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建国記念晩餐会。王宮の大広間には、着飾った貴族たちが一堂に会していた。
しかし、その空気はどこか殺伐としていた。
なぜなら、彼らの前に並んでいるのは、王妃殿下肝煎りの「蒸しパセリの冷製盛り合わせ」と「透明すぎて底が見えるコンソメスープ」だったからだ。
「……セドリック、僕はもうダメだ。目の前がパセリ色に染まって見える」
「陛下、気を確かに。……あ、あそこに、救世主がいます!」
国王陛下の視線の先には、調理顧問として招かれた私、エリチカ・フォン・アステリアが立っていた。
私はサイラス様の魔力によって、内臓が本来あるべき場所から数センチほど押し上げられた状態で、不自然なまでに優雅な笑みを浮かべていた。
(……苦しい。笑うたびに、ドレスの留め金が『助けて』と悲鳴を上げているわ……!)
「それでは、皆様! 本日のメインディッシュ、建国の祖たちが愛した(という設定の)『黄金の三連祭壇揚げ・トリプルチーズソースを添えて』でございます!」
私が合図を送ると、大勢の給仕たちが銀のトレイを一斉に開いた。
大広間に、暴力的なまでの香りが解き放たれる。
香ばしい揚げ油、濃厚なチーズ、そして食欲を根こそぎ奪い去るようなガーリックの香り!
「お、おお……! なんだ、この茶色い輝きは!」
国王陛下が、子供のように身を乗り出した。
そこにあるのは、最高級の豚バラ肉をカリカリに揚げ、その上に熟成チーズを三種類溶かし、さらに隠し味の蜂蜜でテカテカに光らせた、健康意識という概念を塵に帰す一品だった。
「……エリチカ。これ、大丈夫なのか? 王妃殿下の顔が、パセリと同じ色になっているぞ」
警護のために隣に立っていたサイラス様が、極小の声で囁く。
「いいのよ、サイラス様。陛下が求めているのは、美徳ではなく『満足』ですわ!」
「エリチカ! これだ、僕が求めていたのはこれだ!」
セドリック殿下が、真っ先にフォークを突き立てた。
——ザクッ、ジュワァァァッ。
静まり返った会場に、衣が弾ける最高の音が響き渡る。
「…………っ!! 旨い! 旨すぎる! リリアーヌ、これを見てくれ! 肉の中に、さらに脂が閉じ込められているぞ!」
「殿下……! ああ、神様、お姉様、ありがとうございます! 私、今日からパセリを卒業しますわ!」
リリアーヌも、かつての淑女の仮面を脱ぎ捨て、口の周りにチーズをつけながら猛烈な勢いで食べ始めた。
一人、また一人と、貴族たちが「茶色い宝石」の魔力に屈していく。
「……むぐ、これは……! 背徳感で、涙が出るほど美味しいわ!」
「これまでの私の人生は、なんだったのかしら! ダイエットなんて、ただの虚無だったわ!」
会場は、かつてないほどの歓喜と咀嚼音に包まれた。
その中心で、国王陛下が最後の一切れを惜しそうに飲み込み、私を見た。
「エリチカよ。見事だ! これこそが、我が国の真の豊かさだ。……お前、自分でも食べないのか?」
「えっ、あ、陛下……。私は、その……」
(食べたい。死ぬほど食べたい! 自分で作った『追いチーズ』の香りが、私の鼻腔を狂わせているわ……!)
「……エリチカ、忘れるな。一口でも食べれば、物理的に爆発する」
サイラス様の冷徹な囁きが、私の理性を辛うじて繋ぎ止める。
しかし、陛下が。
あろうことか、陛下が自分のフォークにチーズがたっぷりかかった肉を刺し、私の口元に運んできたのだ。
「料理人も、その成果を味わうべきだ。さあ、遠慮はいらん、あーんしなさい」
「…………陛下、それは不敬に……ひぅっ!!」
肉が、目の前に。
黄金色に輝く脂身が、私に「食べちゃいなよ」と囁いている。
(……死ぬ。ここで食べたら、私はドレスと共に王宮の藻屑となる。……でも、食べずに死ぬくらいなら、食べて爆発したい!)
私は意を決して、口を開こうとした——その時。
「……陛下、失礼を。彼女は、先ほどキッチンで既に『致死量』を試食しており、これ以上は医学的に危険なのです」
サイラス様が、私の肩を力強く(というか物理的にホールドして)引き寄せ、陛下のフォークから私を遠ざけた。
「……そうか。致死量を……。やはり料理とは命がけなのだな。立派だ、エリチカよ」
陛下は納得してフォークを引いた。
……助かった。でも、悔しい!
