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「……エリチカ、いるか。少し、相談がある」
夜も更けた頃、窓を叩く音がした。
現れたのは、いつになく落ち着かない様子のサイラス様だった。その手には、不釣り合いなほど可愛らしい刺繍の施された小さな包みが握られている。
「あら、サイラス様。こんな時間にどうされましたの? まさか、夜食の在庫が切れて禁断症状でも?」
「……馬鹿を言うな。そうではない。これだ、これを見てくれ」
彼がテーブルの上に置いた包みを開けると、中から出てきたのは……。
淡いピンク色をした、驚くほど繊細で可愛らしい「マカロン」だった。
「……あら。これ、どこの高級菓子店のものかしら? 下町には似合わない、実に見事なお作法だわ」
「……俺が作った」
「はい?」
私は、耳を疑った。
目の前の、返り血が似合いそうな強面の騎士団長と、この宝石のように愛らしいお菓子。その二つが、私の脳内でどうしても結びつかない。
「……意外か。俺は昔から、こういう……細かくて繊細な作業が、嫌いじゃないんだ。だが、騎士団長という立場上、部下たちの前でメレンゲを泡立てるわけにはいかないだろう?」
「……サイラス様。あなた、もしや王宮の厨房で私が暴れていた裏で、ひっそりと隠れてお菓子を焼いていたの?」
「……そうだ。貴様が肉を焼けと騒いでいる隙に、俺はオーブンの端でこっそりクッキーを焼いていたこともある」
なんということでしょう。まさか、あの殺伐とした王宮の厨房で、私たちは「肉」と「菓子」という別々の目的のために共闘していた(?)同志だったなんて。
「……だが、最近はどうも上手くいかない。このマカロンも、見た目はいいが、味が……どこか物足りないんだ」
私は一つ、そのピンクの塊を口に放り込んだ。
サクッとした食感の後に、上品な甘さが広がる。……けれど、確かに。
「……優等生すぎるわね。サイラス様、あなた、材料をケチったでしょう?」
「ケチってはいない。王妃殿下が推奨する『美しき淑女のための低カロリー処方』を忠実に守った結果だ」
私は、思わずテーブルを叩いた。
「またそれですわ! あの王妃様の『健康第一主義』は、お菓子の魂まで奪ってしまうのよ! いい、サイラス様。お菓子に大事なのは、美しさじゃない。食べた瞬間に脳が震えるような『重厚感』ですわ!」
「……重厚感だと?」
「ええ。このマカロンのクリーム、バターの代わりに豆腐を使っているわね? 言語道断よ! 今すぐ、我が家秘伝の『高脂肪エシレバター』に差し替えるべきだわ!」
私はサイラス様の腕を掴み、無理やりキッチンへと引きずり込んだ。
「さあ、始めましょう! あなたの繊細な技術と、私の暴力的なまでの『脂』の知識。これが合わされば、世界を震撼させる最強のお菓子が出来上がるはずよ!」
「……貴様。目が、獲物を狙う猛獣のようになっているぞ」
「褒め言葉として受け取っておきますわ! さあ、サイラス様。メレンゲを立てなさい! 腕が千切れるまで、高速で!」
「……わかった。やってやろうじゃないか」
深夜のキッチンで、騎士団長の剛腕がボウルの中で猛烈な旋風を巻き起こす。
私はその傍らで、最高級のバターにたっぷりの練乳と、隠し味のラム酒をこれでもかと投入した。
「見て、サイラス様! これが『禁断のバタークリーム』よ。これをその繊細なマカロン生地で挟むの!」
「……いいのか、エリチカ。これ一個で、普通の食生活三日分のカロリーがある気がするが」
「いいのよ。明日のことは、明日の胃袋に任せればいいんですわ!」
私たちは、共同作業で一つのマカロンを作り上げた。
見た目はサイラス様のおかげで完璧。中身は私のおかげで……非常に、不道徳。
出来立ての一個を、二人で半分ずつに割って食べた。
「…………っ!!」
サイラス様が、目を見開いて絶句した。
「……なんだ、これは。甘みが……脂の波に乗って、脳の奥まで突き抜けていく。豆腐では、決して到達できない領域だ……!」
「ふふ。これが『美味しさの真実』よ、サイラス様。人は、罪深いものほど愛してしまうの」
サイラス様は、クリームの付いた指先を眺め、少しだけ柔らかく微笑んだ。
「……エリチカ。貴様といると、俺の騎士としての矜持が、どんどん脂に溶けていく気がするよ」
「あら。溶けた後には、きっと新しい、もっと自由なサイラス様が生まれますわ」
月明かりの下、私たちは二人で、高カロリーなマカロンを頬張りながら、次なる「背徳のレシピ」について語り明かした。
