婚約破棄、喜んで!悪役令嬢は、お作法よりも「お夜食」を愛したい

ちゃっぴー

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「サイラス様、止めてください! そんな汚い男を斬ったら、貴方の美しい剣が脂(あぶら)ではなく、ただの不快な血で汚れてしまいますわ!」


緊迫した空気を切り裂いたのは、他でもない私の叫び声だった。


サイラス様は剣を向けたまま、微かに眉を動かした。


「……エリチカ。だが、この男は貴様を『物』扱いした。それは、俺の胃袋……いや、俺の誇りが許さない」


「嬉しいですわ。でも、暴力は最後の調味料。……まずは、この私に『料理』させてくださいな」


私はサイラス様の腕をそっと押し下げると、震えるセドリック殿下の前に一歩踏み出した。


殿下は喉元から剣が離れたことに安堵したのか、すぐにまた虚勢を張り始めた。


「……ふ、ふん。わかればいいんだ。エリチカ、やはり君は僕が怖いのだな? さあ、大人しく——」


「殿下。貴方は『刺激』が足りないとおっしゃいましたわね? 王宮の食卓が退屈で、私の料理という名の刺激が欲しいと」


私は、ドレスの隠しポケット(特製・耐熱仕様)から、一本の小瓶を取り出した。


中には、真っ赤を通り越して「禍々しい紫色」に変色した液体が詰まっている。


「これは、下町で見つけた『地獄の亡霊』という名の超激辛唐辛子を、さらに三日三晩煮詰めて抽出した特製エキスですわ。……殿下、あーん、してくださいな」


「……えっ。あ、あーん?」


殿下が呆気にとられて口を開けた瞬間。


私は一切の躊躇なく、小瓶の液体を彼の口内へと流し込んだ。


「……ぐっ、ごふっ!? な、なんだ、これは……! 熱い……いや、痛い! 口の中に太陽が落ちてきたような——ぎゃあああああああ!!」


セドリック殿下が、その場に転がってのたうち回り始めた。


「殿下! これこそが貴方の求めていた『刺激』ですわ! どうかしら、愛も未練もパセリも、全てがこの辛さで燃え尽きていく感覚は!」


「み、みじゅ……! 水を、水をくれぇぇぇ!!」


「あら、お水? 残念ですが、今の殿下には『超激辛キムチの煮汁』しか用意しておりませんわ!」


私は高笑いを上げながら、のたうち回る殿下を見下ろした。


周囲の近衛兵たちも、あまりの惨状……というか、殿下の情けない姿に、武器を構えるのも忘れてドン引きしている。


「サイラス様、今ですわ! この隙に、私たちはここから高飛び(退散)いたしますわよ!」


「……貴様、本当に容赦ないな。だが、嫌いじゃない」


サイラス様は呆れたように笑うと、私の腰を引き寄せ、軽々と抱え上げた。


「なっ、サイラス様!? お、おろしてくださいな! 恥ずかしいですわ!」


「走るより速いだろう。……それに、まだ『コロッケ』を回収していないんだろう?」


「……! 流石ですわ、サイラス様! 厨房の裏口に直行してください!」


私たちは、激痛で悶絶する殿下と、困惑する兵士たちを置き去りにして、王宮の裏庭を疾風のごとく駆け抜けた。


「……エリチカ、覚悟しろ。もう王宮にはいられないぞ」


サイラス様が走りながら、私の耳元で囁く。


「望むところですわ! 私には、下町の屋台と、美味しい油と、そして……私の食べっぷりを愛してくれる騎士様がいれば十分ですもの!」


「…………ふん。なら、これからは俺の領地で、好きなだけ油を熱するがいい」


「えっ、今のプロポーズかしら!?」


「……ただの献立の相談だ!」


私たちは、揚げたてのコロッケの匂いを目指して、混乱の王宮を後にしたのである。


後ろから聞こえる殿下の「痛いぃぃぃ!」という絶叫は、私にとって最高の門出を祝うファンファーレとなった。
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