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建国記念晩餐会の翌朝。私は王宮の一角にある東屋で、ようやくサイラス様の魔力拘束(ドレスの締め付け)から解放され、深呼吸を謳歌していた。
「……はぁぁぁ。空気が美味しいですわ。昨夜は一滴のスープも飲めませんでしたけれど、皆様の『咀嚼音』だけで白飯が三杯いけるほどの満足感でしたわ」
「……貴様、あんなに腹が鳴っていたのに、よく耐えたな。俺の魔力壁が、内側からの空腹による振動でひび割れるかと思ったぞ」
隣で警護にあたっているサイラス様が、呆れたように、けれどどこか感心したような目で私を見ている。
そんな、平和で脂っこい余韻を台無しにする足音が近づいてきた。
カツ、カツ、カツ……。無駄に気取った、けれど心なしか以前より力強さに欠けるステップ。
「……エリチカ。ここにいたのか。昨夜の料理、見事だったぞ」
現れたのは、セドリック皇太子殿下だった。
彼は、かつて私をゴミを見るような目で見ていた時とは打って変わって、熱烈な、まるで揚げたてのカツを見つめるような情熱的な視線を私に投げかけている。
「あら、殿下。ごきげんよう。昨夜のチーズソース、お口の周りに残っていませんこと?」
「……ふん。からかうな。だが、僕は気づいてしまったんだ。リリアーヌの愛よりも、君が作るあの『茶色の宝石』の方が、僕の心……いや、僕の全細胞を熱狂させるということに」
殿下は、あろうことか私の前で優雅に膝をついた。王位継承者が、一度捨てた女に膝を折る。周囲にいた貴族たちが、遠巻きにざわめき出した。
「エリチカ。僕が悪かった。君のあの強欲なまでの食欲は、王妃としての器の大きさだったのだな。……さあ、戻ってきてくれ。君との婚約破棄を撤回しよう。君を、僕の『正妃兼、筆頭宮廷調理長』として迎える準備はできている!」
(……正妃兼、調理長? それ、ただの『一生タダ働きしてくれる専属シェフ』にしたいだけじゃないの!)
私は、手に持っていた扇子(昨夜のチーズの匂いが染み付いている)をパチンと閉じた。
「殿下。一つお伺いしてもよろしいかしら?」
「なんだい? ダイヤモンドでも、黄金のフライパンでも、君が望むなら何でも用意しよう」
「殿下は、私の料理を食べる時、どのような心持ちで召し上がるおつもり?」
「……心持ち? 決まっているじゃないか。上品に、一口ずつ、君の献身に感謝しながら、王家のお作法に則ってナイフを動かすさ」
私は、深く、深ーい溜息をついた。
「……お断りしますわ。お引き取りくださいませ」
「……なっ、なぜだ!? 条件が不満か? それとも、リリアーヌのことが心配なのか? 彼女なら、君の助手……というか、皿洗い係として置いてあげてもいいんだぞ!」
「そうではありませんわ。……殿下。あなたは、私の料理を『理解』していない。お上品に一口ずつ? そんなの、私の料理に対する侮辱ですわ!」
私は、隣に立っているサイラス様をビシッと指差した。
「見てください、このサイラス様を! 彼はね、私が角煮を出せば、会話も忘れて野獣のようにかぶりつき、脂で口の周りをテカテカに光らせながら、『旨い、もっと脂を寄越せ』と魂で叫ぶのですわよ!」
「……俺をそんな風に紹介するな」
サイラス様が小声で抗議するが、私は止まらない。
「殿下。私の料理を一番美味しくしてくれるスパイスは、食べる人の『必死さ』なのですわ。……見ていて胃もたれするような殿下の気取った食べっぷりでは、私の料理のポテンシャルを引き出せません。私はね、もっとこう、掃除機のように私の料理を吸い込んでくれる、気持ちのいい食べっぷりの人と一緒にいたいのです!」
「そ、掃除機……!? 僕を、家事道具と比較するのか!?」
「ええ! サイラス様の方が、私を幸せにしてくれる食べ方をしてくださいますわ。だから、殿下。復縁なんて、マヨネーズを忘れたポテトサラダのように味気ない提案、二度となさらないでくださいませ!」
セドリック殿下は、愕然として口を開けたまま硬直した。
「……エリチカ。君は、皇太子の僕よりも、その……強面の騎士団長の『食べっぷり』を選んだというのか?」
「左様ですわ。愛より、小銭より、何より『食べっぷり』! それが私の結婚条件にございま——ああ、待って」
私は、不意に漂ってきた香ばしい匂いに鼻を動かした。
「……サイラス様。今の匂い、王宮の裏口で、誰かがコロッケを揚げていますわね?」
「……ああ。陛下が、昨夜の味が忘れられずに、警備の騎士たちに『秘密の揚げ場』を作らせたらしい」
「なんてこと! 偵察に行かなければ! 殿下、失礼しますわ。私は『揚げたて』という名の、真実の愛を探しに行かなければなりませんので!」
私はドレスの裾を翻し、殿下の横を爆走して通り抜けた。
「……待て、エリチカ! 僕も、僕も行く! そのコロッケ、僕にも一口——」
「殿下、貴方はパセリでも食べていなさい!」
サイラス様が殿下の前を塞ぎ、私を追って走り出す。
王宮の美しい庭園で、皇太子が「一口寄越せ!」と叫びながら、元婚約者を追いかける。
