婚約破棄、喜んで!悪役令嬢は、お作法よりも「お夜食」を愛したい

ちゃっぴー

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王宮の静かな晩餐会。


シャンデリアの輝きは相変わらず美しいが、テーブルの上に並んでいるのは、茹ですぎて色の抜けたパセリの山と、岩塩が一切れ添えられただけの白湯だった。


リリアーヌは、震える手でパセリを一本、口に運ぶ。


「……セドリック殿下。私、最近思うのですわ。パセリを噛んでいると、自分が人間ではなく、高貴なウサギになったような錯覚に陥りますの」


「……リリアーヌ。それは君が、より高潔な存在へと昇華されている証だよ。……多分な」


向かいに座るセドリック殿下の声は弱々しい。しかし、その表情は数時間前、下町から戻ってきた時よりもどこか「満たされた」ような不気味な落ち着きを払っていた。


リリアーヌの鼻腔が、不意にピクリと動いた。


空腹によって研ぎ澄まされた彼女の嗅覚は、今や百メートル先の揚げ物の種類を嗅ぎ分けるほどに進化している。


「……殿下。失礼ですが、少し宜しいでしょうか?」


「な、なんだい、リリアーヌ。そんなに顔を近づけて……」


リリアーヌは椅子を蹴らんばかりの勢いで立ち上がると、セドリックの胸元に顔を埋めるようにして、深く、深く息を吸い込んだ。


(……これは、間違いないわ!)


「……殿下。貴方のマントから、極めて『不道徳な粒子』が検出されましたわ」


「り、粒子……? 何を言っているんだい」


「誤魔化さないでください! この、鼻の奥を痺れさせるような濃厚な醤油の焦げた匂い! そして、衣が油と出会った瞬間にだけ放つ、あの暴力的な香ばしさ! これは……エリチカお姉様の、揚げ物の匂いですわね!?」


セドリックは目に見えて動揺し、椅子をガタリと鳴らして後退った。


「……し、知らないな! 僕はただ、下町の治安維持に……そう、サイラス卿の様子を見に行っただけで……!」


「嘘をおっしゃい! サイラス卿の様子を見に行くだけで、どうして口の端に『マヨネーズと思われる白い結晶』が付いているのですか!」


リリアーヌの指摘に、セドリックは慌てて口元を拭った。だが時すでに遅し。


「……ああ、やっぱり! 殿下だけずるいですわ! 私、今日一日、パセリ三本と白湯だけで耐えていたのに! 殿下だけ下町で、あんなに分厚い豚バラ肉を食べていたなんて!」


「……リリアーヌ。落ち着くんだ。君は『真実の愛』があれば、パセリだけでも幸せだと言ったじゃないか!」


セドリックの必死の弁解に、リリアーヌの堪忍袋の緒が、エリチカのコルセットのようにブチブチと弾け飛んだ。


「真実の愛の賞味期限は、空腹三日目で切れましたわ!!」


リリアーヌの叫びが、厳かな食堂に響き渡る。


「殿下! 愛ではお腹は膨れません! 愛では私の胃の蠕動(ぜんどう)運動を止めることはできませんの! 私……私、もう王妃様の『ハーブティー健康法』には付き合えません!」


「……リリアーヌ。君、キャラが崩壊しているぞ。もっとこう、儚げで守ってあげたくなるような……」


「そんな儚いものは、脂と一緒に揚げて食べましたわ! 殿下、今すぐ私を、お姉様の屋台へ連れて行ってください! さもなければ、私は今ここで、このパセリの山を殿下の口に押し込みます!」


リリアーヌの目は据わっていた。その背後には、空腹が生み出した凄まじい執念のオーラが立ち上っている。


「……わ、わかった! わかったから、そんな恐ろしい顔をするな! 明日の夜……警備の隙を突いて、二人で下町へ行こう」


「……本当ですわね? もし嘘だったら、王宮の全ての絨毯にパセリを編み込んで差し上げますから」


セドリックは、かつて守ってあげたいと思っていた少女が、今や「飢えた肉食獣」に変貌してしまったことに戦慄した。


「真実の愛」で結ばれたはずの二人の絆は、エリチカの放つ「茶色い誘惑」の前に、あまりにも無力だった。


一方その頃、下町のエリチカは。


「あら、アンナ。今、どこかで大量のパセリが呪いを振り撒いているような気がしましたわ」


「お嬢様。それはきっと、誰かが『脂』の不足で理性を失っている合図ですわよ。さあ、明日のための仕込み(マヨネーズ生成)を続けましょう!」


エリチカは、鼻歌まじりに特製ダレをかき混ぜる。


王宮の「愛」が崩壊する音は、彼女にとって最高のスパイスに過ぎなかったのである。
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