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「待て! 待つんだ、エリチカ! そのコロッケは、国益に関わる重要機密だぞ!」
「違いますわ殿下! これはただの『揚げたての幸せ』です! 国益とか難しい言葉で、私の食欲を濁さないでくださいまし!」
王宮の裏庭。私はドレスの裾をまくり上げ、厨房の裏口から漂う香ばしい匂いに向かって全力疾走していた。
その背後を、セドリック殿下が息を切らせて追いかけてくる。
「ええい、近衛兵! 何をしている! その女を捕らえろ! これは皇太子命令だ!」
殿下のヒステリックな叫び声に、周囲に控えていた近衛兵たちが困惑したように動き出した。
彼らはサイラス様の部下だが、相手は次期国王。逆らえるはずもない。
「くっ……! 皆様、ごめんなさい! でも、揚げたては待ってくれないの!」
私が包囲網を突破しようとしたその時、目の前に数人の屈強な兵士が立ちはだかった。
「……そこまでだ、エリチカ嬢。殿下のご命令だ。大人しく拘束されよ」
「嫌ですわ! 拘束されるくらいなら、私はこの場でコロッケになって油の海に飛び込みます!」
私が無駄な抵抗を試みようとした瞬間、殿下が追いついてきて、私の腕を乱暴に掴んだ。
「捕まえたぞ……! エリチカ、いい加減にしろ。君は僕の元に戻るんだ。そして、一生、僕のためだけに、あの茶色い料理を作り続けるんだ!」
殿下の目は血走っていた。それは愛ではなく、ただの執着と、底なしの食欲が生み出した狂気だった。
「離してください、殿下! 私はあなたの専属シェフになるつもりはありません!」
「黙れ! たかが公爵家を勘当された女が、王族に逆らう気か! 君の代わりなんていくらでも——いや、あの味を出せるのは君だけだ。だからこそ、君は僕の『所有物』になるんだよ!」
所有物。その言葉が、私の神経を逆なでした。
私が言い返そうとした、その時だった。
「……その手を離されよ、殿下」
地を這うような、低く、冷徹な声が響いた。
サイラス様が、いつの間にか私の隣に立っていた。その顔からは一切の表情が消え失せ、ただ静かな殺気だけが渦巻いている。
「……サイラス卿か。邪魔をするな。これは王家の問題だ。一介の騎士団長が口を挟むことではない」
「……王家の問題? 違いますな。これは、一人の女性の尊厳と、自由な食生活に対する冒涜だ」
サイラス様が一歩踏み出す。それだけで、周囲の近衛兵たちがビリビリとした圧力に押されて後退った。
「エリチカは道具ではない。彼女の料理は、彼女自身の自由な魂から生まれるものだ。それを『所有物』などと……。彼女の作る飯を、心から美味いと感じたことがある者ならば、決して口にしてはならない言葉だ」
「……な、何を生意気な! 貴様、僕に逆らうのか!?」
セドリック殿下が激昂し、腰の剣に手をかけた。
その瞬間。
——ジャキィンッ!!
