いいこと、アンナ。今日から私のモットーは決まったわ」
私は二個目の唐揚げを口に放り込み、高らかに宣言した。
「お作法よりも、お夜食! エレガンスよりも、エナジー! 私は、揚げ物を愛する悪役令嬢として、この新生活を爆走しますわ!」
夜の公爵邸に、私の(咀嚼音に混じった)高笑いが響き渡った。
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