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「はい、いらっしゃい! 今夜の特製は『三段バラ肉の爆弾揚げ・ハバネロ味噌ソース』よ! 一口で火を噴き、二口で未練が消えるわ!」
下町の路地裏、私の屋台『背徳の園』は、今夜も熱気と油煙に包まれていた。
私はハチマキをキリリと締め(実際は高級シルクのスカーフだが)、大鍋の前に立ってトングを振るっている。
「お嬢様、またハバネロなんて刺激物を……。でも、この匂いを嗅ぐと、なぜか涙と一緒に食欲が出てきますわ!」
「それがカプサイシンの魔力よ、アンナ! さあ、どんどん揚げて、どんどんマヨネーズを絞りなさい!」
客列は途切れることがない。そんな喧騒の中、列の最後尾に、ひときわ「場違いなオーラ」を放つ男が立っていた。
深い紺色のマントを羽織り、顔を隠そうとしているようだが、その立ち居振る舞いから漏れ出る「育ちの良さ」が、周囲の下町住人たちから浮きまくっている。
(あら……あの、どこか頼りなげな、でも無駄に自信満々な背筋の伸び方は……)
「……次の方、どうぞ。本日の『爆弾』、何個いかれます?」
私がわざとぶっきらぼうに声をかけると、その男は顔を上げ、マントのフードを少しだけずらした。
「…………エリチカ。君か。本当に、君なのか……?」
そこには、数週間前よりも心なしか頬がこけ、目が少し血走ったセドリック皇太子が立っていた。
「あら、これはこれは殿下。視察ですの? それとも、王宮のパセリに飽きて、脂(エナジー)を補給しに来られましたの?」
「……なっ、不敬だぞ! 僕はただ、追放された君がどのような惨めな生活を送っているか、この目で確認しに来ただけだ!」
セドリック殿下は声を荒らげたが、その直後、鼻をピクつかせて屋台のカウンターを見つめた。
そこには、揚げたての豚バラ肉が、真っ赤な味噌ソースと純白のマヨネーズの海に溺れている。
「……なんだ、その……その、茶色くて禍々しい物体は」
「これ? これは『真実の愛』よりも濃厚で、『王宮の礼儀』よりも重たい、私の魂の結晶ですわ。一口いかが? 殿下のような『草食系』には、少々刺激が強すぎるかしら?」
「ふ、ふん! 僕を誰だと思っている。リリアーヌも言っていたぞ。君は下町で、卑しくも油に塗れて暮らしていると。……少しばかり、毒見をしてやってもいい」
セドリック殿下は震える手で銅貨を置いた。……というか、彼の指が、美味しそうな匂いのせいで小刻みに震えているのが丸見えだ。
私はニヤリと笑い、特大の揚げ串に、これでもかと追いマヨネーズを施して差し出した。
「はい、どうぞ。火傷しても、私のせいではありませんわよ」
セドリック殿下は、周囲の目を気にするようにしながらも、その「暴力的な塊」にかぶりついた。
——ザクッ!!
「…………っ!?」
殿下の体が、激しく仰け反った。
「……あ、熱い! だが……なんだ、この暴力的なまでの旨みは! 味噌のコクと、肉の脂が……口の中で爆発したぞ!?」
「ふふ。それが『脂の洗礼』よ。殿下、王宮で食べている茹で野菜とは、細胞への響き方が違うでしょう?」
「……くっ、不味いと言いたいのに、手が止まらん! この、白いソース……マヨネーズと言ったか? これが、全てを力技でまとめ上げている……!」
殿下は、王族としてのプライドをかなぐり捨て、一心不乱に串を貪り始めた。
その時だ。
「……殿下。こんなところで、何をしておられるのですか」
背後から、低く冷ややかな声が響いた。サイラス様だ。
彼はいつもの強面をさらに険しくして、セドリック殿下の肩を掴んだ。
「……サ、サイラス卿!? なぜ君がここに! 騎士団長が、下町の屋台に並んでいるだと?」
「……私は警護と……その、栄養補給です。殿下、貴方こそ、変装も満足にせず、こんな刺激物を食べて……。もし王妃殿下に知られたら、明日から食卓がパセリではなく、ただの『水』になりますよ」
「……み、水だと!? それは死の宣告に等しい!」
セドリック殿下は、口の周りを味噌とマヨネーズで汚したまま、ガタガタと震え出した。
「エリチカ……! 君、やはり王宮に戻れ! 戻って、この……この『茶色い宝石』を、僕の専属料理人として作るんだ!」
「お断りしますわ、殿下。私は今、ここで『食の自由』という名の王座に就いているのです。命令される筋合いはありませんわ」
私はトングを杖のように掲げ、堂々と宣言した。
「殿下がリリアーヌさんとパセリを愛でるなら、私はこの下町で脂を愛でる。……それが、私たちが選んだ『真実の道』ではありませんか?」
「……そ、そんな……! こんなに旨いものを、君一人で独占するつもりか!」
セドリック殿下は、最後の一口を惜しそうに飲み込むと、サイラス様に引きずられるようにして闇の中へと消えていった。
「……エリチカ、また会おう! 次は……次は、もっと多めの小銭を持ってくるからな!」
去り際の言葉が、それか。
「……お嬢様。殿下、もうリリアーヌ様のことより、次の揚げ物のことで頭がいっぱいみたいですわね」
「ふふ。いいことよ。胃袋を支配すれば、人はこうも素直になるのね」