鋭い金属音が鳴り響き、サイラス様の剣が、殿下の喉元数センチのところでピタリと止まっていた。
「……なっ、き、貴様……!? 王族に剣を向けるとは、正気か!?」
殿下の顔が恐怖で引きつる。
サイラス様の目は、本気だった。いつもの「やれやれ」という呆れた目ではない。戦場で敵を屠る時の、本物の騎士の目だ。
「……正気? ああ、とっくに失っているさ。この女の作る、暴力的なまでに美味い飯を食った瞬間からな」
サイラス様の剣先が、微かに震える。怒りでではない。ギリギリのところで理性を保とうとする、彼自身の葛藤の表れだ。
「殿下。私は、彼女をこれ以上、政治の道具にも、あなたの歪んだ食欲の犠牲にもするつもりはない。……彼女の作る揚げ物の匂いを、曇らせるような真似は許さん」
「サ、サイラス様……?」
私は呆然と、彼の背中を見つめた。
私のために、王族に剣を向けるなんて。そんなことしたら、彼は全てを失ってしまう。騎士団長の地位も、名誉も。
「……ふん。面白い。騎士団長が謀反か。いいだろう、二人まとめて地下牢に——」
「おやめください、殿下!」
緊迫した空気を切り裂いたのは、意外な人物の声だった。
「違いますわ殿下! これはただの『揚げたての幸せ』です! 国益とか難しい言葉で、私の食欲を濁さないでくださいまし!」
王宮の裏庭。私はドレスの裾をまくり上げ、厨房の裏口から漂う香ばしい匂いに向かって全力疾走していた。
その背後を、セドリック殿下が息を切らせて追いかけてくる。
「ええい、近衛兵! 何をしている! その女を捕らえろ! これは皇太子命令だ!」
殿下のヒステリックな叫び声に、周囲に控えていた近衛兵たちが困惑したように動き出した。
彼らはサイラス様の部下だが、相手は次期国王。逆らえるはずもない。
「くっ……! 皆様、ごめんなさい! でも、揚げたては待ってくれないの!」
私が包囲網を突破しようとしたその時、目の前に数人の屈強な兵士が立ちはだかった。
「……そこまでだ、エリチカ嬢。殿下のご命令だ。大人しく拘束されよ」
「嫌ですわ! 拘束されるくらいなら、私はこの場でコロッケになって油の海に飛び込みます!」
私が無駄な抵抗を試みようとした瞬間、殿下が追いついてきて、私の腕を乱暴に掴んだ。
「捕まえたぞ……! エリチカ、いい加減にしろ。君は僕の元に戻るんだ。そして、一生、僕のためだけに、あの茶色い料理を作り続けるんだ!」
殿下の目は血走っていた。それは愛ではなく、ただの執着と、底なしの食欲が生み出した狂気だった。
「離してください、殿下! 私はあなたの専属シェフになるつもりはありません!」
「黙れ! たかが公爵家を勘当された女が、王族に逆らう気か! 君の代わりなんていくらでも——いや、あの味を出せるのは君だけだ。だからこそ、君は僕の『所有物』になるんだよ!」
所有物。その言葉が、私の神経を逆なでした。
私が言い返そうとした、その時だった。
「……その手を離されよ、殿下」
地を這うような、低く、冷徹な声が響いた。
サイラス様が、いつの間にか私の隣に立っていた。その顔からは一切の表情が消え失せ、ただ静かな殺気だけが渦巻いている。
「……サイラス卿か。邪魔をするな。これは王家の問題だ。一介の騎士団長が口を挟むことではない」
「……王家の問題? 違いますな。これは、一人の女性の尊厳と、自由な食生活に対する冒涜だ」
サイラス様が一歩踏み出す。それだけで、周囲の近衛兵たちがビリビリとした圧力に押されて後退った。
「エリチカは道具ではない。彼女の料理は、彼女自身の自由な魂から生まれるものだ。それを『所有物』などと……。彼女の作る飯を、心から美味いと感じたことがある者ならば、決して口にしてはならない言葉だ」
「……な、何を生意気な! 貴様、僕に逆らうのか!?」
セドリック殿下が激昂し、腰の剣に手をかけた。
その瞬間。
——ジャキィンッ!!
鋭い金属音が鳴り響き、サイラス様の剣が、殿下の喉元数センチのところでピタリと止まっていた。
「……なっ、き、貴様……!? 王族に剣を向けるとは、正気か!?」
殿下の顔が恐怖で引きつる。
サイラス様の目は、本気だった。いつもの「やれやれ」という呆れた目ではない。戦場で敵を屠る時の、本物の騎士の目だ。
「……正気? ああ、とっくに失っているさ。この女の作る、暴力的なまでに美味い飯を食った瞬間からな」
サイラス様の剣先が、微かに震える。怒りでではない。ギリギリのところで理性を保とうとする、彼自身の葛藤の表れだ。
「殿下。私は、彼女をこれ以上、政治の道具にも、あなたの歪んだ食欲の犠牲にもするつもりはない。……彼女の作る揚げ物の匂いを、曇らせるような真似は許さん」
「サ、サイラス様……?」
私は呆然と、彼の背中を見つめた。
私のために、王族に剣を向けるなんて。そんなことしたら、彼は全てを失ってしまう。騎士団長の地位も、名誉も。
「……ふん。面白い。騎士団長が謀反か。いいだろう、二人まとめて地下牢に——」
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緊迫した空気を切り裂いたのは、意外な人物の声だった。
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