婚約破棄、喜んで!悪役令嬢は、お作法よりも「お夜食」を愛したい

ちゃっぴー

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「……入らないわ」


アステリア公爵邸の私の部屋に、絶望に満ちた呟きが漏れた。


建国記念晩餐会まであと三日。私は今日、完成したばかりの「特別仕様ドレス」に袖を通していた。


正確に言えば、袖を通したところで止まっている。背中のファスナーが、私のわがままなウエストを前にして、断固として閉じることを拒否していた。


「お、お嬢様……。ですから申し上げたではありませんか! 新メニューの開発と称して、深夜に『厚切りベーコンのハニーマスタード和え』を三キロも試食するのは異常だと!」


アンナが泣きながら、私の背後の布地を必死に引っ張っている。


「うるさいわね! あれは必要な儀式だったのよ! 陛下に供する料理の『脂の浸透圧』を確認するためには、自分の体で試すのが一番確実なんですもの!」


「お嬢様の体に浸透しすぎて、肉のバリアが出来上がっていますわ! これ、どう頑張ってもあと十センチは足りませんわよ!」


私は鏡に映る自分を見た。


確かに、下町に来たばかりの頃より、頬に健康的な(というかツヤツヤの)丸みが差し、デコルテのラインも「豊穣の女神」といった趣になっている。


かつての「刺せば死にそう」なほど鋭利だった悪役令嬢の姿は、今や「触れれば幸せになれそう」なモチモチの食いしん坊へと進化を遂げていた。


「……お父様に、ドレスを作り直すよう頼めないかしら?」


「無理ですわ! 公爵家も、お嬢様が『下町で療養してスリムになった』と陛下に報告してしまっているのですから。今さら『脂を吸収して巨大化しました』なんて言えませんわよ!」


私たちが絶望の淵で言い争っていると、窓の外から「コンコン」と乾いた音がした。


「……エリチカ、いるか。王宮の警備計画の件で……」


「サイラス様! 来ないで! 今の私を見たら、あなたの騎士としての審美眼が破壊されてしまいますわ!」


「……なんだ。また何か不道徳なものを食べて、顔がテカっているのか?」


サイラス様は遠慮なく窓から部屋に足を踏み入れ、そして硬直した。


背中の布がはち切れんばかりに広がり、アンナに羽交い締めにされている私の姿を見て、彼は静かに目を逸らした。


「……なるほど。これが『試作』の代償か」


「笑いたければ笑いなさい! でも、このドレスが入らなければ、私は晩餐会で陛下に『背脂の真髄』を伝えることができませんのよ!」


サイラス様は溜息をつくと、私の背後に回った。


「アンナ、手を離せ。俺がやる」


「えっ、サイラス様? まさか、騎士団長直伝の『物理的圧縮術』ですか!?」


「……そんなものはない。俺の魔力を使って、ドレスの芯地を一時的に強化し、強制的に締め上げるだけだ。……エリチカ、覚悟はいいか」


「……やってちょうだい! 私の胃袋が悲鳴を上げても、私は陛下に揚げ物を捧げる義務があるの!」


サイラス様が無骨な手を私の腰に添える。


瞬間、冷ややかな魔力がドレスを包み込んだ。


「……吸え。限界まで息を吸い込め」


「す、吸っていますわ! ひ、ひふぅぅぅぅぅ……!!」


私が肺に空気を溜め込み、内臓を一時的に上に移動(?)させた瞬間。


バヂヂヂッ、と空気が震える音がして、サイラス様の剛腕がドレスの布地を力技で引き寄せた。


「……今だ、アンナ! 留め金をかけろ!」


「は、はいっ! おりゃああああ!!」


カチッ、という奇跡の音が響いた。


「……は、はぁ……はぁ……!! し、死ぬかと思いましたわ……」


私は、かつての王妃教育時代すら生ぬるく感じるほどの圧倒的な圧迫感に包まれた。


鏡の中の私は、確かに「完璧な令嬢」のシルエットを取り戻している。……が、その中身は今、サイラス様の魔力によって高密度に圧縮された『脂の塊』と化していた。


「……これでよし。だがエリチカ、一つ忠告しておく」


サイラス様が、私の肩に手を置いて真剣な顔で言った。


「……この状態で、当日、一口でも食べ物を口にするな。もし、胃の内容物が増えれば……その瞬間に魔力の均衡が崩れ、ドレスは王宮のど真ん中で大爆発を起こすだろう」


「……食べられない晩餐会!? そんなの、拷問じゃありませんこと!?」


「……陛下に料理を出すのが仕事だろう。主役が食べてどうする」


サイラス様は、呆れたように私の頭を軽く叩いた。


「……いいか、絶対にだぞ。一口でも『追い脂』をしたら、君は物理的に破滅する」


「……善処しますわ。……でも、匂いだけならノーカウントでしょう?」


私は、ドレスの締め付けに耐えながら、晩餐会当日の「香りの誘惑」に勝てるかどうか、密かに冷や汗を流していた。


悪役令嬢、いざ出陣。


物理的(ウエスト的)な破滅を背負いながら、私は王宮という名の戦場へ、再び足を踏み入れる決意を固めたのである。
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