私は、殿下が残していった油汚れを拭き取りながら、次の客に向けて満面の笑みを向けた。
王宮のパセリ対下町の揚げ物。勝負の結果は、火を見るよりも明らかだった。
下町の路地裏、私の屋台『背徳の園』は、今夜も熱気と油煙に包まれていた。
私はハチマキをキリリと締め(実際は高級シルクのスカーフだが)、大鍋の前に立ってトングを振るっている。
「お嬢様、またハバネロなんて刺激物を……。でも、この匂いを嗅ぐと、なぜか涙と一緒に食欲が出てきますわ!」
「それがカプサイシンの魔力よ、アンナ! さあ、どんどん揚げて、どんどんマヨネーズを絞りなさい!」
客列は途切れることがない。そんな喧騒の中、列の最後尾に、ひときわ「場違いなオーラ」を放つ男が立っていた。
深い紺色のマントを羽織り、顔を隠そうとしているようだが、その立ち居振る舞いから漏れ出る「育ちの良さ」が、周囲の下町住人たちから浮きまくっている。
(あら……あの、どこか頼りなげな、でも無駄に自信満々な背筋の伸び方は……)
「……次の方、どうぞ。本日の『爆弾』、何個いかれます?」
私がわざとぶっきらぼうに声をかけると、その男は顔を上げ、マントのフードを少しだけずらした。
「…………エリチカ。君か。本当に、君なのか……?」
そこには、数週間前よりも心なしか頬がこけ、目が少し血走ったセドリック皇太子が立っていた。
「あら、これはこれは殿下。視察ですの? それとも、王宮のパセリに飽きて、脂(エナジー)を補給しに来られましたの?」
「……なっ、不敬だぞ! 僕はただ、追放された君がどのような惨めな生活を送っているか、この目で確認しに来ただけだ!」
セドリック殿下は声を荒らげたが、その直後、鼻をピクつかせて屋台のカウンターを見つめた。
そこには、揚げたての豚バラ肉が、真っ赤な味噌ソースと純白のマヨネーズの海に溺れている。
「……なんだ、その……その、茶色くて禍々しい物体は」
「これ? これは『真実の愛』よりも濃厚で、『王宮の礼儀』よりも重たい、私の魂の結晶ですわ。一口いかが? 殿下のような『草食系』には、少々刺激が強すぎるかしら?」
「ふ、ふん! 僕を誰だと思っている。リリアーヌも言っていたぞ。君は下町で、卑しくも油に塗れて暮らしていると。……少しばかり、毒見をしてやってもいい」
セドリック殿下は震える手で銅貨を置いた。……というか、彼の指が、美味しそうな匂いのせいで小刻みに震えているのが丸見えだ。
私はニヤリと笑い、特大の揚げ串に、これでもかと追いマヨネーズを施して差し出した。
「はい、どうぞ。火傷しても、私のせいではありませんわよ」
セドリック殿下は、周囲の目を気にするようにしながらも、その「暴力的な塊」にかぶりついた。
——ザクッ!!
「…………っ!?」
殿下の体が、激しく仰け反った。
「……あ、熱い! だが……なんだ、この暴力的なまでの旨みは! 味噌のコクと、肉の脂が……口の中で爆発したぞ!?」
「ふふ。それが『脂の洗礼』よ。殿下、王宮で食べている茹で野菜とは、細胞への響き方が違うでしょう?」
「……くっ、不味いと言いたいのに、手が止まらん! この、白いソース……マヨネーズと言ったか? これが、全てを力技でまとめ上げている……!」
殿下は、王族としてのプライドをかなぐり捨て、一心不乱に串を貪り始めた。
その時だ。
「……殿下。こんなところで、何をしておられるのですか」
背後から、低く冷ややかな声が響いた。サイラス様だ。
彼はいつもの強面をさらに険しくして、セドリック殿下の肩を掴んだ。
「……サ、サイラス卿!? なぜ君がここに! 騎士団長が、下町の屋台に並んでいるだと?」
「……私は警護と……その、栄養補給です。殿下、貴方こそ、変装も満足にせず、こんな刺激物を食べて……。もし王妃殿下に知られたら、明日から食卓がパセリではなく、ただの『水』になりますよ」
「……み、水だと!? それは死の宣告に等しい!」
セドリック殿下は、口の周りを味噌とマヨネーズで汚したまま、ガタガタと震え出した。
「エリチカ……! 君、やはり王宮に戻れ! 戻って、この……この『茶色い宝石』を、僕の専属料理人として作るんだ!」
「お断りしますわ、殿下。私は今、ここで『食の自由』という名の王座に就いているのです。命令される筋合いはありませんわ」
私はトングを杖のように掲げ、堂々と宣言した。
「殿下がリリアーヌさんとパセリを愛でるなら、私はこの下町で脂を愛でる。……それが、私たちが選んだ『真実の道』ではありませんか?」
「……そ、そんな……! こんなに旨いものを、君一人で独占するつもりか!」
セドリック殿下は、最後の一口を惜しそうに飲み込むと、サイラス様に引きずられるようにして闇の中へと消えていった。
「……エリチカ、また会おう! 次は……次は、もっと多めの小銭を持ってくるからな!」
去り際の言葉が、それか。
「……お嬢様。殿下、もうリリアーヌ様のことより、次の揚げ物のことで頭がいっぱいみたいですわね」
「ふふ。いいことよ。胃袋を支配すれば、人はこうも素直になるのね」
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