恋だの愛だのという言葉は出なかったが、私たちの間には、確かに「バターよりも濃厚な信頼」が芽生え始めていたのである。
夜も更けた頃、窓を叩く音がした。
現れたのは、いつになく落ち着かない様子のサイラス様だった。その手には、不釣り合いなほど可愛らしい刺繍の施された小さな包みが握られている。
「あら、サイラス様。こんな時間にどうされましたの? まさか、夜食の在庫が切れて禁断症状でも?」
「……馬鹿を言うな。そうではない。これだ、これを見てくれ」
彼がテーブルの上に置いた包みを開けると、中から出てきたのは……。
淡いピンク色をした、驚くほど繊細で可愛らしい「マカロン」だった。
「……あら。これ、どこの高級菓子店のものかしら? 下町には似合わない、実に見事なお作法だわ」
「……俺が作った」
「はい?」
私は、耳を疑った。
目の前の、返り血が似合いそうな強面の騎士団長と、この宝石のように愛らしいお菓子。その二つが、私の脳内でどうしても結びつかない。
「……意外か。俺は昔から、こういう……細かくて繊細な作業が、嫌いじゃないんだ。だが、騎士団長という立場上、部下たちの前でメレンゲを泡立てるわけにはいかないだろう?」
「……サイラス様。あなた、もしや王宮の厨房で私が暴れていた裏で、ひっそりと隠れてお菓子を焼いていたの?」
「……そうだ。貴様が肉を焼けと騒いでいる隙に、俺はオーブンの端でこっそりクッキーを焼いていたこともある」
なんということでしょう。まさか、あの殺伐とした王宮の厨房で、私たちは「肉」と「菓子」という別々の目的のために共闘していた(?)同志だったなんて。
「……だが、最近はどうも上手くいかない。このマカロンも、見た目はいいが、味が……どこか物足りないんだ」
私は一つ、そのピンクの塊を口に放り込んだ。
サクッとした食感の後に、上品な甘さが広がる。……けれど、確かに。
「……優等生すぎるわね。サイラス様、あなた、材料をケチったでしょう?」
「ケチってはいない。王妃殿下が推奨する『美しき淑女のための低カロリー処方』を忠実に守った結果だ」
私は、思わずテーブルを叩いた。
「またそれですわ! あの王妃様の『健康第一主義』は、お菓子の魂まで奪ってしまうのよ! いい、サイラス様。お菓子に大事なのは、美しさじゃない。食べた瞬間に脳が震えるような『重厚感』ですわ!」
「……重厚感だと?」
「ええ。このマカロンのクリーム、バターの代わりに豆腐を使っているわね? 言語道断よ! 今すぐ、我が家秘伝の『高脂肪エシレバター』に差し替えるべきだわ!」
私はサイラス様の腕を掴み、無理やりキッチンへと引きずり込んだ。
「さあ、始めましょう! あなたの繊細な技術と、私の暴力的なまでの『脂』の知識。これが合わされば、世界を震撼させる最強のお菓子が出来上がるはずよ!」
「……貴様。目が、獲物を狙う猛獣のようになっているぞ」
「褒め言葉として受け取っておきますわ! さあ、サイラス様。メレンゲを立てなさい! 腕が千切れるまで、高速で!」
「……わかった。やってやろうじゃないか」
深夜のキッチンで、騎士団長の剛腕がボウルの中で猛烈な旋風を巻き起こす。
私はその傍らで、最高級のバターにたっぷりの練乳と、隠し味のラム酒をこれでもかと投入した。
「見て、サイラス様! これが『禁断のバタークリーム』よ。これをその繊細なマカロン生地で挟むの!」
「……いいのか、エリチカ。これ一個で、普通の食生活三日分のカロリーがある気がするが」
「いいのよ。明日のことは、明日の胃袋に任せればいいんですわ!」
私たちは、共同作業で一つのマカロンを作り上げた。
見た目はサイラス様のおかげで完璧。中身は私のおかげで……非常に、不道徳。
出来立ての一個を、二人で半分ずつに割って食べた。
「…………っ!!」
サイラス様が、目を見開いて絶句した。
「……なんだ、これは。甘みが……脂の波に乗って、脳の奥まで突き抜けていく。豆腐では、決して到達できない領域だ……!」
「ふふ。これが『美味しさの真実』よ、サイラス様。人は、罪深いものほど愛してしまうの」
サイラス様は、クリームの付いた指先を眺め、少しだけ柔らかく微笑んだ。
「……エリチカ。貴様といると、俺の騎士としての矜持が、どんどん脂に溶けていく気がするよ」
「あら。溶けた後には、きっと新しい、もっと自由なサイラス様が生まれますわ」
月明かりの下、私たちは二人で、高カロリーなマカロンを頬張りながら、次なる「背徳のレシピ」について語り明かした。
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