「……サイラス様。今の私、心の中で号泣していますわよ」
「……知っている。君の胃袋の咆哮が、俺の魔力隔壁を突き破りそうだ」
「……でも、見てください。王妃様まで……!」
見れば、あれほど「不道徳だわ!」と騒いでいた王妃殿下が、人目を忍んでソースを指ですくい、こっそりと舐めていた。
「……あら、これ……美味しいですわ。朝露よりも、ずっと……」
王宮の「草食帝国」が、今、完全に崩壊した。
私は、ドレスの留め金がギシギシと鳴るのを感じながら、この「脂の勝利」を心の底から祝福したのである。
勝利の美酒……は飲めないけれど、勝利の匂いだけで、私は胸がいっぱいだった。
しかし、その空気はどこか殺伐としていた。
なぜなら、彼らの前に並んでいるのは、王妃殿下肝煎りの「蒸しパセリの冷製盛り合わせ」と「透明すぎて底が見えるコンソメスープ」だったからだ。
「……セドリック、僕はもうダメだ。目の前がパセリ色に染まって見える」
「陛下、気を確かに。……あ、あそこに、救世主がいます!」
国王陛下の視線の先には、調理顧問として招かれた私、エリチカ・フォン・アステリアが立っていた。
私はサイラス様の魔力によって、内臓が本来あるべき場所から数センチほど押し上げられた状態で、不自然なまでに優雅な笑みを浮かべていた。
(……苦しい。笑うたびに、ドレスの留め金が『助けて』と悲鳴を上げているわ……!)
「それでは、皆様! 本日のメインディッシュ、建国の祖たちが愛した(という設定の)『黄金の三連祭壇揚げ・トリプルチーズソースを添えて』でございます!」
私が合図を送ると、大勢の給仕たちが銀のトレイを一斉に開いた。
大広間に、暴力的なまでの香りが解き放たれる。
香ばしい揚げ油、濃厚なチーズ、そして食欲を根こそぎ奪い去るようなガーリックの香り!
「お、おお……! なんだ、この茶色い輝きは!」
国王陛下が、子供のように身を乗り出した。
そこにあるのは、最高級の豚バラ肉をカリカリに揚げ、その上に熟成チーズを三種類溶かし、さらに隠し味の蜂蜜でテカテカに光らせた、健康意識という概念を塵に帰す一品だった。
「……エリチカ。これ、大丈夫なのか? 王妃殿下の顔が、パセリと同じ色になっているぞ」
警護のために隣に立っていたサイラス様が、極小の声で囁く。
「いいのよ、サイラス様。陛下が求めているのは、美徳ではなく『満足』ですわ!」
「エリチカ! これだ、僕が求めていたのはこれだ!」
セドリック殿下が、真っ先にフォークを突き立てた。
——ザクッ、ジュワァァァッ。
静まり返った会場に、衣が弾ける最高の音が響き渡る。
「…………っ!! 旨い! 旨すぎる! リリアーヌ、これを見てくれ! 肉の中に、さらに脂が閉じ込められているぞ!」
「殿下……! ああ、神様、お姉様、ありがとうございます! 私、今日からパセリを卒業しますわ!」
リリアーヌも、かつての淑女の仮面を脱ぎ捨て、口の周りにチーズをつけながら猛烈な勢いで食べ始めた。
一人、また一人と、貴族たちが「茶色い宝石」の魔力に屈していく。
「……むぐ、これは……! 背徳感で、涙が出るほど美味しいわ!」
「これまでの私の人生は、なんだったのかしら! ダイエットなんて、ただの虚無だったわ!」
会場は、かつてないほどの歓喜と咀嚼音に包まれた。
その中心で、国王陛下が最後の一切れを惜しそうに飲み込み、私を見た。
「エリチカよ。見事だ! これこそが、我が国の真の豊かさだ。……お前、自分でも食べないのか?」
「えっ、あ、陛下……。私は、その……」
(食べたい。死ぬほど食べたい! 自分で作った『追いチーズ』の香りが、私の鼻腔を狂わせているわ……!)
「……エリチカ、忘れるな。一口でも食べれば、物理的に爆発する」
サイラス様の冷徹な囁きが、私の理性を辛うじて繋ぎ止める。
しかし、陛下が。
あろうことか、陛下が自分のフォークにチーズがたっぷりかかった肉を刺し、私の口元に運んできたのだ。
「料理人も、その成果を味わうべきだ。さあ、遠慮はいらん、あーんしなさい」
「…………陛下、それは不敬に……ひぅっ!!」
肉が、目の前に。
黄金色に輝く脂身が、私に「食べちゃいなよ」と囁いている。
(……死ぬ。ここで食べたら、私はドレスと共に王宮の藻屑となる。……でも、食べずに死ぬくらいなら、食べて爆発したい!)
私は意を決して、口を開こうとした——その時。
「……陛下、失礼を。彼女は、先ほどキッチンで既に『致死量』を試食しており、これ以上は医学的に危険なのです」
サイラス様が、私の肩を力強く(というか物理的にホールドして)引き寄せ、陛下のフォークから私を遠ざけた。
「……そうか。致死量を……。やはり料理とは命がけなのだな。立派だ、エリチカよ」
陛下は納得してフォークを引いた。
……助かった。でも、悔しい!
「……サイラス様。今の私、心の中で号泣していますわよ」
「……知っている。君の胃袋の咆哮が、俺の魔力隔壁を突き破りそうだ」
「……でも、見てください。王妃様まで……!」
見れば、あれほど「不道徳だわ!」と騒いでいた王妃殿下が、人目を忍んでソースを指ですくい、こっそりと舐めていた。
「……あら、これ……美味しいですわ。朝露よりも、ずっと……」
王宮の「草食帝国」が、今、完全に崩壊した。
私は、ドレスの留め金がギシギシと鳴るのを感じながら、この「脂の勝利」を心の底から祝福したのである。
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