かつての「悪役令嬢」の断罪劇は、今や「揚げ物の争奪戦」へとその姿を変えていたのである。
「……はぁぁぁ。空気が美味しいですわ。昨夜は一滴のスープも飲めませんでしたけれど、皆様の『咀嚼音』だけで白飯が三杯いけるほどの満足感でしたわ」
「……貴様、あんなに腹が鳴っていたのに、よく耐えたな。俺の魔力壁が、内側からの空腹による振動でひび割れるかと思ったぞ」
隣で警護にあたっているサイラス様が、呆れたように、けれどどこか感心したような目で私を見ている。
そんな、平和で脂っこい余韻を台無しにする足音が近づいてきた。
カツ、カツ、カツ……。無駄に気取った、けれど心なしか以前より力強さに欠けるステップ。
「……エリチカ。ここにいたのか。昨夜の料理、見事だったぞ」
現れたのは、セドリック皇太子殿下だった。
彼は、かつて私をゴミを見るような目で見ていた時とは打って変わって、熱烈な、まるで揚げたてのカツを見つめるような情熱的な視線を私に投げかけている。
「あら、殿下。ごきげんよう。昨夜のチーズソース、お口の周りに残っていませんこと?」
「……ふん。からかうな。だが、僕は気づいてしまったんだ。リリアーヌの愛よりも、君が作るあの『茶色の宝石』の方が、僕の心……いや、僕の全細胞を熱狂させるということに」
殿下は、あろうことか私の前で優雅に膝をついた。王位継承者が、一度捨てた女に膝を折る。周囲にいた貴族たちが、遠巻きにざわめき出した。
「エリチカ。僕が悪かった。君のあの強欲なまでの食欲は、王妃としての器の大きさだったのだな。……さあ、戻ってきてくれ。君との婚約破棄を撤回しよう。君を、僕の『正妃兼、筆頭宮廷調理長』として迎える準備はできている!」
(……正妃兼、調理長? それ、ただの『一生タダ働きしてくれる専属シェフ』にしたいだけじゃないの!)
私は、手に持っていた扇子(昨夜のチーズの匂いが染み付いている)をパチンと閉じた。
「殿下。一つお伺いしてもよろしいかしら?」
「なんだい? ダイヤモンドでも、黄金のフライパンでも、君が望むなら何でも用意しよう」
「殿下は、私の料理を食べる時、どのような心持ちで召し上がるおつもり?」
「……心持ち? 決まっているじゃないか。上品に、一口ずつ、君の献身に感謝しながら、王家のお作法に則ってナイフを動かすさ」
私は、深く、深ーい溜息をついた。
「……お断りしますわ。お引き取りくださいませ」
「……なっ、なぜだ!? 条件が不満か? それとも、リリアーヌのことが心配なのか? 彼女なら、君の助手……というか、皿洗い係として置いてあげてもいいんだぞ!」
「そうではありませんわ。……殿下。あなたは、私の料理を『理解』していない。お上品に一口ずつ? そんなの、私の料理に対する侮辱ですわ!」
私は、隣に立っているサイラス様をビシッと指差した。
「見てください、このサイラス様を! 彼はね、私が角煮を出せば、会話も忘れて野獣のようにかぶりつき、脂で口の周りをテカテカに光らせながら、『旨い、もっと脂を寄越せ』と魂で叫ぶのですわよ!」
「……俺をそんな風に紹介するな」
サイラス様が小声で抗議するが、私は止まらない。
「殿下。私の料理を一番美味しくしてくれるスパイスは、食べる人の『必死さ』なのですわ。……見ていて胃もたれするような殿下の気取った食べっぷりでは、私の料理のポテンシャルを引き出せません。私はね、もっとこう、掃除機のように私の料理を吸い込んでくれる、気持ちのいい食べっぷりの人と一緒にいたいのです!」
「そ、掃除機……!? 僕を、家事道具と比較するのか!?」
「ええ! サイラス様の方が、私を幸せにしてくれる食べ方をしてくださいますわ。だから、殿下。復縁なんて、マヨネーズを忘れたポテトサラダのように味気ない提案、二度となさらないでくださいませ!」
セドリック殿下は、愕然として口を開けたまま硬直した。
「……エリチカ。君は、皇太子の僕よりも、その……強面の騎士団長の『食べっぷり』を選んだというのか?」
「左様ですわ。愛より、小銭より、何より『食べっぷり』! それが私の結婚条件にございま——ああ、待って」
私は、不意に漂ってきた香ばしい匂いに鼻を動かした。
「……サイラス様。今の匂い、王宮の裏口で、誰かがコロッケを揚げていますわね?」
「……ああ。陛下が、昨夜の味が忘れられずに、警備の騎士たちに『秘密の揚げ場』を作らせたらしい」
「なんてこと! 偵察に行かなければ! 殿下、失礼しますわ。私は『揚げたて』という名の、真実の愛を探しに行かなければなりませんので!」
私はドレスの裾を翻し、殿下の横を爆走して通り抜けた。
「……待て、エリチカ! 僕も、僕も行く! そのコロッケ、僕にも一口——」
「殿下、貴方はパセリでも食べていなさい!」
サイラス様が殿下の前を塞ぎ、私を追って走り出す。
王宮の美しい庭園で、皇太子が「一口寄越せ!」と叫びながら、元婚約者を追いかける。
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